目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第2話 可愛い彼女

俺は斉藤孝志、33歳。スポーツトレーナー兼理学療法士だ。

理学療法士は病気やケガなどで身体機能が低下した人を対象に、運動療法や物理療法を指導する仕事でスポーツや交通事故等で怪我をした人や高齢者で関節の動きが悪くなった人を対象に痛みの緩和やケアを行っている。


奈々とは、マッチングアプリでも合コンでもなく男女混合のバレーサークルで知り合った。

メンバーは高校・大学までバレーをやってきたガチ勢で毎年大会にも参加している。出逢い目的ではなく、本当にバレーが好きなバレー馬鹿集団だ。「配球魂」と書かれたTシャツを持っている率も高い。


1年目の夏に怪我で大学の部活でのプレーは諦めたが、身体を動かしたい、ボールに触りたいという気持ちが湧いてきてこのサークルに参加したらしい。趣味で楽しむ程度なら、プレーも出来る状態だったが、一度故障すると再発もしやすい。俺は、膝を傷めにくい動きや痛みが出たときの対処法などを教え、また痛みが出ないように伝えた。俺自身も怪我で苦い思いがあるので奈々にも同じ経験はさせたくない。



仕事柄、スポーツで怪我した人のリハビリ指導をしているため学生から社会人の若い世代と知り合うことが多い。仲間として接していたが、奈々は違ったようだ。下心を感じさせたりセクハラと思われないように、「ごめんね、ちょっと足首触るね。」とケアを教えるために触れる時は一言断りをいれていた。



しかし、後から知ったが恋愛経験がなく男性に触れられる免疫もなかった奈々は、事前に言うことが逆にいやらしく彼女に触れる時もこんな風に触れるのだろうか、と想像してドキドキしていたらしい。その想像は募っていき、彼女の前ではどんな顔をするのだろうか、どんなキスをして触れ合う時はどんな言葉を交わすのか……そんな『男』としての部分を想像する。そして、その妄想の彼女役は奈々自身になっていたそうだ。



「私、孝志さんが好きです。孝志さんの彼女になりたいです。」

練習後に少し震えた声で奈々の方から告白してきた。



職業柄、中高生くらいの子から大人のお兄さんとして憧れの目で見られることはあるがトレーナーと患者という距離は保っている。患者とは付き合わないと決めているので、出会いの場が職場絡みだったらハッキリ断ったと思う。しかし、趣味の仲間で仕事の知識が役に立ち尊敬の念で見て好意を持ってくれる一回り年下の女の子なんてもう出逢えないかもしれない。



「え?俺33歳のおっさんだよ?いいの?」

そんな思惑が瞬時によぎりYesでもNoでもなく確認した。奈々からしたら、告白の返事は、ごめんなさいかお願いしますの二択だと思っていたので「いいの?」と言う言葉はOKなのかよく分からなかったそうだ。


「……は、はい。」

「ありがとう。それならよろしくお願いします。」


ズボンで手の汗を拭いてから手を差し出すと、両手で握り返し胸の前に持っていきギュッと握り返してきた。意図していないのだろうが、練習後の汗臭い特段綺麗ではない俺の手を宝物にでも触れるように大切に握り微笑む奈々が可愛かった。


(うわあ、こんな握手だけでドキドキして微笑むなんて可愛すぎるだろ)


手に力を入れて俺の胸の前に導き寄せた。奈々はドキドキしながらゆっくりと顔を上げる。緊張で顔が少しひきつっているが、視線は俺の口元に言っているのが分かり、ゆっくりと顔を近づけていった。


ゴックン……


突如となく奈々の喉元から聞こえる唾を飲みこむ音。笑いそうになったが、ここで笑ったらトラウマになってしまうかもしれないと思いそのままキスをした。練習終わりに飲んだ炭酸水のせいか少し冷たくちょっぴり刺激的なレモンの味がした。



驚いた顔、緊張した顔、喜んだ顔、俺だけに見せる甘えた顔、コロコロと表情を変える奈々と一緒にいるのは楽しい。飼い主の帰りを待つ子犬のように週末二人きりになるとすり寄ってくる奈々が愛おしくてたまらなかった。可愛い彼女のために頑張るぞ、と思っていたら先ほどの「青春をやり直したい」発言だった。高校時代に部活一筋でやってきたが、怪我でその道が閉ざされて、青春をバレーだけに費やしたことを後悔しているのだろうか?彼女のファンキーな部分に俺は思わず面食らった。





この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?