「白石君がonlyだから、四人でかくれんぼサークルに入ったんだね。GWのかくれんぼには参加した? いや、その前に、普段は具体的に、どんな活動しているサークルなのかな?」
晴翔が逸る気持ちを抑えて、質問を変えた。
「普段は、サークル員で集まって話したり、飲みがほとんどだよ。四月は、GWのかくれんぼの準備をしてた。何となく皆、相性のいいWOを探しに来てるって感じた。GWのかくれんぼは先輩たちがメインで準備してくれてて、一年生には鈴木先輩からチャットに連絡が来ました」
真野が自分のスマホを取り出すと、かくれんぼサークルのグループチャットを開いた。
差し出されたスマホを、理玖と晴翔は覗き込んだ。
『GW恒例 新人歓迎かくれんぼ 号令
4/30(水) 1年t集合
5/2(金) 1年o集合
5/4(日) 1年n集合
2年生以上は準備とサポートのため4/29(火)から全員参加
サークル員は全員、サークル長の鈴木の指示に従うこと』
「tはother、oはonly、nはnormal。WO出会いメインだから、第二の性でグループ分けされる場面が多いんだけど、かくれんぼもそのグループでやることが多いらしくて。新入部員歓迎のための最初の年間行事で、一大イベントだって聞いて、俺たちも参加で申請を出したけど……」
真野が煮え切らない顔をして見える。
「真野君たちは実際、参加したの?」
晴翔の問いかけに頷きはするものの、真野の顔がどんどん厳しくなって、俯いていく。
「した、けど……。GWのかくれんぼが始まる前に、大和が辞めたいって言い出したんだ。思っていたのと違うって。大和はWOのセミナーみたいなの、期待していたみたいで。出会いとか求めている訳じゃないから、GWのかくれんぼが終わったら辞めるって、鈴木先輩とも話し合いしてた」
真野の話を聞く感じや講義中に受ける印象からも、積木が真面目な性格なのは感じ取れる。爛れたサークルの実態を知って、うんざりしたのかもしれない。
「GWに入る前に、鈴木先輩に何度か呼び出されてて、休みに入ってすぐother組はかくれんぼが始まったから、心配でメッセしたんだ。既読は付いたのに、すぐには返ってこなくて、only組が合流してから返信がきたんだけど……」
真野が積木とのメッセージのやり取りを見せてくれた。
『思っていたより、ずっと楽しかった! 祥太も必ず来いよ。かくれんぼサークルは一度入ったら、退部不可だし、何があっても秘密保持だからな。祐里や凌も待ってるから、来いよ!』
「このメッセ打ったの、絶対に大和じゃない」
真野が言い切った。
理玖と晴翔はスマホから真野の顔に目を移した。
「大和は、こんなテンションで話す奴じゃない。メッセにビックリマークとか使わない。それに大和は、俺のことは祥太って呼ぶけど、祐里と凌は苗字で、深津と白石って呼ぶんだ」
あくまで個人的な心象だろうが、友人が感じる些細な違和感は大事だ。
本人たちにしか知り得ない関係性が潜んでいる。
「退部不可とか秘密保持とか、やけに説明的な文章に読めなくもないね。見ようによっては脅迫的だ」
理玖の指摘に晴翔も納得した表情だ。
誰かが強要して積木に打たせたのか。積木のスマホから勝手に送信したのか。
いずれにしても第三者の介入を匂わせる。
「このメッセを最後に、大和とは連絡取れなくなって。返信ない時点で、祐里と凌にも行かない方がいいって話したけど、大和に会えるかもしれないからって、参加して。俺もnormal組で参加したけど、大和もいないし、祐里にも凌にも、会えなくて」
真野が自分の手を、ぎゅっと握り込んだ。
「それで結局、三人ともかくれんぼの後から連絡が取れなくなった。鈴木先輩に確認しても、全員帰したとしか、言わない。折笠先生にも相談しに行ったけど、ダメだと、思った」
真野が微妙に視線を逸らした。
戸惑いが浮かぶ真野の目には、隠し事の匂いが漂って見えた。
「……WOには、セクシャルな話題は付きものだし、ある意味で日常だから、気にせず話していいよ」
真野が驚いた顔で理玖を見詰めた。
やっぱり、そういう方面かと思った。
「onlyもotherも性交でフェロモンが落ち着くのは事実だ。その場合、相手はnormalでも問題ない。セフレはWOにとって、ある種の薬だ。normalの君には受け入れ難い事実かもしれないけど、WOの研究者にはセクシャルな話題はある程度、許容範囲だよ」
世間一般的にセックスフレンドが社会で認められているかと言えば、答えはNoだ。
日本の社会は特に、性に関して閉塞的で隠匿性が高い。
WOの生態は、日本ではまだまだ生きづらい。
「……ちょっとは、知ってます。祐里が、そうだから。昔からフェロモンが多くて発情しやすくて、俺が時々、相手すると、落ち着いてた……」
真野が赤い顔を隠しながら、小さな声で答えた。
知らないながらも実体験でonlyの幼馴染の抑制剤になってやっていたのだろう。
顔を見るに、それだけではなさそうにも思うが。
「折笠先生には、どうして相談できないって、思ったの?」
晴翔の問いに、真野が息を飲んだ。
「折笠先生の研究室に、行ったら、サークル長の鈴木先輩と……、シてて。鍵が開いてたから入ったら、偶然見ちゃって。助手みたいな、髪がオレンジの男の人に、フェロモンの関係だからって説明されて、静かに摘まみ出されました」
理玖は納得の心持になった。
「サークル長の鈴木君は、四年生だっけ? 確か、onlyだったよね。発情の応急処置かもしれないけど……。それにしても、二十一? 二十二歳か。今回はまた、随分と若い子に手を出したな」
思わず、ぽそりと零した。
若くて地味な男が好みの折笠だ。納得ではあるが。
(佐藤を助手で呼んだのは、見張り的な意味合いか? てっきり愛人だと思っていたけど、otherだから違うのかな)
仕事場に愛人を侍らせるので有名な折笠だが。
otherの佐藤には、違う役割があるのかもしれない。
(佐藤先生は、今年で三十九歳くらいかな。僕をレイプした時は二十五歳だったはずだから)
中学の教員だった頃とは風貌も雰囲気も変わり過ぎていて、同じ人間とは思えないが。挨拶からして、佐藤満流本人なのだろう。
(懲戒免職以降、色々あったんだろうな。人を変えるには充分な事件と年月だ。教員だった頃の佐藤先生は、正義感が強くて優しくて堂々とした、格好良い人だったのに)
笑顔が爽やかで、それだけで素敵だと思った。
中学生だった理玖が憧れるには充分な見目と性格だった。
(僕の人生も変わったけど、佐藤先生の人生も、変わってしまったんだ)
rulerである理玖のフェロモンにotherの佐藤を巻き込んだ。今ならそう、理解できる。
レイプされた時の恐怖心と同じくらい申し訳ない思いが、理玖の心の底にはずっと澱のように淀んでいた。
「その、助手の人にも、かくれんぼサークルで知ったことは外に漏らさないようにって、口止めされて。鈴木先輩と折笠先生が、そういう関係なら、頼りには出来ないって、思って」
全員帰したと言い張った部長が折笠の愛人なら、確かに頼りにはできない。
「どうせ誰に話しても相手にはされないよって、助手の人にも言われました。それこそ、WOの権威の向井先生でもない限り、信じてはもらえないだろうねって。だから俺、向井先生に何とか話、聞いてほしくて。空咲さんなら、繋いでくれるんじゃないかって思って。いつも一緒にバスケしてくれるし、俺の話も聞いてくれるんじゃないかと思ったんだ」
見上げる真野の肩を晴翔が撫でてやっている。
理玖は、ふぅむと首を傾げた。
「折笠先生の話は別として。ここまでの話だと、かくれんぼサークルは秘匿する程、怪しい活動もしていないように思うけど。ただのお見合いサークルなんだろ。GW中のかくれんぼも、ただのかくれんぼだった?」
真野が顔を引き攣らせて、首を横に振った。