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第22話「青い光の果てで」

 光流の言葉に、男はほんの少しだけ驚いたようだった。


「僕に仲間がいるとよく見破ったな」


 それは、純粋な賞賛。

 光流の分析能力と高濃度放射線に支配されたこの空間で臆さない胆の太さに「ただものではない」と判断したのか。


「そうだ、僕には仲間がいるよ。それに、僕はこの戦争を勝ち抜こうとは思ってないからね」

「それは、叶えたい願いがないということですか」


 勝ち抜こうと思っていない——それは他者を死なせてまで叶えたい願いはないと同義になる、と光流は思っていた。だが、この空間を作ってまで光流を攻撃するのはその思いに矛盾するのではないか——少なくとも、この戦争を降りるのに他者を巻き込む必要はない。それに、この男は既にかなりの数の光彩ルクスコードを取り込んでいる。少なくとも現在光流が取り込んでいる以上には。


 そう考えると、この男もはじめは勝ち抜こうと動いていたはずだ。それなのに共倒れになったとしても光流を消したいと考えるのは何故なのか。それほどにも協力者とやらに好条件を与えられたのか。

 ふん、と男が鼻先で笑う。


「僕の願いはもう叶ったよ。高濃度放射線下での人々の変化の観察——とても楽しかったよ。僕のトラップが高濃度放射線をまき散らすもの、僕を攻めきれずに倒れていく彩響者コンダクターの絶望——やっぱり放射線は恐ろしいもの、という一般認識は正しいんだね。うまく使えば医療にも人命救助にも使える素晴らしいものなのに!」


 そう言い、両手を広げる男に向かって光流は剣を構えて突進した。

 火乃香の時のように手を組んだ相手の彩界ではないからこちらもトラップを仕掛けて反撃することはできない。自分の力だけで男に打ち勝たなければいけない。

 いや——。


彩響者コンダクター、私とウォーターグリーンの力も使え』


 光流の裡で声が響く。


(君は——)

『私はリードグレイ。同音異義語のよしみで鉛の特性を操ることができる』

(もっと早く言ってよ!)


 リードグレイの言葉に光流が思わず抗議する。

 抗議はしたが、同時に勝ち筋が見えたような気がして気分が奮い立つ。

 鉛といえば鉛毒が有名だがもう一つ大きな特性がある。

 リードグレイが「鉛を操れる」ではなく「鉛のを操れる」と言うのなら——。


「リードグレイ、放射線の吸収を! ウォーターグリーン、被曝の影響も軽減できるの?」

『あい分かった』

『放射線もある種の毒と考えれば軽減できる』


 光流の奥底でやや青みのかかった灰色と色褪せた緑色の光が輝く。

 その光は光流の周囲でもパーティクルとして展開され、光流を守るように渦を巻き始めた。

 それを受けて、急速に減少しつつあった光流の戦力ゲージの動きが緩やかになる。


「な——!」


 余裕そうな笑みを浮かべていた男の顔が驚愕に歪んだ。


「まさか、他の光彩ルクスコードの能力を!?」


 吸収した光彩ルクスコードの能力が使えるとは聞いていない。受け取ったルールでは「戦力として登録される」としか記載されていなかったはずだ。それなのに。

 いや、違う、と男はすぐに納得した。


「そうか、『戦力』とはただ数値としてのものではなく、その能力も含めて彩響者コンダクターの支配下に入るということか、それなら!」


 男が盾を支えていた右手を離し、光流に向ける。


「ポピーレッド! 芥子ポピーを冠するなら相手に幻覚を見せることが可能なはずだ! 力を貸してくれ!」

彩響者コンダクター、気を付けろ! 他の光彩ルクスコードを使えるのはわたしたちだけじゃないはずだ!』


 男の言葉と共にスノウホワイトも光流に声をかける。


「させるか!」


 男が右手を突き出したことで契約の枷は剥き出しとなっている。

 それを隙と捉え、光流は叫んだ。


「スノウホワイト! 鎖鎌!」

『承知した!』


 光流が握っていた氷の剣が分銅付きの鎖を備えた鎌へと変化する。

 変化の間に光流は腕を大きく振るい、分銅を男に向けて飛ばした。


「クソッ!」


 咄嗟に男が分銅を盾で弾こうとする。

 だが、男の盾は片手で振り回すにはあまりにも大きく、重かった。

 男の防御が間に合わず、分銅は男の右腕に絡みつく。


「もらった!」


 光流が全力で鎖を引き、それによってたたらを踏んだ男の盾に体当たりする。


「その程度——!」


 全身の体重をかけた体当たりを受け、男が後ろへよろめきつつも倒れず体勢を立て直そうとする。

 その男の周囲に赤い花びらのようなパーティクルが展開する。

 だが、


「想定通り!」


 男の右腕に絡みついていた氷の鎖が男がよろめいた勢いでずるり、と動き、粉砕機シュレッダーのように青く輝く契約の枷を粉砕した。




「は——?」


 何が起こったのか分からず、男が思わず声を上げる。

 左手に収まっていた大型の盾が青い光の粒子となって霧散し、周囲に展開しかけた赤いパーティクルも消失する。

 空間が悲鳴を上げるかのように軋み、青い光を放つ洞窟が冷たい氷のものへと塗り替えられていく。

 それと同時に自分の中にいた全ての光彩ルクスコードが虹のパーティクルとなって光流に吸収されていくのを見て、全てを理解した。


「そんな、死んでもいないのにイクリプスが——!」


 嘘だ、と男がかすれた声で呟く。

 イクリプスは彩響者コンダクターを殺さないと発生しないはずだ。自分はまだ死んでいない、ただ契約の枷を砕かれただけだ、それなのにどうしてイクリプスが発生する。

 そんなことはあり得ない、と言葉を続けた男だったが、すぐに理解する。


 そもそも彩響者コンダクターを「殺す」ということは彩響者コンダクター光彩ルクスコードの契約を解消させることにつながる。それなら、契約の枷が砕かれた場合も同じなのではないか——と。


 しかし、そんなことに今更気付いてももう遅い。

 契約が無効になった今、イクリプスが発生するのは当然だしイクリプスが発生すれば全ての光彩ルクスコードは契約が残っている側に移動する。


 だったはずだ。たとえ彩界で戦う二人が同時に倒れたとしてもどちらかに仲間がいるのならその仲間に引き継がれるという。そして、基本的に光彩戦争クロマティック・イクリプス彩響者コンダクター同士が手を組むことはあり得ない。それぞれ願いがあるのだから手を組んでもいずれは殺し合わなければいけないのだから。


 それでも、男には仲間がいた。

 彩界で倒れた場合、光彩ルクスコードを託すべき相手とは一つの契約を交わしていた。

 「自分が持つ蘇生能力で蘇生させる」と。

 男が手を組んだ仲間は「君の彩界は君にも影響を及ぼすが、仮に君が倒れたとしても自分には蘇生能力がある」と言ってコバルトブルーのデメリットを完全に除去すると約束してくれた。だからこそ自分は防戦一方で相手が倒れるのを待てばよかったし、実際それで倒した彩響者コンダクターは多い。


 それなのに、今目の前にいる少年は高濃度放射線という死の環境にいてなお恐れず、焦ることもなかった。光彩戦争クロマティック・イクリプスの本来のルールに従えば殺してイクリプスを起こせばよかったのに殺さずイクリプスを発生させた。


 そこに、男にとっての大きな落とし穴があった。

 もし、光流が男を殺していれば仲間は即座に男を蘇生させて戦力の回復を図ったはずだ。だが、殺さず契約の枷だけを砕いたことで蘇生はできず、一方的にイクリプスを発生させた。


 完全に負けた、と男は悟った。

 相手が蘇生のことを知っていたか知らなかったかは今はどうでもいい。自分の力は全て奪われ、彩界も塗り替えられたことで放射線汚染は完全に消失した。光彩ルクスコードの治癒能力を考えればもう放射線によるダメージも全て除去されたはず。


「くそ……」


 男が悔しそうに呻く。

 こんなにもあっさりと負けるとは。

 仲間は「スノウホワイトの彩響者コンダクターは甘い子供だ、君の敵ではない」と言っていたのに、この体たらくはなんだ。

 死の恐怖に臆さず突き進む、それは一見ただの蛮勇のはずで、そんな蛮勇ではコバルトブルーの放射線は消し去れないはずだったのに負けてしまった。

 それがただ悔しくて、あり得なくて、男は負け惜しみだとわかりつつも目の前の光流を睨みつけずにはいられなかった。

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