迫り来る無数の槍に、光流は動けずにいた。
彩界に取り込まれた瞬間の攻撃、こんなもの避けられるはずがない。
「
だが、スノウホワイトは状況を瞬時に判断し、行動を起こしていた。
光流の周囲を包むように氷のドームが出現し、毒々しい色の槍を弾き飛ばす。
『大丈夫か、
「——あ、あぁ、助かった!」
——
スノウホワイトが武器ではなく盾となったことで光流はダメージを受けることなくスタートを切ることができた。
しかし、ドーム形態から元の姿に戻ったスノウホワイトは左腕を庇うように押さえ、苦しげに息をついていた。
「スノウホワイト、大丈夫!?」
白いワンピースを汚すのは赤。
「——毒、だ」
忌々しそうにスノウホワイトが呟く。
「毒は治癒能力を奪う……
「ああ、スノウホワイトのおかげで怪我はしてない」
スノウホワイトの自己申告通り、ステータスは「毒」になっている。
スノウホワイトは
それでも、ステータスを見る限り毒による戦力低下は
「くそっ、時間をかければ不利になるのはこっちか!」
光流が自分の心に語りかける。
——誰か、力を!
自分が吸収した他の
——誰か、スノウホワイトを——!
『
不意に、光流の中で声が響いた。
『わたしはウォーターグリーン。微力だが治癒能力はある』
「ウォーターグリーン!」
思わず光流が声を上げる。
ウォーターグリーンといえば光流が初めて戦った相手。
今までずっと沈黙を保っていた他の
『スノウホワイトの毒を除去する。だが、今のわたしにできることはこれだけだぞ』
「助かる!」
光流が自分の胸に手を当て、スノウホワイトを見る。
その手をスノウホワイトに向けると淡い緑の光が放たれ、傷を癒していく。
「
「話は後だ、今はヘリオトロープを!」
光流がスノウホワイトの手を引き、走り出す。
その四方八方から毒の槍が飛来するが、それはスノウホワイトが氷の刃を展開して切り払っていく。
『はん! 大した願いも持ってないくせに抵抗するのか!』
洞窟の奥から火乃香の声が聞こえてくる。
「抵抗しますよ! 俺だって叶えたい願いくらいある!」
スノウホワイト、と光流が声を上げる。スノウホワイトが氷の剣となり光流の手に収まる。
『
「——だろうね! トラップゲームでもよくある手だよ!」
一部のトラップゲームでは事前配備だけでなく敵の動きに合わせてリアルタイムに設置、戦力を削るものがある。今回は彩界を展開し、即トラップを配置という奇襲を狙ったようだが初撃を防がれた今、火乃香に打てる手は相手の動きに合わせて配置するという後手後手の対応のみ。
勝ち目はある、と光流が前進するように見せかけて横に跳び、火乃香のミス配置を誘発する。
『ッ! ちょこまかして!』
火乃香も咄嗟にトラップを展開するが、その動きは光流の想定内。
後ろで発火し、無駄打ちに終わったトラップには目をくれず光流は走り続けた。
「毒島さん!」
やがて、火乃香の姿を認め、光流が叫ぶ。
「少年! あんたって子は——!」
忌々しげに声を上げる火乃香の目は憎悪に燃えていた。
「大した願いもないなら私に勝利を譲ってくれてもいいだろうが!」
「そんな真似、できません!」
ヘリオトロープが放つ毒の槍を光流が弾く。
「確かに俺はこの戦いに願うべき願いはないかもしれない、でも——!」
手元に小さなウィンドウを展開し、光流は指を走らせた。
「スノウホワイトの願い、母ちゃんが俺たちに託した願いを無駄にはしません!」
「——っ」
光流の叫びに、火乃香が一瞬怯む。
「バカな、あんたは自分の願いではなく、他人の——
「バカでいいです! 俺は、俺に託された願いを守りたい!」
「く——ッ」
思わず、火乃香は一歩後ずさった。
光流の気迫はあまりにも強すぎる。あまりにも強すぎる意志に全身が逃げろと悲鳴を上げる。
その後ずさった先で、火乃香は何かを踏んだ感触を覚えた。
「——!」
発動するトラップ。トラップの種類は——。
ぞっとするような冷気が火乃香を包む。スイッチを踏んだ足から氷が這い上がり、火乃香の動きを封じていく。
「どうして私の彩界でトラップを——」
馬鹿な、と火乃香が声を上げる。
しかし、その言葉に光流は冷静に返答する。
「手を組んだということはそういうことですよ!
「そんなことが——」
聞いていない。そんなことはルール説明で言われなかったはずだ。
それなのに、光流はそれを見抜き、使った——ルールの隙を突いたというのか。
「くそ、ヘリオトロープ!」
火乃香が咄嗟にヘリオトロープを呼ぶ。
ヘリオトロープが毒の滴る剣と変わり火乃香の手に収まる。
「遅い!」
しかし、光流の動きの方が迅かった。
冷気が火乃香を氷で包み込み右手以外の動きを封じ、その直後に右手首の薄紫の枷に刃が叩き込まれる。
砕け散る契約の枷。イクリプスが発生し、ヘリオトロープが紫の光となり霧散する。
「な——」
火乃香の顔が絶望に染まる。
その眼前に、光流は剣の切先を突きつけた。
「勝負ありです」
「く——」
氷によって動きを封じられ、イクリプスも発生した。
火乃香の中にあった
それでも、火乃香は視線だけでも射殺せるとばかりに光流を睨みつけた。
「——今までも、そうやって闇討ちしてきたのですか」
火乃香の視線をまっすぐ受け止め、光流が問う。
「ああ、全員後ろからこっそり仕留めてきたよ! 勝つためならなんだってやってやる!」
火乃香の言葉に、光流は小さく頷いた。
「分かりますよ。
火乃香の卑劣な手を責める気はない。だが、光流は気になっていた。
「——どこまで本心なんですか」
「何を——」
光流の言葉に、火乃香が言葉に詰まる。
「毒島さんは、卑怯な手を使って勝ってまで願いを叶えるのは正しいと思ってるのですか」
その言葉が、鋭く火乃香の心を抉る。
「それ、は——」
言葉が出ない。
——あいつは、それを望んでいるのか——?
その考えが火乃香の脳裏を過ぎる。
「私、は……」
「毒島さんの願いが何かは分かりません。だけど、そんな手段で願いを叶えて、本当に幸せなんですか」
光流の言葉の一つ一つが火乃香の心に突き刺さる。
惑わされるな、相手の言葉はただの綺麗事だ、と自分に言い聞かせるが、それでも火乃香は「幸せのはずだ」と断言できなかった。
「あいつは——」
火乃香が思わずそう言葉を漏らす。
「あいつ?」
光流が聞き返すと、火乃香は思うように動かせない首を弱々しく振った。
「私は——あいつを……」
それ以上言葉にならない。
火乃香の目尻から涙が一筋こぼれ落ちる。
「取り戻したかった、だけなんだ」
悔しそうな火乃香の言葉。
「毒島さん……」
光流が氷の剣を下ろす。剣が砕け散り、スノウホワイトの姿に戻る。
拘束の氷も砕け散り、穂乃果はその場に膝を付いた。
「私が、殺したんだ——あいつが、裏切ったから」
その後は嗚咽にしかならなかった。
その場に泣き崩れた火乃香を前に、光流はただ茫然と見下ろすしかできなかった。
◆◇◆ ◆◇◆
「ありがとう、少年」
すっきりした顔で、火乃香が光流に声をかける。
フードコートのテーブルで向かい合って座り、互いに自販機で買った生搾りオレンジジュースのコップを手にしている。
「うん、負けた負けた。やっぱり私の願いは叶えちゃいけないって神様の思し召しなんだね」
「毒島さん……」
複雑そうな顔で、光流が呟く。
あの後、火乃香が語ったのはあの流星群の日に火乃香はうっかりと交際相手を殺害してしまった、という内容だった。甘い言葉で散々騙し、浮気までした交際相手に刃を振り下ろした火乃香を光流は責めることはできない。
火乃香の願いは「殺してしまった交際相手の復活、そして二度と裏切らない」こと。交際相手を盲信して病んでしまった人間なら望んでしまっても仕方のないもの。
だが、真っ向から光流に否定され、火乃香はそこで目が覚めた。
そんなことをして願いを叶えたところで、本当に幸せになれるのか。
「——自首するよ。多分、あいつのことをいつまでも引きずるより自分を入れ替えたほうが幸せになる」
「そう、ですね」
光流としてはかなり重たい話を聞かされて複雑な気持ちだったが、それでも火乃香が納得した上でそう言うのなら止める必要はない。
「ありがとう、光流クン」
「っ」
初めて名前を呼ばれ、光流の心臓が跳ね上がる。
「頑張りなよ」
そう言い、火乃香がにっこりと笑う。
出会ってすぐのなんとなく嫌な感じのする笑いではない。過去のしがらみを振り切った火乃香はもう
「ちゃんと罪を償って戻ってくるからさ——その時はまたあの油淋鶏定食を一緒に食べよう」
「……店、残ってますかね」
思わず光流がそうぼやく。
「だったら店が残ってるように優勝賞品で祈っておいて」
火乃香の言葉に、二人が顔を見合わせて笑う。
「——じゃ、行くよ。死ぬんじゃないよ」
「もちろん」
火乃香が右手を差し出す。
改めて握手を交わし、互いに今後の幸せを願う。
席を立ち、建物を出ていく火乃香の背を見送った後、光流はほっとして特大のため息をついた。
「ヒカル」
スノウホワイトが光流に声をかける。
「今回もなんとかなったよ……今回は流石に死んだと思ったわ……」
「しかしヒカル、君はウォーターグリーンの力を使ったようだが、一体……」
本来なら吸収した
「あー、そうだよね。聞いたルールでも『戦力になる』って言ってたし」
頭に流れ込んだルールを思い出し、光流も首を傾げる。
が、すぐに何かに気づいて手を叩いた。
「『戦力』って、パラメーターの話じゃなくて能力も借りれるってことじゃない?」
「え——」
まさか、とスノウホワイトが声を上げる。
もしかすると、これはどの
それとも、これもルールの穴なのか。
もし、イクリプスによって得た他の
「……もしかすると、とんでもないアドバンテージじゃないかこれ」
「そうかもしれない」
光流の言葉にスノウホワイトも頷く。
他の
そう思った瞬間、スノウホワイトはつきん、と胸が痛んだような気がした。
何が胸を痛めるのか、それが何か分からずに、スノウホワイトは光流の可能性に期待を寄せるのだった。