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第20話「見つけた願い」

——残り十人。


 不意に、そんな声が聞こえた気がした。


「!?」


 はっとして光流が周囲を見回す。

 楽しそうに歩く家族や買い物を楽しんでいる客の中に光流を見ている人間はいない。

 これは、と光流がスノウホワイトを見ると、スノウホワイトも天井——その向こうにある空を見上げるように視線を上げていた。


光彩戦争クロマティック・イクリプスの残りが十人になった、ということか」

「そんな——」


 スノウホワイトの言葉に、光流の言葉が掠れた。

 同時に、スノウホワイトと契約した時に与えられた光彩戦争クロマティック・イクリプスのルールを思い出す。

 ——選ばれた二五六人の彩響者コンダクターはその最後の一人になるまで戦うこと——。


 その言葉が事実なら二四六人は脱落した——光流が契約解除させた五人を除く二四一人は殺されたということになる。もしかするとスカーレットがそうなりかけた「彩響者コンダクターが見つからず消滅した」というパターンもあり得るが、それでも少なく見積もっても二百人はこの数日で命を落としたことになる。


「くそ……」


 きり、と光流の奥歯が鳴る。

 「もっと助けたかった」と思ってしまうが、同時にそれが傲慢であるということも分かっている。彩響者コンダクターにならなければ今まで助けてきた五人も助からなかったことを考えれば健闘した方である。

 それでも。


光彩戦争クロマティック・イクリプスは、クソだ……」


 光流は思わずそう呟いていた。


「何が『願いの戦争』だ、何百人も死なせておいて、自分だけ願いを叶えようってか、クソが——」

「ヒカル、」


 いつになく強い言葉を使う光流にスノウホワイトが声をかける。

 その声に光流がはっとして、それから険しくなっていた表情を緩めた。


「ごめん、」


 知らず、固く握りしめていた拳を緩めて手を開く。


「——でも、俺も普通に契約してたら殺してたかもしれないのか……」


 そう呟いた光流の声に、力はなかった。

 含まれていた絶望に、スノウホワイトがそっと手を伸ばして光流の手を握る。


光彩戦争クロマティック・イクリプスとはそういうものだ。いちいち気に病んでいたら生き残れない」

「分かってる、分かってるけど——」


 今まで対峙してきた五人を思い出す。ウォーターグリーンの彩響者コンダクターを除けば自分の意思で契約解除をしてきたが、もしスノウホワイトと正式な手順で契約してウォーターグリーンと戦っていたらこの五人は死んでいたかもしれない。


 現時点での犠牲者を考えれば微々たる数かもしれない。いや、微々たる数だったからこそ「もっと助けたかった」と思ってしまう。

 重くのしかかる二四一という数字。

 ダメだ、と光流は絞り出すように呟いた。


光彩戦争クロマティック・イクリプスをこれ以上続けちゃいけない」

「しかし、最後の一人にならなければこの戦いは終わらない」

 スノウホワイトの言葉に、光流は分かってる、と頷く。

「残り九人を、見つけ出す」

「不可能だ」


 思わずスノウホワイトが即答する。


「いくら半径二キロメートルという狭い範囲であっても、光流が一人で九人のコンダクターを見つけることは不可能だ。一人見つける間に誰かが脱落する可能性の方が高い」

「それは、分かってるけど——」


 それでも、「全員見つけ出す」くらいの意思がなければ誰も助けられない。


「行こう、スノウホワイト」


 真っ直ぐ前を見据え、光流はスノウホワイトに声をかけた。


「これ以上、誰も死なせたくない。確かに理想論かもしれないけど——一人でも多く助けたい」

「ヒカルがそう言うなら」


 スノウホワイトも頷いて光流の隣に立つ。


「しかしヒカル、ヒカルが契約解除するということは最終的な勝者になるということだ。いくら全員が死んだわけではないとなっても——キミはその責を負う覚悟はあるのか」

「あ——」


 スノウホワイトの声に、歩きかけた光流の足が止まる。

 そうだ。

 契約解除を狙うということは「自分が勝ち続ける」ことを意味する。

 最後の一人を契約解除させたとしても、光流の足元には二百人以上の屍が積み上がることになる。

 その死者の山に立つ覚悟はあるのか——スノウホワイトはそう問うている。


「俺は——」


 光流の声が震える。

 光彩戦争クロマティック・イクリプスに参加したのは自分の意思ではない。気がつけばスノウホワイトと契約が成立していて、なし崩し的に参加することになった。あの出会いの時に契約の鎖で繋がれていなければ光流は契約せずに当たり前の日常を過ごしていたはずだ。

 巻き込まれて光彩戦争クロマティック・イクリプスに参加して、自分は一人も殺していないのに二百人を超える屍の上に立つ——。


 再び、光流の拳が固く握られる。

 選べ、と光流の心の底で何かが囁く。


「選択肢なんて——あるわけないだろ」


 そんな言葉が光流の口から漏れる。

 進むか立ち止まるか、選択肢はこの二つしかない。

 進めば屍の上の栄光、立ち止まれば敗北による死。

 スノウホワイトと、今まで戦ってきた彩響者コンダクターの思いを背負った状態で光流は立ち止まるという選択肢を選ぶことはできなかった。


 進むしかない。しかし、進むための一歩を踏み出す覚悟が固まらない。


——いいのか?


 そんな思いが胸をよぎる。

 いくら殺さない選択をしたからといって今までに命を落とした彩響者コンダクターを救うことはできない。それこそあらゆる願いを叶える奇跡でも起きない限り——。


「——あ」


 全ての出口が閉じられた迷宮の中で、光流は声を上げた。

 ——存在する。第三の選択肢が。


光彩戦争クロマティック・イクリプスの勝者は、どんな願いも叶う——」

「そうだ。いかなる願いでも成就される」

「それなら——」


 光流が握りしめた自分の拳を見る。

 ゆっくりと手を開き、大きく息をつく。


「——見つけたよ、俺の願い」


 光流の声はもう震えていなかった。

 スノウホワイトが光流を見る。

 真っ直ぐな目で、光流はスノウホワイトを見た。


「『光彩戦争クロマティック・イクリプスで死んだ全ての命の蘇生』——それが俺の願いだ」

「それは——!」


 思わずスノウホワイトが声を上げる。


「それは、光彩戦争クロマティック・イクリプス願い——誰の願いも叶わず、何の変化も起きず、何の革新もなされない」


 「無」だとスノウホワイトが反論しようとする。

 だが、光流の目があまりにも真剣で、全てを覚悟したもので、それ以上声を出せなかった。


 スノウホワイトは主催者の真意は分からない。だが、高次元存在である主催者は人類の革新を図って光彩戦争クロマティック・イクリプスを企画したはずだ。それを、光流は真っ向から否定するというのか。


「違う」


 迷いのない目で、光流はスノウホワイトを見る。


「たった一人、願いを叶えられる光彩ルクスコードはいる」

「それは——」


 スノウホワイトの声が途切れる。

 そうだ、光彩戦争クロマティック・イクリプスの勝者はたった一人ではない。戦いを勝ち抜くのは彩響者コンダクターだけではない。


「ヒカルが勝ち残り、全員の蘇生を願っても、わたしには願いを叶える権利がある——」

「スノウホワイト、願いを叶えて」


 そのための道は拓く、と光流は続けた。


「そもそも、俺には叶えるべき願いなんてない。いや、俺の願いなんて多分、きっと、もう叶ってる。だったら俺が願うことは全員の蘇生ただ一つだ」


 そう言い、光流はにっこりと笑う。


「だから、俺はスノウホワイトに『俺の願いを託す』とかしない。スノウホワイトはスノウホワイトが叶えたい願いを願えばいい」

「ヒカル——」


——それは、偽善だ!


 スノウホワイトの心がそう叫ぶ。

 光彩戦争クロマティック・イクリプスの参加者はそれぞれ他者を殺してでも叶えたい願いがある。光流のその願いは考えようによっては他者を愚弄するものだし、自分の願いを捨てて「全員を甦らせる」など綺麗事にも程がある。


 もっと汚く願え、とスノウホワイトが心の中で叫ぶが、それは言葉にならず視線だけで光流に投げかけられる。

 そのスノウホワイトの視線に負けず、光流は迷わず言葉を紡ぎ上げた。


「願いなんて、他の存在に叶えてもらうものじゃない。自分で掴み取るものだ」

「矛盾するぞ! キミの願いは他者に願わずして叶うものではない!」


 人間、それも二百人を超える人間の蘇生などどのような医師であっても不可能。それを可能にするのは主催者ただ一人。

 光流の言葉は矛盾している。

 自分の願いを自分で叶えろということは主催者に願うことも許されず、また、スノウホワイトの願いですら否定するものになる。


 それなのに——。


「分かってる、そんなこと」


 光流の言葉は静かだった。


「俺の考えと願ってることが矛盾するって俺が一番よく分かってる。だけど——いや、だからこそ、俺は光彩戦争クロマティック・イクリプスをなかったことにするんだ」


 誰の願いも叶えられない、願ったことは自分の力で叶える環境を再構築する。


「それが、キミの願い——」


 真っ直ぐな光流の「願い」に、スノウホワイトは口を閉ざすしかできなかった。

 光流は誰の願いも否定しない。肯定もしない。

 ただ、「自分の願いは自分で叶えろ」と言う。


——わたしは——。


 自分の胸に手を当て、スノウホワイトは目を閉じた。

 自分の願いは自分で叶えられるのだろうか。

 光流の願いを犠牲にしてまで、叶える価値があるのだろうか。


——いや、違う。


 スノウホワイトの胸の内で何かが光る。

 これは——希望だ。

 他者に縋って願いを叶えようとした弱い自分ではない。自分の力で自分の願いを掴み取ろうとする自分だ。


 光流の言葉で目が覚めた。

 願いとは誰かに叶えられるものではない。自分で掴み取ってこそ願いは叶う。


——そうか。


 はっきりと認識する。

 光流は「全員の蘇生の権利」を自分の手で掴み取ろうとしているのだ。

 蘇生できる唯一の方法を自分で得ようとしているのだ。

 これは「他者に叶えられる願い」ではない。「自分で掴み取る願い」だ。


「——ヒカル、」


 意を決し、スノウホワイトが光流に声をかける。


「叶えよう、その願い」

「スノウホワト……」


 驚いたように光流がスノウホワイトを見る。

 光流としてはスノウホワイトには最後まで否定されると思っていた。

 それなのに、スノウホワイトは光流の言葉を受け入れた。


——これは、寄り添うようにプログラムされた感情……?


 一瞬、そう思うがすぐに否定する。

 違う、これはスノウホワイトの意志だ。

 スノウホワイトも自分で理解し、納得した上で光流の願いを受け入れた。

 何がきっかけかは分からない、それでもスノウホワイトは。

 一歩踏み出し、スノウホワイトが振り返り、光流に手を差し出す。


「往こう、彩響者コンダクター。わたしたちの願いを叶えるために」

「——応!」


 スノウホワイトの手を取り、光流も力強く頷く。

 残り九人、その全ては一度は救えないかもしれないが、それでも一人でも多く生存させるために。


 決意も新たに二人は歩き出した。

 次の彩響者コンダクターの契約を打ち破るために。



◆◇◆  ◆◇◆



「——クク」


 イオンタウン大垣を後にする光流とスノウホワイトに、一人の男が低く嗤う。


「これは面白いことになってきたな」

「あの彩響者コンダクター光彩ルクスコードも甘すぎる。ルクスコードわたしたちはただの兵器、絆されることなどあってはいけない」


 男の隣に立つのは濃いグレーの髪を揺らした、同じく濃いグレーのワンピースを着た少女。


彩響者コンダクター、彩界を展開するか」

「まあもう少し待とう。あんな甘い考えで二十人余りの光彩ルクスコードを宿していても俺の敵じゃないよ」


 戦うならもっと背負って押し潰されてそうになっている時の方が楽しい、と男は再び嗤う。


「その願いが叩き潰された時の顔が見ものだ」


 精々愉しませてくれよ、と男は呟き、光流とは反対方向に歩き出した。

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