夏の夜空を焦がす、大輪の花火。
なんとなく落ち着かない様子で辺りを見渡す俺。隣には今日のために新調した淡いピンクの浴衣を着て歩幅も小さく歩く奈々がいる。
会場近くの河川敷は、すでに多くの人で賑わっていた。屋台からは美味しそうな匂いが漂い、浴衣姿のカップルや家族連れが夏の夜を楽しんでいる。
「はぐれないように、手繋いでいようか」
何気なく言ったのだが、奈々に手を差し出すとキラキラした瞳でお手をする犬のように喜んで手を重ねて喜ぶ奈々を見て照れてしまった。
「わ、タカ君、すごい!私がして欲しかったことが分かるの?エスパー?」
「そうなんだよ!!見るように分かるの。すごい?かっこいいでしょ?」
「うん、すごい!!タカ君、かっこいい!モテる男だね!」
「はぐれないように、手繋いでいようか」
照れ隠しで冗談風にかっこいい?と尋ねたが、屈託のない笑顔でかっこいいと返してきた。純粋で素直な言葉の破壊力に先程よりも照れて動揺した。
残念ながら奈々の言うようなモテる男でも特別出来る男でもないが、嘘のつけない子どものような奈々が考えることはすぐに分かる。そして、俺自身も奈々と手を繋ぎたかった。
(手を繋ごうか、なんてわざわざ言ったことなんてあったかな。学生時代は手を繋ぐことすら恥ずかしくて出来なかったし、大人になってからは何も言わず握っていたような……。この年にして初めて言った気がする。)
学生時代の手に汗握る緊張感はなく、ただ単に夏の暑さで湿った手をギュッと握る。奈々も気が付いてギュッギュッと握り返してきた。屋台を回りながら、お互いに不意打ちでたまに力をいれて握り相手の反応を楽しんだ。
「屋台と言ったら、タカ君何を思い浮かべる?じゃあさ、自分が好きな物1つと青春っぽい物2つ答えよう」
奈々の提案で突然、変なゲームが始まった。
「なんだよ、それ。でもやってみようか。」
付き合い始めは驚いたが今はとりあえずやってみようかと受けいれるようになっていた。俺、適応能力高いんじゃないのか?
「いい?まずは青春っぽいもの2つね!せーの!」
「チョコバナナ、かき氷」
「りんご飴、かき氷」
「わー!かき氷一緒になったね!チョコバナナとりんご飴ってどちらも果物だね」
「なんか奈々、可愛い感じのもの言いそうだなと思って。りんご飴か。」
「一緒に食べるの青春っぽくない?」
「そうかな?じゃあ好きな屋台の食べ物は?せーの!」
「焼きそば!」
「たこ焼き!」
「焼きそばとたこ焼き買って一緒に食べるのは青春っぽくないの?」
「うーーん、なんか初々しさがない!焼きそばもたこ焼きも家族連れでも食べてシェアしているでしょ?りんご飴買って一緒に食べるカップルっていないから青春って感じ。」
「確かに。でも奈々、甘い物そんなに好きじゃないなら無理することないでしょ。焼きそばとたこ焼きにしよう。浴衣も2人で着ているし雰囲気はあるでしょ。」
「うん、まあそうだね」
可愛いキラキラした青春に憧れるが、花より団子で満腹感を重視したようですぐに納得していた。
しばらく人混みを歩き回り、少し疲れたので河川敷の隅にあるベンチに腰を下ろして花火が始まるのを待つ。 夕方の空気は少しひんやりとしていて時折吹く風が心地よい。
「始まるのが楽しみだね」
隣に座った奈々が空を見上げながら小さな声で言った。その横顔は、夕方の光に照らされていつもより少し大人っぽく見える。
「ああ、俺も。浴衣デートも悪くないな。」
そう言うと奈々は微笑み、俺の肩にそっと頭を預けてきた。猛暑日が続き夕方でもまだ気温が高いこの季節にくっついている俺たちは周りから見たら暑苦しいのかもしれない。学生たちのような爽やかさもないと思うがお互いにその温もりに幸せを噛みしめていた。
会場のアナウンスが流れ、花火開始の時間が近づいていることを告げた。周りの人々も空を見上げるように場所を移動し始める。俺たちも少し開けた場所へと移動し夜空を見上げた。
辺りがまだオレンジ色で明るい中、最初の花火が静寂を破って打ち上がった。
ドーンという重い音と共に夜空に大きな光の花が咲き誇る。
「わあ……!」
奈々は、小さな 息をのんで空を見上げている。その瞳には色とりどりの光が反射してまるで宝石のように輝いている。
次々と打ち上がる花火は、形を変え、色を変え、夜空を 雄大な キャンバスに変えていく。 赤 、青、黄、緑…… それぞれ の色が、人々の心を魅了する。
特に、大きな 金色の柳のようにキラキラと煌びやかに光る花火が広々と開いた時には周りから感嘆の声が上がった。
奈々は一つ一つの花火に見入っていて、時折「綺麗……」「すごい……」と小さな声で感想を漏らす。その 純粋な反応 が、隣にいる俺の心にも、直接響いてくる。
花火がクライマックスを迎え、連続で大きな花火が打ち上がると会場全体が光に包まれた。 地震のような振動が空気に伝わってくる。
奈々は、俺の手をより一層強く握りしめ空を見上げている。
「私ね、学生時代はずっと部活でこういうお祭りの日も関係なく練習だったから花火大会に来たのも久々なの。練習終わりに体操着姿でバッグを斜めがけして自転車で走りながら見てた。行き交う人は浴衣を着たりオシャレしているのに、私は汗臭くてスッピンで、すっごく羨ましかったんだ。だから、今日こうしてタカ君と来れて嬉しい。ありがとう。」
奈々の顔を見ると感動と興奮と花火から放たれる光で眩しく光っている。
今日見た花火よりも奈々のこの表情の方が綺麗だと思ったが、恥ずかしくて心の中にそっとしまった。
俺は奈々の頭に顔を近づけ匂いを嗅いでみる。奈々からはシャンプーの爽やかで少し甘い香りがする。
「確かに、今日はいい香りする」
「もー、なんか恥ずかしいからあんま嗅いじゃダメ」
そう言って苦笑している。
久しぶりの花火大会は、あっという間に終わりを告げ空にはほんの少し煙の匂いが残っている。
「本当に綺麗だったね」
奈々は、下駄を鳴らして名残惜しそうに空を見上げながら言った。
その声は、まだ興奮で少しかすれている。
「ああ、綺麗だったな。奈々と一緒に来れて良かったよ。」
夕方の空気を深く吸い込みながら心に残る感動を噛み締めていた。
「来年もまた二人で見に来たいね」
ふと奈々がそう言った。
「ああ、もちろん。これから先、毎年着るんだろ、これ?」
俺が甚平の裾を掴んで言うと、奈々は微笑んで頷いた。花火が終わり、各々が帰路につきいつもの静寂に包まれた夜道をふたりで手を繋ぎながら家路を急いだ。