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第36話 かくれんぼサークルの実態③

「GWのかくれんぼは……。GWだけじゃ、なくて。長期かくれんぼは全部、実際に色んな相手とヤってセフレや恋人を探すための集会なんです」


 突然の告白に、理玖と晴翔は息を飲んだ。


「向井先生が、セクシャルな話題もアリって言ってくれたから、思い切って話しますけど。マジで内緒にしてください。バレたら俺、何されるか……」


 真野がずっと落ち着かない様子だったのはそういう訳かと、理玖は納得した。

 核心を話していいものか、迷っていたんだろう。

 晴翔が真野の肩を強く掴んだ。


「大丈夫、秘密は守るよ。真野君の身に危険が及ばないように配慮もする。だから全部、教えてくれ」


 言い切った晴翔を真野が羨望の眼差しで見詰めている。

 理玖としても、ここまで聞いたら知り得る実態は把握したい。


「組み分けするのは、otherやonlyの同意をとって発情をコントロールするためらしくて、そのサポートに上級生が入るんです」


 真野が少しづつ、話し始めた。


 最初にotherが集められ、かくれんぼの本当の意味の説明と同意が取られる。そこから阻害薬と抑制剤を抜くために、同じ部屋で過ごす。

 次にonlyが集められ、同じようにかくれんぼという集会の意味と参加の同意が取られる。抑制剤を抜くため、otherとは別の部屋で過ごす。

 最後にnormalが呼ばれるのは、薬を抜く手間がないからだそうだ。意義の説明と同意は同じように取られる。


「インフォームド・コンセントが悪用されている例は初めて聞いたな」


 理玖は呟いた。

 本来、説明と同意は安全性の担保のために行う、患者の権利であり医師の義務だ。


「目隠しで移動して、集会場に着いたら外されました。薄暗くて狭い部屋に布団が、床に敷き詰められるみたいに敷いてあって、そこでもう、興奮したonlyとotherは始まってて。normalは最初は皆、びっくりして見てたけど。そのうち、雰囲気にのまれて。俺も、気が付いたら、近くにいる奴に突っ込んでた」


 真野が俯いて目を逸らす。


「乱交か。何人かと、シた?」


 理玖の問いかけに、真野が震えながら小さく頷いた。


「相手が男とか女とか、わかんないまま、ずっとヤってた。どれくらいしていたかも、わかんないくらい。あんなに興奮してセックスしたの、初めてで。帰ってきてからも、疲れてぼんやりしてて、集会中の記憶が曖昧になるくらい、ワケわかんなくなってた」


 晴翔が戸惑った顔をしている。

 参加した学生たちのかくれんぼ中の記憶が曖昧だったのも、やけに口が堅かったのも、理由が分かった。


「酒とか、飲んでたわけじゃ、ないんだろ?」


 晴翔に問われて、真野が何度も首を振った。


「酒は飲んでない、と思う。渡された水は、何回も飲んだけど。脱水になるとヤバいからって、いっぱい飲まされた。なんであんなに興奮してたのか、自分でもわからなくて」


 真野が頭を抱えて俯いている。

 本質は真面目な学生のようだから、乱交体験は真野にとってかなりショッキングだったのだろう。


「normalの真野君でも興奮する状況なら、作れるよ。薄暗くて狭い部屋以外に、覚えていることは? 例えば、集会場の雰囲気とか、匂いとか。飲んだ水の味とか、思い出せる?」


 真野が頭を抱えたまま考え込んだ。


「匂い……。部屋に入った途端に、柑橘系みたいな線香みたいな、キツイ匂いがした。水は最初に貰って、喉が渇いてたからがぶ飲みして、味はなかった気がするけど、よく覚えてない。あとは、音が、聞こえた」

「音? 何の?」


 真野が晴翔にちらりと視線を向けた。


「時計の秒針みたいな。振り子の音みたいなのが、ずっと鳴ってた、気がする」

「その音は少し速めで、そうだな。一秒に二回くらいか、ちょっと遅いペースじゃなかった? 速さはずっと変わらずに、一定の間隔だったはずだ」


 理玖の言葉を聞いて、真野が思い出すように顔を顰めた。


「そう、だったと思います。やけに急かされるような感じがして。でも、その音も途中から、わかんなくなって。そういえば匂いも、途中から気にならなくなりました」


 ふむ、と理玖は頷いた。


「薄暗い部屋にぼんやりとした灯、靄が掛かったように視界を悪くできれば尚良い。香を強めに多く焚けば作れる。匂いは恐らく興奮作用のある香、オレンジなどの柑橘系や白檀の匂い。意識を麻痺させて思考を低下させる空間の出来上がりだ」


 晴翔と真野が顔を引き攣らせた。


「ぼんやりした灯、あったと思う。蝋燭みたいなLEDが幾つか……。だから、昼か夜かもわからなかった」


 真野の顔がどんどん蒼褪める。


「興奮して交感神経優位になると、口喝が強まる。そのタイミングで飲まされた水もまた、興奮剤だろうね。カフェインやアドレナリン系の薬剤、幻覚剤の類が仕込まれていた可能性が高い。催淫作用を高めるには交感神経を興奮させて、性的想像を膨らませればいい。目の前で既に性交が行われている状況で興奮剤を飲めば、すぐに性欲を煽れる。normalでも充分、興奮できるよ」


 世の中に出回っている催淫剤のほとんどは興奮作用がある薬であり、交感神経を刺激する薬だ。性欲を直に煽る薬というのは、実は存在しない。興奮剤を飲んで性をイメージするから、人は欲情する。


 同意を取って最初から性交を匂わせておけば、人間の気持ちは性交に肯定的に傾く。多感な若者の性欲を煽るには充分だ。


「WOならもっと簡単だ。onlyとother用の興奮剤を使えばいい。内服薬以外にも、自己注射用の皮下注射薬が、欧米では既に処方薬として出回っている。定期的に誰かが注射して回れば、onlyとotherは興奮しっぱなしだ」


 自己注射用の皮下注射薬は針が細くてほとんど痛みを感じない。素人でも刺せるように針も短めだから扱い易い。糖尿病のインスリン注射などで、日本でも一般的に処方されている。

 理玖の話に、晴翔の顔まで蒼褪めた。


「乱交もよくはないけど、薬剤が使われたかもしれない状況は危険だ。オーバードーズで最悪、心停止する懸念は否めない。特にotherの興奮剤は日本では未だ禁忌の薬剤だ。どの程度で副作用が出るかも治験データがない。何より薬事法違反だね」


 冷静に話す理玖に、晴翔が前のめりになった。


「乱交だけなら、酒でも飲ませて好きにヤらせとけばいいでしょ。薬まで使ってセックスさせる状況が、ヤバくないですか?」


 乱交も性犯罪として逮捕される可能性があるので、ヤらせといていいわけでもないが。晴翔の焦りには同意だ。もっとヤバい事実が他にある。


「本当に興奮剤を使ったかは、わからないけど。性交を強要するための集会である事実が、いけない。思考力を低下させる環境を作り、意図的に興奮を煽って性交させる。同意を取っていても強要と呼んでいい状況だ。だからこそ、何か目的があるはずだ。恋人やセフレ探し程度じゃない。もっと深い、何か……」


 晴翔が息を飲んだ。


「そもそも恋人やセフレ探しだったら、意識を低下させたら意味ないですよ。相性のいい相手も、覚えていないんじゃ、やる意味がない」


 つまりは、セフレ探しも恋人探しもサークルの建前で、本当の活動目的はWOを性交させることだとしたら。


(セックス漬けにして思考を鈍らせればWOはtripしやすくなる。脳が麻痺して扱いが容易になる)


 抑制剤を抜いて発情しやすい体と脳を準備しておけば尚更だ。

 意識を操りセックス大好きな奴隷を簡単に作り出せる。


「servant……、やっぱり、Doll絡みかな」


 理玖の呟きに、晴翔と真野が同じように顔を引き攣らせた。


「集会に積木君たちは、いなかったの?」


 呆気に取られていた真野が、ぎこちなく俯いた。


「本当は、よくわかんなくて。俺も狂ったみたいにセックスしてたから。でも、いたらちょっとくらいは覚えてると思うんだけど。特に祐里には、気が付くと思います」


 真野が、たどたどしく語る。

 性交中の記憶も曖昧だと話していた。状況的に覚えていなくても仕方がないだろう。


「既にservantにされて調教されて出荷済み、とか」


 晴翔の呟きに、真野が身を乗り出した。


「出荷って、何? Dollって本当にonly狩りして闇オクかけてんの? あれって、ただの都市伝説じゃねぇの? この大学にDollがいんの?」


 掴みかかる真野を晴翔が必死に窘める。


「Dollが実在するかも、この大学にいるかも、わからないよ。ただ、見過ごしていい状況ではなさそうだとは、考えるよ」


 理玖の言葉に、真野が動きを止めた。

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