「さて、コンビニはどうなってるかな?」
現代に戻ると、前よりも大きくなった気がする。ほんの少しだけど。品ぞろえが増えていない以上、選択肢も狭まる。しょうがなく、ペットボトルをチョイスする。
「これ見たら、義元さん怒るかな……。『新しいものを持ってこい!』って。いや、それはないか。器が大きいから」
さっさとバーコードを読み込もうと服を見ると小さな変化に気がついた。俺の名札に「店長」の文字がある。え、俺そこまでランクアップしたの!?
「店長、最近一瞬だけ消えますけど大丈夫ですか? まるでマジックみたいに」
どうやらバイトらしい。「戦国時代に行ってるからだ」とはとても言えない。戦国時代で長く過ごしても、こちらでの時間経過が一瞬だから誤魔化せる範囲だろう。
「気のせいだよ、気のせい」
そう言いながら、ピッとバーコードを読み取る。ペットボトルが消えていくが、気づかれてはいないようだ。
「じゃあ、あとはよろしく!」
「おお、健。よく戻った。今回は何を持ってきた?」
「えーと、ペットボトルです……。他にいいものがなくて」
義元が「気にするな」と肩を叩いてくる。
「それで、浅井・朝倉連合を破った後、どうなりました?」
「もちろん、三好の領土の近くまで来ている。奴の居城である飯盛山城も遠くに見える」
なるほど、戦後処理も終わった後か。
「しかし、問題が一つ。三好は情報網を使って、こちらの情報を抜き取っている。さすがとしか言いようがない」
どうやら、三好を攻めるのは簡単ではないらしい。
「こちらの持ち物すべてを把握された。ペットボトルはもちろん、カイロ、ライトにその他諸々」
義元の顔には苦しさが滲み出ている。まさか、三好の情報戦の方が上なのか?
「大丈夫ですよ。こちらには、義元さんの知略がありますから」
俺はそう言ったが、義元は腕を組んで小さく首を振った。
「慢心は禁物だ、健。あの三好長慶……もはや、ただの謀略家ではない。己の策を捨て、正面から勝つための布陣に切り替えてきた。つまり、今の我らは“見くびられていない”ということだ」
その言葉に、俺の背筋が少しだけ伸びる。
義元は、近くの机に置かれた簡易地図を広げる。飯盛山城を中心に、いくつもの矢印と注釈が書き込まれていた。明らかに、すでにいくつもの作戦が立てられている。
「……すげぇ。もうここまで考えてるんですか?」
「お前がいない間、退屈だったのでな」
肩をすくめる義元。でもその目は、冷静で鋭い。
三好を「一筋縄ではいかぬ相手」と見抜きながらも、その上を行こうとしている。
「策は、ある。だが、これはお前の力も借りねば成らぬ。未来の目と道具を、今こそ使わせてもらおう」
俺はゴクリと喉を鳴らした。
「了解です。今回は何を使いますか? さすがにペットボトルでは戦えませんし……」
「いや、それにも使い道がある。補給物資以外でな」
「え、ペットボトルにですか?」
「ここを使えばいいのだ」
義元はこめかみをトントンと叩く。
「さあ、戦といこうではないか」
盆地でにらみ合う今川軍と三好軍。
「今回は正面対決ですか」
浅井・朝倉連合は、地形を使った戦略で打ち負かした。しかし、この戦では間違いなく多くの血が流れる。
「正面対決ではない。見ていれば分かる」
義元が軍配を下すと何かを持った兵が敵陣に向かう。まさか、そのまま突っ込むのか!?
「今だ!」
義元の号令を合図に、兵が何かを地面に転がす。それは、複数のペットボトルだった。
「健、あれには仕掛けがある。少しすれば分かる」
数秒後、ペットボトルが大きな音をたてて爆ぜた。その轟音は、周囲の山にぶつかりやまびことなって響き渡る。
それに驚いたのか、敵軍の馬が鳴き声をあげながら暴れまわった。
ペットボトルの中身は爆薬だったのか! そして、馬を驚かすことで、敵陣を乱す。そこまで計算済みとは!
「ペットボトルが転がるからこそ、点火式爆弾の作戦は成立する。さて、三好に見せつけようではないか。我らの力を!」
「三好の抵抗激しかったですね。情報戦だけじゃなくて、武力も恐ろしいほどに強い。さすが、近畿を支配している武将といったところです」
盆地に広がった壮絶な戦の跡を見つめる。戦国時代に平和をもたらすために、戦をする。やむを得ないとはいえ心が痛む。
「そうだな。だが、上洛に向けた障害はなくなった。あとは大義名分を得るのみ」
義元は、遠く未来を見据えているようだった。
「でも、大義名分だけで西国の武将は従うでしょうか? 彼らにも信念やそれぞれの正義があるはずです」
義元は「健の言うとおりだ」と、苦笑いする。
「まだ道半ばだ。この先に、どのような困難が待ち受けていようと突き進むのみ。皆のもの、京へ進むぞ。武装は最低限にせよ」
今川軍はゆっくりと西へ進む。
上洛しても室町幕府の足利家がいる。未来人の俺にも分からない。彼がどういう選択をするのか。そして、その先に何があるのか。結末は神のみぞ知る。