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第3話 青春っぽいこと

「青春、やり直したい!」


そんなぶっ飛んだ発言をする奈々だったが、県内ではスタープレーヤーだった。中学生で才能が開花し県大会ベスト8に残ると推薦の声がかかりバレーで名門高に進学をした。


女子バレーボールの名門高校は、皆揃って髪が短い。プレー中にジャンプした時に髪がかかると邪魔なため目に入らない長さにする。眉毛より上というレベルではなく、後ろ髪は首の付け根、前髪は生え際数センチで切揃えられるのだ。男子高校生よりも短髪で、高校の制服でスカートを履いているのに女子トイレに入ると一瞬ギョッとした目で見られるそうだ。切れ長で奥二重の奈々はキリッとしていてかっこいい感じもするが本人は嬉しくないそうだ。私服で歩いていると2歳上の兄と”兄弟”と間違われることも頻繁にあったらしい。

見た目から”女の子”として見られて、人並みに甘い恋愛をしたい。異性に間違われることが多かったからこその切実な願いだった。


しかし、俺はその時の奈々を知らない。初めて会った時は肩につく位の長さで明るい茶色の髪に練習時でもマスカラやチークなどのメイクもしていた。俺からしたら出逢った時から年下の可愛い女の子だった。



サークルの練習に行くために迎えに行くと連絡すると「え?タカ君そのまま体育館行った方が早いのに迎えに来てくれるの?」と驚いて聞き返してくる。手を繋げば「男の人の手って厚みがあるんだね」、キスをしようとしたら唾を飲む音が聞こえたり、調子が狂う時もあるが予想外の反応をして面白い。



俺自身も対してモテてきたわけではないが付き合った彼女は何人かいる。彼女が出来れば送り迎えをしたり、重い物を持っていたら変わるくらいのエスコートはする。


「ありがとう」そう笑顔で返されることが多い中で、いちいち驚き喜ぶ奈々の反応は新鮮で初々しさがあり忘れかけていた淡い甘い記憶が蘇る。手を繋ぐこともキスをすることもそれ以上のこともしてきたが、奈々から伝わる恋愛慣れしていない緊張と高揚が可愛く愛おしかった。




「な、奈々?さっきから青春をやり直したいとか青春っぽいことをしたいって言ってるけど具体的に奈々はどんなことを思い浮かべているの?」

俺は、恐る恐る奈々に聞いてみた。


「具体的に……か、なんかこう胸がキュンってなるようなことがしたいの!!放課後、二人でちょっと寄り道してみるとか自転車で一緒に並んで帰ったりとか!あとはファミレスでくだらない話をしながらドリンクバーで色々混ぜてみたり、カラオケでちょっと古い歌を二人で歌って笑ったり。なんかさ、ドラマとか漫画に出てくるような高校生がするような、そんなベタなことがしたいの!」


「……。」

奈々の言葉を聞き、俺は一つ一つ噛み締めながら想像してみた。放課後の夕焼けの中、二人で自転車を漕ぐ姿。ファミレスの窓際の席で他愛ないことで笑い合う二人。ちょっと音痴な奈々とそれを優しく見守る俺……。



「やっぱり、いや……?」

奈々は俺の沈黙を少し心配そうに見つめてきた。


「いや、そうじゃなくて。奈々がやりたいことは分かったよ。でもさ、33歳の俺と高校生がしそうなことをやって青春を感じるのかなって……」

俺は率直な疑問を奈々にぶつけてみた。


「そんなのやってみなくちゃ分からないじゃん!すっごくドキドキして甘酸っぱくて楽しいかもしれないでしょ。」


「……。」



『やってみなければ分からない。』今まで生きてきて何度もこの台詞を聞いてきたし、鼓舞する時に使ってきたが、今回はやらなくても容易に想像がつく。21歳と33歳が高校生っぽいデートをしたところで初々しい甘酸っぱさを感じられる気がしなかった。


「それにデートする相手はタカ君しかいないもん!!私が他の人と高校生のデートごっこしてきてもいいの?」


「それはいやだ……」


「それとも、タカ君は学生時代にそういう楽しいこといっぱいしてきたから興味がない?」


「俺だって高校時代は部活ばっかりで、さっき奈々が言ったような高校生っぽいデートはしたことはないけど……。」


「それなら私と青春ごっこしよ。普段の大人のデートも楽しみつつキュンなデートもしようよ!!!」



奈々の言う大人のデートはどんなものを想像しているか分からなかったが、自分が高校生の時にカップルで恋愛を楽しんでいた奴らを羨ましく横目で見ていたことを思い出した。彼女が出来たら自転車の後ろに乗せて海とかに寄り道したり、手を繋いで街をデートするんだと想像を膨らませていた。奈々のやりたいこととは違ったが、高校時代の彼氏彼女がいたらこんなことしたいと妄想する気持ちは分かる。


「うーん、やってみるか。でも、恥ずかしいからこの事は周りの人には絶対に、絶対に言っちゃダメだよ」


「ほんと?やったー!ありがとうー!タカ君大好き!!!」

「わっ、あぶな……」


奈々はパッと顔を明るくして嬉しそうに笑い、勢いよく抱きついてきた。

その反動で押し倒されカップルシートのソファに肘をついて密着している。隣にも人がいるかもしれないので口元に指をあてシーというポーズをした。


(え……?ここで?個室だけど、足元は見えるぞ)


急に甘えてくる奈々に身体が反応した。一方の奈々は単なる喜びの表現だったようで、すぐさま起き上がり青春ごっこ(高校生デート)の計画を立てる。


「じゃあさ、まずはどこから行く?やっぱり放課後デートかな?あ、でもその前に帰り道にアイス買って一緒に食べるのもいいよね!」


ルンルンという効果音が聞こえてきそうなくらい弾んだ声で奈々が色々話しかけてくる。正直、少し拍子抜けしたがそのまま冷静になるように努めた。


「タカ君も高校時代デートしたことないなら、これからすることは私たち二人とも初めての経験になるね。私だけじゃなくてタカ君も初めてってなんだか嬉しい!!」


急に甘えたり、離れたと思ったら、『初めての経験』とかドキッとする言葉を掛けたり、なんだか奈々に振り回されている気がして俺は苦笑した。

こうして、可愛い彼女の無茶苦茶な願望を叶えるため青春ごっこが始まったのだった。



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