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第16話 平和の象徴

「義元さん、上洛したら、まずは天皇陛下に謁見するんですよね?」


 当たり前だと思いつつも聞いてみる。


「もちろんだ。だが、ただ会うだけでは大義名分を得ることはできないだろう。何か心をつかむものが必要だ」


 心をつかむと言っても天皇陛下の好みが分からなければ、どうしようもない。


「朝廷は財政的に苦しいと聞いた。まずは、経済的な援助から取りかかる」


 なるほど。朝廷が存続しなくては、大義名分を得たところで無駄に終わる。理にかなっているな。


「あとは、健が持ってきた未来道具を献上しよう。まあ、それだけでうまくいくとは思えんがな」


 未来道具の献上か。何なら満足してもらえるだろうか。消毒液が第一候補だな。





 京が見えてくると、今川軍も興奮を抑えきれないのかざわつき始めた。この時代に上洛したのは信長をはじめ、ごく一部の武将のみ。当たり前かもしれないな。


「謁見の時は足利義輝も同席させる」


「え、彼も一緒にですか!? 敵同士ですから、戦になるのでは……?」


「心配無用。奴も京を火の海にすることは避けるはず。」


 言われてみれば、そうかもしれない。


「問題は、どうやって足利と連絡をとるかだ。あちらには明智光秀という有能な部下がいると聞いている。奴なら、こちらの想いを理解してくれるだろう」


 明智光秀か。史実では謀反を起こして信長を討った。でも、彼にも彼なりの正義や信念があったかもしれない。先入観を持つべきじゃないな。


「こちらは信長を使者として遣わす」


「信長をですか? やめたほうがいいかと思います」


 初対面とはいえ、何が起きるか分からない。


「信長は美濃を落とした功績がある。奴は、これから伸びる武将だ。経験を積ませるのも悪くはあるまい」


 義元は考えを変える気はないらしい。うまくいくことを願うしかなさそうだ。





「それで、どうだった。足利との接触は」


「渋々といった形ですが、同席することで話がつきました」


 信長の報告を聞いてホッとする。「ただ、明智からは嫌なものを感じました」と続けた。


 やはり、この二人は馬が合わないらしい。斬りあいにならなかっただけマシかもしれない。


「健、未来から持ち帰るなら消毒液だけでなく、何か……そう、平和の象徴になるような物を。剣を置かせる、何かが必要なのだ」


 平和の象徴……? そんなもの、現代でも見つかるか?


 いや、何としてでも探し出す必要がある。戦国時代をより良いものにするために。それは俺にしかできないのだから。





「さて、現代に戻ったわけだが、どうするか」


 平和の象徴になるものなんて、コンビニにあるのか?


 店内をじっくり見渡すが、どれもピンとこない。新年が近いから簡易的な鏡餅などはあるが、平和の象徴にはなりそうにもない。


 彼らに何を見せればいいのか。「便利なもの」ではダメだ。「戦国時代が早期に終わったことで、現代は素晴らしいものになった」と思わせるものでないと。


 正月コーナーを改めて見ると、あるものが目にとまる。


「これなら……」


 俺はバーコードを読み取り、戦国時代に送り込む。


「これが最後のタイムトラベルになれば、いいけれど」


 義元を強く想う。彼なら、戦乱の世を終わらせると信じて。





「健、よくぞ戻った。と、言いたいが少しタイミングが悪かったな……」


 タイミングが悪い?


 義元の言葉の意味を知るべくあたりを見渡す。そこには、すだれの向こうに誰かが座っているのが見えた。間違いない、天皇陛下だ。つまり、謁見をぶち壊してしまったわけだ。


「ご無礼をお許しください」


 すぐさまに頭を下げる。これで十分なのか判断がつかない。


「なるほど、そなたが未来人か。今川の言うことは真らしい。危うく心の臓が止まるところだったが」


 なんとかなったらしい。


 だが、見慣れぬ二人の人物が怪しげな表情で見てくる。誰だ、この二人は。


「今川から、そなたが戦をなくすものを持って来ると聞いている」


 天皇陛下の言葉には、期待と不安が入り混じっている。もし、ここで失敗すれば未来の日本は国内で争いを続けているかもしれない。ここが正念場だ。


「これでございます」


 俺が選んだのは――カレンダーだ。


「これが戦を終わらせると……?」


「天皇陛下、この絵をごらんください。これが未来の日本でございます」


 そこには、美しい古都の写真があった。


「これは京の将来像になります。もし、戦が続けば、このような景色はなくなります。殿は、この未来を実現するために力を尽くす考えにございます」


 義元が力強くうなずく。


「だが、今川以外の者でも成せるのではないか?」


「そ、それは……」


 言われてみて気がついた。最初は「間抜け」呼ばわりされていた義元の役に立ちたいと思っていたことに。だが、今は違う。


「――殿にしか成せません。各地の武将に勝ちつつも、命を奪わない大きな器。そして、それを成し得る知力。この二つがあるからこそ、殿のみが世に平和をもたらすことができるのです」


「……なるほど。そなたの言うことは分かった。足利よ、どうする。今のそなたらに、世を安定させる力はない。だからといって、大人しく引き下がることもないのだろう?」


 そうか、この二人は足利義輝と明智光秀か。


「天皇陛下のおっしゃる通りです。我らに力はございません。征夷大将軍が不在になれば世は乱れます。……ですから、今川に譲ろうかと存じます」


 足利義輝はそう言うが、悔しそうな表情を浮かべている。おそらく、自らのプライドと平和を天秤にかけ、最善策を導き出したのだろう。そして、乱世を終わらせることを選んだ。これは簡単にできることではない。


「殿! それでよろしいのですか……?」


 明智光秀は、不服というよりも主君の身を案じているらしい。


「今川に問おう。大義名分を得るのは自分を正当化するためではあるまいな」


「それは違う。戦乱を終わらせるためだ」


 義元と光秀の視線がぶつかる。


「……よかろう。だが、大義名分があろうとも、西国の武将が従うとも限らぬ。それぞれに信念と民を守ろうとする想いがある。それを乗り越える覚悟はあるのか?」


「誓おう。どのような壁が立ちはだかろうと、乗り越えてみせる」


 その時だった。西の方が騒がしくなる。


「陛下、大変でございます! 毛利が都に向かっております!」


「なんだと!」


 毛利元就が!?


「なるほど、毛利も上洛するつもりだったらしい。奴は大義名分が今川にあることを知らん。この試練で、どのように理想を成し遂げるか見せてもらおうか」と光秀。


 義元は「もちろんだとも」と答える。


「健、戦乱を終わらせるぞ。最後の戦の始まりだ」

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