「——む」
敷地の外に出たところで光流が眉を寄せる。
唐突に視界に広がる大垣市内の地図、そこに点滅する
地図は光流のいる場所——イオンタウン大垣の外れが中心地となり、方向も視界を巡られると回転するため自分が中心点となっていることが分かる。
まるでスマートフォンで見る地図アプリのような光景に、光流はため息をついた。
「残り十人だからさっさとケリを付けろってことか」
「……多分」
スノウホワイトも頷く。
「だが、全員救うんだろう?」
たった一言。しかし、その一言が光流の背を押す。
「——ああ、全員救う」
今生き残っている九人ではない。
それでも、今は逃げるのではなく立ち向かうだけ。
地図を見ると、比較的近く——大垣市のランドマークの一つともいえる場所に光点があった。
「ソフトピアか……。考えられるとしたら、展望台か……?」
「色を見る限り、コバルトブルーか……」
一番近くにある光点は青く点滅していた。
コバルトブルーという響きになんとなくの不安を覚えつつも、光流は視線を目の前に見える線路から右方向に回転させ、その先に見える二つのビルの先端を見る。
IT産業の先進地として整備されたソフトピアジャパン。一時期は岐阜県内で最も高い建物と言われただけに展望台は完備されている。従業員でもないのにここにいるということは展望台で
「行こう」
光流がスノウホワイトに声をかける。
スノウホワイトも小さく頷き、光流の横に並んだ。
◆◇◆ ◆◇◆
ソフトピアジャパン、センタービルを前に光流はぶるりと身を震わせた。
展望台には来たことがある。大垣市内はもちろん、天気がいい日はもっと遠くまで見通せる、それでいて普段は人がほとんどいない穴場。
コバルトブルーを従える
だが、負けるわけにはいかない。築かれた屍の上で叶えられる願いなどあってはいけない。
光流の背後でボールが転がっては金属片に当たるオブジェから金属音が響く。
普段ならこのボールオブジェを転がるボールを興味深く見ることができるが今はそんな気分ではない。
意を決して、光流はセンタービルに足を踏み入れた。
元は自動回転ドアだったらしき円筒状の自動ドアをくぐり、一歩踏み込んだところで二人は青い光に包まれた。
「ヒカル!」
スノウホワイトが光流の腕を掴む。
二人の周囲の景色が変わり、青い光に満たされた洞窟が広がっていく。
「これは——!」
まずい、と光流が思わず口元を覆う。そんなことをしても何の意味もないのは頭では理解していても身体が本能的に動いてしまう。
「この洞窟全体が高濃度の放射線下にある。
周囲を見回し、分析したスノウホワイトが報告する。
「そりゃそうか……。コバルトブルーならそうなるよ」
納得したような光流の声。
「つまり?」
「コバルトブルーの特性が放射線ってことはコバルト60を操ってるってことだろ? なんとなく分かるよ」
「なるほど」
スノウホワイトがなんとなく理解したのか小さく頷く。
「でもコバルト60は厄介だな。放射線治療とかに使われてる物質じゃなかったっけ」
「わたしには物質の細かいことは分からない。しかし危険なのは変わりない」
光流の知識に感心しつつも、スノウホワイトは冷静に周りを見ている。
光流も視線を追従させ、うん、と頷いた。
「ヘリオトロープの毒みたいに
「そうだ。
それなら納得できる。スノウホワイトの彩界はしんと冷え切った洞窟だが、その冷気が
「急ごう」
環境エフェクトなら攻撃側、防御側関係なく影響が出るはず。
スノウホワイトも追従し、奥へと駆けていく。
トラップを見極め、氷の塊で暴発させた横を駆け抜け、二人が洞窟の奥へと進んでいく。
しかし、トラップも高濃度の放射線を放つコバルト60で構築されていた。
環境エフェクトではない放射線に関してはダメージ判定があるらしく、回避したとしても一定範囲内にいるだけで被曝ダメージが蓄積されていく。
「くっそ、やばいぞこれ!」
トラップを発動させてはいけない。発動したトラップは敵味方関係なくダメージを与えることが分かっているので発動させれば発動させるほど光流だけでなくコバルトブルーの
普通の人間なら確実に健康被害が出るほどの放射線を浴びながらも光流は先に進む。
ぎりぎりのところでトラップの起動スイッチを躱した光流が青い光に照らされ、青く光る水晶のような壁に影を落とす。
視界に映る戦力ゲージがじりじりと削られていくことに焦りを覚えつつも、光流は全力で床を蹴って前に跳んだ。
後ろでトラップが起動し、高濃度の放射線をまき散らすコバルト60の塊を乗せた台が姿を見せる。
「くそ——!」
戦力ゲージの減少スピードががくんと上がる。
これはまずい、コバルトブルーの
「やっぱり、コバルトブルーのユニークスキルって個人戦には向いてないよね」
光流の前に立つ痩せぎすの男。その隣に立つ濃い目の水色の少女が、光流を睨みつけた。
「トラップを解除してください! あなたも危険だ!」
痩せぎすの男に向かって光流が叫ぶ。
「放射線の怖さはあなたも分かってるでしょう? このままだとあなたももたない!」
光流の声が光る水晶の壁に跳ね返る。
だが、痩せぎすの男は不敵な笑みを浮かべて首を横に振った。
「いいや、これでいい」
「なんで!」
このまま時間が経過すればいずれは戦力が枯渇して倒れることになる。
トラップによる撃破でも
「スノウホワイト!」
時間がない、と光流がスノウホワイトに呼びかけ、氷の剣を手に取る。
「コバルトブルー」
痩せぎすの男も落ち着いた声で自分の
完全に防御を狙った男に、光流が思わず歯ぎしりする。
「スノウホワイト、相手の戦力分かる?」
「あくまでも推測だが——こちらが攻めきれなかった場合、同時に倒れそうだ」
「なっ」
スノウホワイトの推測に光流が言葉を失う。
同時に倒れる、ということは戦闘自体は引き分けに終わるということだろうが、この放射線環境で引き分けた場合、恐らく無事では済まない。二人同時に衰弱死を迎えることになる可能性が非常に高い。
そうなるとイクリプスが発生した時どうなるかは想像もできないが、それよりも相手が「勝ちを狙う」のではなく「引き分けを狙っている」方が気になる。
勝ちを狙うのなら防御を固めるのではなく攻撃に出るはずだ。少なくとも自分ならそうする、と光流は考える。
確かに盾による
——何を狙ってる……?
同時に倒れることで、何かメリットが存在するのか。それこそルールの隙を突くような、とんでもないチートが——。
そこまで考えて、光流は一度思考を切り替える。
相討ちになることで利益を得るのは誰か。少なくとも自分ではない、それは分かる。
それならこの男自身か。いや、コバルトブルーに蘇生の能力があるとは思えない。それとも吸収した
それなら——。
——他に、利益を得ることができる
その可能性がないとは言い切れない。つい先ほど、光流も火乃香と一度は手を組んだ。
つまり、この痩せぎすの男にも協力者がいる——?
「あなたは自分が死んででも仲間に勝利を掴ませたい、ということですか!」
可能性はこれしか考えられない。
そう判断し、光流は痩せぎすの男にそう投げかけた。