目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

最終話

「それで、どういう状況だ!」


「明智の手勢は少数精鋭のようで、織田殿も手こずっておられます」


 京へ向かいながら兵から情報収集をする。


 もしかして、信長の死は避けられないのか? どれだけ歴史が変わろうとも。


「心配無用。信長は若いが腕は確かだ。明智を包囲できれば問題ない」


 そう言う義元の顔には焦りが見られる。


 頼む、間に合ってくれ! もう誰かが死ぬのは見たくない。





 京に着くと、夜中にもかかわらず煌々としている。


「信長はどこだ!」


 義元が陣に飛び込むと、そこにはどっしりと構えた信長の姿があった。しかし、顔には汗が流れ、緊張感が伝わってくる。


 間に合った!


「信長、戦況はどうだ!」


「都で派手に戦はできぬゆえにらみ合いが続いております」


 義元は「そうか……」とつぶやくと、何かを考え出す。


「義元さん、明智光秀はなぜ挙兵したんでしょうか?」


 天皇との謁見の場にいた光秀は、大義名分がこちらにあることを知っているはず。なぜだ?


 義元が「これは単なる謀反とは思えない」と言うと同時に、陣に兵が駆け込む。


「殿、明智側が『会談の場をもちたい』と申しております。すでに、わずかな兵で陣を出たとのことです」


「会談……?」


 俺にはさっぱり分からない。負けが濃厚だから、交渉に切り替えたのか?


「なるほど、そういうことか……。会談のための挙兵か。案内せよ」





「ここか、最後の戦いの場は」


「戦い……? 会談ですよね?」


「今に分かる。健は決して口を出してはならぬ。これから始まる会談は、この時代の我らがするからこそ意味がある」


 義元には、明智光秀の意図が分かっているのか?


 義元が幕をめくると陣に入る。


「そちらも最低限の兵か。今川よ、信じていたぞ」


「当たり前だ。会談なのだからな」


 本当に会談なのか? あたりの空気が重苦しい。


「今川よ、お前は理想を語るが、それは絵に描いた餅だ。飢えがあるからこそ、民は苦しむ。そして、食料を奪い合う。これはこの世の縮図。領土があるからこそ、我らも奪い合う。この世から争いがなくなることはありえない」


「一理ある。だが、我は民の苦しみを知った上で改善し、この世界に平和をもたらす」


「それがうまくいくならば、戦はそもそも存在しない。お前の言うことは理想であり、現実を見てはいないのだ」


「そうではない。理想を現実にするためには、現場を見る目も、信じる力も必要なのだ」


「信じて救われるなら、誰も死なん! 現実を見ろ!」


「この世に争いがあるのは、信じることを諦めたからだ。ならば、我は……」


 その時、兵が義元に斬りかかる。まずい!


 俺は手に持ったカレンダーを投げつける。これで、視界は遮られたはず。


 兵はすぐさま、取り押さえられる。


「これでも信じることをやめないと?」


「もちろんだ。信じることをやめた時、理想は死ぬのだから」


「ふん、面白い。では、見せてみろ。その理想の先を」


 それだけ言い残すと、明智光秀は陣を後にする。





「健よ。そなたのおかげで、この世から戦がなくなるきっかけができた」


「いえ、俺はあくまでも未来から道具を持ってきただけですから」


「いや、そんなことはない。助かったぞ」


 義元が抱きついてくる。少し照れくさい。


 いよいよ別れの時か。


「未来がより良いものになっていることを願っているぞ」


 俺は現代を強く想う。これが、最後のタイムトラベルに違いない。いや、レジがある限り、行き来はできる。たまには、戦国時代の様子を見るのは悪くないだろう。





「さて、現代はどうなっているかな。ここは、コンビニ……じゃないな」


 そこは路上で、目の前には「今川百貨店」と看板に書かれたビルがあった。コンビニの気配はまったくない。そして、レジは跡形もなくなくなっていた。


 レジがない、つまり、再び戦国時代に行くことはできない。あれが、最後のタイムトラベルだったわけか。


「あれ、ポケットに何か入っているぞ……」


 それは、義元からの書状のようだった。そして、こう書かれていた。


「健よ、そなたのおかげで平和を成し得ることができた。人を建てると書いて健。まさに名に恥じぬ働きであった」と。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?