「それで、どういう状況だ!」
「明智の手勢は少数精鋭のようで、織田殿も手こずっておられます」
京へ向かいながら兵から情報収集をする。
もしかして、信長の死は避けられないのか? どれだけ歴史が変わろうとも。
「心配無用。信長は若いが腕は確かだ。明智を包囲できれば問題ない」
そう言う義元の顔には焦りが見られる。
頼む、間に合ってくれ! もう誰かが死ぬのは見たくない。
京に着くと、夜中にもかかわらず煌々としている。
「信長はどこだ!」
義元が陣に飛び込むと、そこにはどっしりと構えた信長の姿があった。しかし、顔には汗が流れ、緊張感が伝わってくる。
間に合った!
「信長、戦況はどうだ!」
「都で派手に戦はできぬゆえにらみ合いが続いております」
義元は「そうか……」とつぶやくと、何かを考え出す。
「義元さん、明智光秀はなぜ挙兵したんでしょうか?」
天皇との謁見の場にいた光秀は、大義名分がこちらにあることを知っているはず。なぜだ?
義元が「これは単なる謀反とは思えない」と言うと同時に、陣に兵が駆け込む。
「殿、明智側が『会談の場をもちたい』と申しております。すでに、わずかな兵で陣を出たとのことです」
「会談……?」
俺にはさっぱり分からない。負けが濃厚だから、交渉に切り替えたのか?
「なるほど、そういうことか……。会談のための挙兵か。案内せよ」
「ここか、最後の戦いの場は」
「戦い……? 会談ですよね?」
「今に分かる。健は決して口を出してはならぬ。これから始まる会談は、この時代の我らがするからこそ意味がある」
義元には、明智光秀の意図が分かっているのか?
義元が幕をめくると陣に入る。
「そちらも最低限の兵か。今川よ、信じていたぞ」
「当たり前だ。会談なのだからな」
本当に会談なのか? あたりの空気が重苦しい。
「今川よ、お前は理想を語るが、それは絵に描いた餅だ。飢えがあるからこそ、民は苦しむ。そして、食料を奪い合う。これはこの世の縮図。領土があるからこそ、我らも奪い合う。この世から争いがなくなることはありえない」
「一理ある。だが、我は民の苦しみを知った上で改善し、この世界に平和をもたらす」
「それがうまくいくならば、戦はそもそも存在しない。お前の言うことは理想であり、現実を見てはいないのだ」
「そうではない。理想を現実にするためには、現場を見る目も、信じる力も必要なのだ」
「信じて救われるなら、誰も死なん! 現実を見ろ!」
「この世に争いがあるのは、信じることを諦めたからだ。ならば、我は……」
その時、兵が義元に斬りかかる。まずい!
俺は手に持ったカレンダーを投げつける。これで、視界は遮られたはず。
兵はすぐさま、取り押さえられる。
「これでも信じることをやめないと?」
「もちろんだ。信じることをやめた時、理想は死ぬのだから」
「ふん、面白い。では、見せてみろ。その理想の先を」
それだけ言い残すと、明智光秀は陣を後にする。
「健よ。そなたのおかげで、この世から戦がなくなるきっかけができた」
「いえ、俺はあくまでも未来から道具を持ってきただけですから」
「いや、そんなことはない。助かったぞ」
義元が抱きついてくる。少し照れくさい。
いよいよ別れの時か。
「未来がより良いものになっていることを願っているぞ」
俺は現代を強く想う。これが、最後のタイムトラベルに違いない。いや、レジがある限り、行き来はできる。たまには、戦国時代の様子を見るのは悪くないだろう。
「さて、現代はどうなっているかな。ここは、コンビニ……じゃないな」
そこは路上で、目の前には「今川百貨店」と看板に書かれたビルがあった。コンビニの気配はまったくない。そして、レジは跡形もなくなくなっていた。
レジがない、つまり、再び戦国時代に行くことはできない。あれが、最後のタイムトラベルだったわけか。
「あれ、ポケットに何か入っているぞ……」
それは、義元からの書状のようだった。そして、こう書かれていた。
「健よ、そなたのおかげで平和を成し得ることができた。人を建てると書いて健。まさに名に恥じぬ働きであった」と。