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第23話「願いの共鳴」

 彩界が解除され、ソフトピアジャパン、センタービルの風景が戻ってくる——が。


「展望台!?」


 思わず光流が声を上げる。

 今まで、彩界を展開したり取り込まれたりしても解除された時は元いた場所にいた。それなのに、今光流はセンタービルのエントランスではなく十三階にある展望台に立っていた。


 高濃度放射線の影響で座標にバグが出たのか、それとも何かしらの意図が働いたのかは分からない。それでも、窓から見える伊吹山や大垣徳洲会病院といったランドマークで自分が西側の展望台にいることを把握する。


「……」


 光流が視線をめぐらせる。

 人気のない展望台にたった一つだけ、人影がある。


「貴方は……」


 白衣を着た痩せぎすの男。かつて、コバルトブルーを従えていた男に光流は歩み寄った。


「まさか僕のトラップに真正面から突っ込んで来るとは思わなかったよ」


 光のない、昏い目で男は光流を睨みつける。

 それをまっすぐ受け止め、光流は数メートル離れたところで足を止めた。


「——もしかして、とは思いますが貴方には……いや、貴方の仲間には蘇生能力を持った光彩ルクスコードが?」

「ああ、そういう契約だからね。僕は全力で放射線トラップを展開する、それで相手と同時に倒れても蘇生する、という」


 あっさりと手の内を明かす男。その言葉に、光流はイクリプスが発生したことで光彩ルクスコードとの契約だけでなく仲間との契約も断ち切られたのだ、と判断する。光彩ルクスコードのいない彩響者コンダクター光彩戦争クロマティック・イクリプスでは何の価値もないことは光流にも理解できる。男がコバルトブルーを使って他の彩響者コンダクターを狩れる状況なら利用価値はあったかもしれないが、こうなっては助ける意味もないと考えるのは当たり前だ。


 もし、火乃香ときちんと手を組めていて、彼女がヘリオトロープだけを失った状態になったら自分はどうするだろう、と考え、光流はいいやとその考えを否定する。

 少なくとも自分は毒島さんを見捨てたりはしない、たとえヘリオトロープが消えたとしても安全が確保されるまでは助けたはずだ、と考え、光流は目の前の男は、と考え直した。


 契約、ということはあくまでも「利益だけを追求した」ドライな関係なのだろうか。それともこの状況でもこの男の安全を確保しようと動くのか。

 男は仲間がいることを認めている。そんな状態での契約解除がどう動くかは初めてなので分からない。イクリプスが発生しても男が生きていることを仲間は把握しているのか、それすら把握できていないのかも分からない。


「とりあえず、今の貴方はもう光彩戦争クロマティック・イクリプスに関わることはできません。仲間がいたとしても、もうどうすることもできない」

「それはどうかな?」


 光流の言葉に、男が挑戦的な声で反論する。


「確かに、光彩戦争クロマティック・イクリプスを利用して実験を進めることはもうできない。それでも僕としては十分データが取れた。高濃度放射線下という極限状態での彩響者コンダクターの心理状態を観察するのは楽しかったよ。これが叶ったのだから僕はもう光彩戦争クロマティック・イクリプスに望むものは何もない」

「だったら、仲間に連絡して降りると言えば」

「その前に、僕がどうして光彩戦争クロマティック・イクリプスに参加したか気にならないか?」


 報連相は大切だ。少なくとも男は自分が生きていることを伝えるべきだし、戦いに負けたことも連絡するべきだ。

 それを見届けないと男の安全は確保できない、光流は何故かそう感じていた。

 もしかすると用済みとばかりに消されるかもしれない、そんな可能性を考えてしまったことに気づいて光流に焦りが生じていた。

 それなのに、男は「光彩戦争クロマティック・イクリプスに参加した理由」について言及した。


 時間稼ぎか、と思うものの、光流はそれを止められない。

 どうせ目の前の男は彩響者コンダクターとしての力を失っている。コバルトブルーの彩界で受けた放射線ダメージは今スノウホワイトが全力で修復に当たっているしそれもほとんど完了している。連戦になったとしても不利な状態で始まることはない。

 話したいなら、と光流が小さく頷くと、男はふっと笑って口を開いた。


「僕は元々放射線技師でね。がん患者の放射線治療とかに携わっていたわけだよ」


 男の言葉に光流がなるほど、と納得する。


「まぁ、いくらがん患者であっても放射線治療に一定の忌避感を持つ人もいるわけで、僕は放射線に対する人の心理にずっと興味を持っていた」

「そんな時に、コバルトブルーに出会った、ということですか」


 放射線技師である男が同じく放射線を操ることができるコバルトブルーと出会えてのは幸運だったのかもしれない、と思いつつ、光流は話の続きを促す。


「君は今幸運だと思っただろう? そんなわけあるか。光彩ルクスコードよ。自分に最適な彩響者コンダクターを」

「それは——」


 光彩ルクスコードが選んでいる? そんなバカな、と光流が呟く。

 それなら自分がスノウホワイトと出会ったのは必然だと言うのか。明確な願いも持たず、漠然と生きていた自分に「理解者と出会いたかった」と言うスノウホワイトの間に共通点など何もない。それに光流はスノウホワイトと正式な契約を交わさずに契約の鎖で繋がれた。全てを知ったのは逃げられないと覚悟を決めて正式に契約を交わしてからだ。

 それなのに、この男は自分とスノウホワイトの出会いも必然だと主張するのかと光流は困惑の目で男を見た。


「君は本当にのか?」

「あ——」


 光流から思わず声が漏れる。

 あの時、本当に何も考えていなかったのか、と光流は虹色の流星群が降った時のことを思い出す。


「まさか——」


 そんなことが。そんなことがあるというのか。

 あの瞬間、光流は確かに願っていた。「彼女が欲しい」と。

 そのタイミングで流星群は降り注ぎ、光流はスノウホワイトと出会った。


「俺が、あんなことを考えたから——」

「心当たりはあるようだな。そうだ、あのタイミングで何かを願った人間が彩響者コンダクターとして選ばれる」


 と言っても、僕の仲間が考察した内容なんだけどねと続けつつ男は両手を広げる。


彩響者コンダクターはその時願ったことに対して適切な光彩ルクスコードと出会うように設計されている。流石に二五六人も同時に願いを持った人間はいないだろうから数体の光彩ルクスコードは消滅したみたいだが」

「……スカーレット……」


 母親の言葉を思い出す。スカーレットは契約すべき彩響者コンダクターに出会えなかったために消滅しかけたところを母親と契約した。

 そう考えると、ますます自分とスノウホワイトの出会いは必然だったのだと実感せざるを得ず、光流は低く呻いた。


 スノウホワイトが「彩響者コンダクターを探さないと」となったのは恐らく自分の願いがあまりにも弱く漠然としたものだったからだ、と分析する。

 それでも願いは願いだと主催者は光流にスノウホワイトを当てがった、ということか。


「そんなことで——」

「どうした? 不本意な契約、理不尽な参加で苛立ってるのか?」


 男が挑発的に笑う。

 そんなわけあるか、と光流は拳を握りしめた。

 スノウホワイトとの出会いは確かに理不尽なものかもしれない。それでも、自分はスノウホワイトと戦い抜くと誓った。対戦者は殺さずに契約だけを切ると誓った。その考えは今も変わらない。


 男はただ自分を惑わせているだけだ、と自分に言い聞かせ、光流は深呼吸した。

 そんな光流の様子に、男がふん、と鼻先で笑う。


「——でも、」


 男の昏い目が一瞬光ったような気がした。


「僕にはもう一つ確かめたいことがある。君のような甘ったれた信念を持った子供が、その信念を目の前で砕かれた時にどう反応するのか!」

「っ、ヒカル!」


 スノウホワイトが叫んだのと男が身を翻したのは同時だった。

 男がポケットから何かを取り出し、展望台の窓に叩きつける。

 砕け散る展望台の窓。

 窓の手前に設置された周辺地図を乗り越え、男は窓の外に飛び出した。


「ちょ——!」


 光流も慌ててそれを追う。

 窓のすぐ外には植え込みがあったが、その先はもう何もなかった。

 植え込みをも乗り越えた男が空中に身を躍らせる。


「やめ——っ」


 光流が手を伸ばすものの、その手は白衣に一瞬触れただけで男を掴むことはできない。


「目の前で守りきれなかったら君はどう壊れるんだろうねえ! ハハッ! ざまあみろ!」


 そんな男の声が吸い込まれるように消えていく。


「ヒカル、まずい!」


 窓ガラスが割られたことで警備が駆けつけようとしている、とスノウホワイトが光流に声をかける。

 だが、光流は呆然と屋上の縁で膝をついているだけで身動きできない。できたとしても逃げられるはずがない。

 どうする、と考え、スノウホワイトは即座に決断した。


「彩界展開!」


 光流とスノウホワイトの周囲を氷の洞窟が包み込んでいく。

 少なくとも、彩界にいる間は現実世界から存在を隠すことができる。

 位置ずれが起きたことを考えればこのまま別の場所に逃げることもできるはずだ。

 とりあえず今は光流の安全が最優先だ。

 それにこの展望台は十三階、ここから飛び降りた男が無事であるはずがない。


 静まり返った氷の洞窟をぐるりと見回し、それからスノウホワイトは足元で呆然と膝をつく光流に視線を落とした。

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