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第17話「それは毒なのか救いなのか」

 イオンタウン大垣に向かうなら大垣駅南口からバスに乗って行く方法もあったが、天気が良かったこととどこで彩響者コンダクターと遭遇するか分からない、といったことから光流は歩いて行くことにした。


 大垣駅北口のすぐ近くにあるスクランブル交差点を東に曲がるとサイズが大きいカツサンドや温かいデニッシュにソフトクリームを乗せたスイーツが人気の喫茶店の前が見えてくる。それを通り過ぎ、国道258号線ニーゴッパーの高架を潜り抜けた先の信号を南に曲がるとJR線と樽見鉄道線が並走した線路の向こうに「イオンタウン大垣」の看板が見えてくる。


 開業当時は「ロックシティ大垣」という名称だったらしいが、様々な大人の事情で名称が変わり、中に入っている店もかなり入れ替わったらしい。と言っても光流がまだ小さい頃の話なのでイオンタウン大垣と呼ぶ方が光流としてはしっくりくるのだが。


 土曜日ということで、イオンタウン大垣はなかなかの賑わいを見せていた。大垣駅前のアクアウォーク大垣や大垣市内のショッピングセンターとしては最大規模のイオンモール大垣に比べれば人の入りは少ない。それでもつい先日WEST棟で大型家電量販店がオープンしたこともあり、休日である今日は多くの客が買い物を楽しんでいた。


「……ここも色々なものがあるんだな」


 光流の隣を歩きながら、スノウホワイトが感心したように呟く。

 物珍しそうにフードコートに並ぶ店を眺め、フードコート脇のテーブルに置かれたハンドメイド雑貨を興味深げに眺めているスノウホワイトはどう見てもごく普通の少女だった。

 子猫の形をしたキーホルダーに目を留めたスノウホワイトに光流が一瞬ドキリとする。


「あの、スノウホワイト——」


 そう言った光流の声がわずかに上擦っている。


「どうした、ヒカル」


 首をかしげるスノウホワイト、揺れる白髪がなぜか眩しい。


「もし、そのキーホルダーが気になるなら——買うか?」

「買う、って」


 突然の光流の申し出が理解できない、とスノウホワイトが反対側に首を傾げる。


「せっかくだからさ、記念に買ってもいいかなって」

「別に光彩ルクスコードにプレゼントなんて」


 わたしは見ているだけで十分だ、と言うスノウホワイトに光流は思わず首をぶんぶんと振った。


「いや、買ってもいいよ! 光彩ルクスコードだからって我慢する必要ない! それに、俺がスノウホワイトにプレゼントしたい!」


 フードコートに響いた声に周囲の客がちら、と視線を投げるが気にせず、光流はスノウホワイトが見ていた子猫のキーホルダーを手に取った。

 なぜかは分からない。ただ、スノウホワイトにプレゼントしたい、その一心で光流は動いていた。

 光彩ルクスコードがどういう存在かは分かっている。理屈としては理解している。それでも、理屈だけでスノウホワイトを理解したくない。


「ちょっと待ってて、買ってくる!」


 スノウホワイトの気が変わらないうちに、と光流がすぐ近くの店舗に入り会計を済ませる。

 数分で戻り、光流はスノウホワイトにキーホルダーを握らせた。


「はい、これ」


 光流に渡されたキーホルダーを、スノウホワイトはまじまじと眺める。


「……別に、買わなくても」

「いいんだ。スノウホワイトに持っててもらいたい」


 光流の言葉に、スノウホワイトは胸の奥がつきんと痛んだような気がした。

 理性では光流のこの行動が危険であることを理解している。彩響者コンダクター光彩ルクスコードと共に戦うとルールでは決められているが、光彩ルクスコードは単なる装備であり、彩界を構築するだけの存在。そんな存在に入れ込むのは危険だとスノウホワイトの中で警鐘が鳴っている。


 しかし、その思考をする自分が嫌だ、とスノウホワイトは漠然と思っていた。

 光流は頼もしい彩響者コンダクターだ。ルールの隙を見つけ出したし、このままだと勝ち抜けるかもしれない、と期待も持てる。


 同時にスノウホワイトはえも言えぬ不安に駆られていた。

 もし、光流が負けることがあれば。

 他の彩響者コンダクターが光流と同じくルールの隙に気づいていれば助かる可能性はあるが、そうでなければ敗北は死とイコールになる。

 光流がそう簡単に負けるとは思えなかったが、スノウホワイトには一つ懸念点があった。


 それは、光流が自分に入れ込んでいるという事実。

 なんとなく、思ってしまったのだ。光流が、自分を守るために無理をしてしまい、その結果敗北するのではないか——と。

 そんなことはあってはいけない。彩響者コンダクター光彩ルクスコードを守るなどあってはいけない。光彩ルクスコード彩響者コンダクターを守るべきであり、守られてはいけないのだ。


 それは分かっているのに、光流が気にかけてくれるのが嬉しい。


「嬉しい……」


 自分の思考を思わず口に出して、スノウホワイトははっとした。


「これが、嬉しい……?」

「ん? どうかした?」


 光流がスノウホワイトの顔を覗き込む。


「いや、なんでもない」


 視線を逸らし、スノウホワイトが呟くようにいう。


——これはバグだ。わたしには重篤な不具合が発生している。


 このままではいけない、バグフィックスしなければ光彩戦争クロマティック・イクリプスに影響が出てしまう、スノウホワイトがそう思った時、光流が何かに反応したように視線を上げた。

 同時にスノウホワイトもぞくりとした感覚を覚え、視界を巡らせる。


 この反応はよく分かる。近くに彩響者コンダクターがいる。


「ヒカル——」


 彩界を、と言おうとしたスノウホワイトを光流が制止する。


「ちょっと待って、あれ——」


 そう言った光流の視線の先に、人影があった。

 一人はパンツスーツに身を包んだショートカットの女性、その隣に——。


「……ヘリオトロープ……」


 スノウホワイトが低い声で呟く。


「やあ、君たちも情報収集かい?」


 薄い紫色の少年——ヘリオトロープが、そう言った。


「——スノウホワイト、」


 緊張した面持ちで光流がスノウホワイトに指示を出そうとする。

 それを、ヘリオトロープを連れた女性が片手で止めた。


「いやぁ少年、私は別に君とりあおうと思ってないよ」


 そう言って笑った女性の耳で、トカゲを模したイヤーカフが不気味に光った。





「まず自己紹介しようか。私は毒島ぶすじま火乃香ほのか。君は?」

「あ、あの、俺は天宮光流です」


 どぎまぎしながら光流が自己紹介し、コップに入ったお冷を一気に飲む。

 テーブルに置かれた空のコップに、スノウホワイトが無言でウォーターポットの水を注ぎ込む。


 どうしてこうなった、と頭を抱えたくなる衝動をグッと堪え、光流は目の前に座る火乃香とヘリオトロープの二人を見た。


 もうすぐお昼時分だし奢るよ? と光流とスノウホワイトが誘われたのは行こうと思っていた町中華。ピークタイムに入る前だったのか店内はがらんとしており、厨房の反対側にある奥の席に座っている。


 ややカタコトの日本語で注文を取りに来た店員にそれぞれが食べたいものを注文すると、周りには誰もいなくなる。

 そこで火乃香はテーブルに両肘を付き、両手を組んで光流を見た。

 まるで値踏みするようなその視線を、光流がまっすぐ受け止める。


「——手を組まないか?」


 火乃香の発言は唐突だった。


『え?』


 光流とスノウホワイトの声が重なる。

 朔夜の時はクラスメイトとして例外的に戦い前に言葉を交わしたが、見ず知らずの彩響者コンダクターと戦いにならなかった——どころか「手を組まないか?」と言われたことで二人の思考が一瞬フリーズする。


 罠か? と思うものの、「戦わなくていい」という選択肢は光流にとって抗えない誘惑だった。


 今、戦わなくてもいつかは決着を付けなければいけないことは分かっている。それでも戦力が多い方が有利に立ち回れるのは事実。


「……どうして、俺に」


 やっとのことで光流が口を開く。

 二つ返事で受け入れてはいけない、と本能的に判断したからだが、それほどの不穏さを火乃香は秘めている。

 何か裏があるはず、と光流が火乃香を見ると、火乃香は「あー」と声をあげて頭を掻いた。


「そりゃあ、警戒くらいするよね。うん、それが正しいよ、少年」


 そう前置きし、火乃香は言葉を続ける。


光彩戦争クロマティック・イクリプスは自分の願いを叶えるために他の彩響者コンダクターを皆殺しにする戦争だ。でも、いくら倒した光彩ルクスコードの力を得られると言っても基本は一対一じゃん。でも、そこで二対一とかできれば?」

「——あなたもルールの隙を?」


 思わず光流はそう尋ねていた。

 確かに彩界では一対一の戦いを行なっているが、ルールを受け取った際に「一対一でないといけない」という項目はなかったと記憶している。つまり、複数の戦いは理論上可能。

 それなら火乃香を味方に引き入れ、契約解除の話を共有した方が効率よく立ち回れるのではないか。


 どうする、と光流は自問した。

 火乃香は信用するに値する人間なのか。

 そう考えたところで光流とスノウホワイトの前に油淋鶏定食が差し出され、四人は話を中断し、食事をすることにした。

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