「ね、タカ君!夏だよ!お祭り!花火大会の季節だよおおおお!」
前世は太陽だったのではないかと思うくらいに元気よく奈々が俺に言ってくる。
「そ、そうだな」
俺は生返事をしながらスマホで天気予報を確認した。梅雨明けはまだ少し先らしい。
「花火大会といえば、浴衣だよ!タカ君、甚平持ってる?」
「甚平は持ってない。」
「えーー、なら買いに行こう!私、浴衣デートしたい!」
(で、出た!!青春ごっこ。なんとなく予想していたがやはり言ってきたか。)
俺には一回り年下の21歳の彼女・奈々がいる。奈々は高校時代、部活一筋だったため恋愛をしてこなかった。大学生になり、高校の時に憧れていたけれど出来なかった学生っぽいデートをしたいと言いだし、付き合わされている。周りには秘密にすることを絶対条件に奈々の夢を叶えている。そして俺たちは「青春ごっこ」と名づけ、甘酸っぱい恋愛をやり直し中だ。
……と説明すると非常に気恥ずかしい。念のため言っておくが、二人きりの時に変なあだ名で呼んだり、終始ベッタリしているようなバカップルではない、断じてない。
「甚平かーあんまり着る機会ないしな。」
俺は正直な気持ちを伝えた。暑いし、普段ああいう格好はしないから気が進まないというのもある。
「それは今まででしょ?これからは毎年着ることになるよ!毎年着て花火を見に行こうよ」
奈々は目をキラキラさせながら、腕を掴んでくる。その笑顔を見ると断るのも気が引ける。
「お、おう……。」
「今は甚平も3000円くらいで買えるし、私バイト代出たからプレゼントするよ!」
俺が乗り気じゃない時のために、事前にリサーチしたのかスマホ画面から2980円の甚平の画像を見せてくる。
「いや、いいです。自分で買います」
奈々の申し出はありがたいけれど、3000円の甚平を買うくらいのお金はある。12歳も年下の彼女に、誕生日やクリスマスとか特別な日以外にプレゼントをもらうのは気が引ける。
「えーーー、遠慮しなくていいのに。」
奈々は少し不満そうに頬を膨らませた。
「気持ちだけ受け取っておくよ、ありがとう。」
そう言うと、奈々は少し納得したように頷いた。
「そっか。じゃあ、買いに一緒に行こう!私も見たい!!」
「え……」
「善は急げだよ!早速行こう!!!!」
奈々はそう言って俺の腕を引っ張った。俺は、有無を言わさぬ勢いで連れ出され、近所のショッピングモールへと向かうことになった。
(奈々が楽しそうなら、まあ、いっか……)
心の中でそう呟きながら、俺は楽しそうに早足で少し先にいる奈々の後ろ姿を見つめた。
(浴衣デートか。想像してみると悪くないかもしれない。彼女と花火大会は行ったことあるけど2人とも浴衣を着たことはなかったな。普段とは違う雰囲気で二人で花火を見るのもいいかもしれない。奈々は背も高いしやせ型だから浴衣似合うだろうな……。)
浴衣姿の奈々を想像し少しだけ乗り気になってきた。
ショッピングモールに着くと、奈々は目を輝かせながら色とりどりの浴衣や甚平を手に取りながら、楽しそうに品定めをしている。
「タカ君、これとかどう?紺色で、結構落ち着いた感じで、似合うと思うんだけど」
奈々が手に取った甚平は確かにシンプルで悪くない。でもなんだか少し地味な気もする。
「うーん、どうかな…」
俺がそう言うと、奈々は別の甚平を手に取った。
「じゃあ、これは?少し柄が入ってるけど、おしゃれじゃない?」
それは、少し派手な気がした。俺のイメージとは、かけ離れている。
「うーん…」
俺がまたしても乗り気でない返事をすると、奈々は少し困ったような顔をした。
「タカ君って、意外とこだわりがあるんだね」
「いや、別にこだわりがあるってわけじゃ…ただ、あんまり派手なのはちょっと…」
「分かった。じゃあ、もっと色々見てみよう!」
奈々はそう言って、店内を歩き回り次々と甚平を見つけては俺に勧めてくる。その熱意に押され、俺も少しずつ浴衣デートというものに乗り気になってきた。
結局、奈々がいくつか候補を絞ってくれた中から藍色のシンプルな柄の甚平を選ぶことにした。奈々も満足そうに頷いてくれた。
甚平を買った後は、奈々が自分の浴衣を選び始めた。色とりどりの浴衣を前に彼女は本当に楽しそうだ。
「私、このピンクの浴衣にする!可愛いと思わない?」
奈々が選んだのは、淡いピンク地に桜の花柄が散りばめられた可愛らしい浴衣だった。
「ああ、似合うと思うよ」
俺がそう言うと、奈々は嬉しそうに微笑んだ。
「やったー!これで、花火大会がますます楽しみになった!」
「ねぇ、タカ君。せっかく新しい甚平買ったんだし、花火大会の日が来る前に一度着てみない?」
奈々の 思いがけない提案に、俺は少し戸惑った。
「え、ここで?」
「違うよ!ここだと目立つから、スーパーでお惣菜買っておうちで浴衣パーティーしよう!おうちだったら帯がおかしくなってもすぐ直せるでしょ。当日までに一回練習しておきたいの。」
なるほど、そういうことか。確かにぶっつけ本番で着ていくよりも、一度着慣れておいた方がいいかもしれない。
「まあ、別にいいけど……」
「やった!じゃあ、買いに行こう!私枝豆とお好み焼き食べたい!!」
奈々はそう言ってまた俺の腕を引っ張った。その笑顔は本当に嬉しそうだ。
こうして、俺の初めての甚平は、奈々との浴衣デートという少し気恥ずかしいけれど、なんだか楽しみなイベントに向けて着々と準備を進めることになったのだった。