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第12話

「奈々ってさ部活一筋だったから恋愛出来なかったって言ってたけど好きになった人とか、告白されたりとかなかったの?」

「え、何突然?」

「いや、奈々って誰とでも仲良くなるしムードメーカーで中心的な存在だから、ノリが合っていい雰囲気になる相手がいても良さそうだなと思って。」


車を運転しながら、何気なく奈々に聞いてみた。奈々は驚いて俺の顔を見ようとしたが窓から差し込む午後の陽射しが眩しかったようで顔に手をあてていた。


タカ君から、学生時代の恋愛について聞かれた。思い返しても中学も高校も部活中心の毎日。バレーボールに明け暮れて朝練から夜遅くまでの練習、週末の遠征。恋愛なんて頭の片隅にもなかったと言えば嘘になるかもしれないけれど、優先順位としては遥かに下の方だった。


ちょっといいなと思う人はいても、部活三昧のこの生活では会うこと自体難しい。メールのやり取りを1日に何回も出来ないし家に着いたら宿題だけ終わらせて寝る生活だった。声が聴きたいなんて言われて長電話とかになるのも面倒だ。結局、どうせ好きになったところで付き合うのは無理、とその壁を越えてでも付き合いたい・好きと思う人は現れなかった。


タカ君が言うように、話すことが好きだから誰とでも分け隔てなく話すしチームのムードメーカーみたいな役割もしていた自覚はある。みんなでワイワイ騒ぐのが好きで、困っている人がいたら放っておけない。だから男友達も多かった。


でも、恋愛感情となるとピンと来ない。一緒にいて楽しかったけど「好き」っていう特別な感情を抱いたことは一度もなかった。それに見た目もボーイッシュでサバサバした性格のせいか、周りの男の子たちも私を「男友達」として見ていた気がする。

ほんの少しでも「あれ?」って思う瞬間がなかったわけじゃない。でも、すぐに「いや、気のせいかな」って打ち消していた。私自身が恋愛モードじゃなかったから相手の好意にも気づけなかったんだと思う。


高校を卒業して、大学に入ってから少し生活が変わった。バレーボールを止めてからはアルバイトをしたり友達と遊びに行ったりする時間が増えた。それまでジャージばかり着ていた私も、少しずつおしゃれをするようになった。髪もずっと短かったのを伸ばして肩につくくらいのボブなると声を掛けられる機会は増えた。


友達と一緒に歩いている時とか学食でご飯を食べているとき、今まではなかった人数合わせの合コンにも呼ばれるようになった。でも、声を掛けてくる人たちは私「個人」に興味があるというよりは、「女子」という生き物に興味がある、みたいな感じで誰でも良かったんじゃないかと思うこともあった。


私が『恋愛したい、青春やり直したい』と言うように、彼らも『彼女』というものが欲しい。と必死だったんだと思う。お互いが相手を見ていなかったから、話していても全然楽しくなくて、素っ気なくしてしまうことが多かった。


特定の誰かが気になる、とか、頭の中でその人のことを何度も想像する、なんていう経験は本当にタカ君が初めてだった。バレーサークルで知り合い、膝を傷めた私にスパイクの時に負担の少ない着地の足の向きなど親切に教えてくれた。


「ごめんね、ちょっと触るよ。」

そう言って靴を脱がし足首やふくらはぎの状態をチェックしてくれるタカ君。職業柄、意識していなかったと思うけれど私はドキドキしていた。何気ない口調で「はい」と一言返すのが精一杯だった。


一緒にいるとすごく落ち着くし、今までの環境も理解し寄り添ってくる、仕事でもないのに身体のことを心配して熱心に教えてくれる優しくて尊敬できる人、それがタカ君を好きになった理由だ。


「告白されたことなんてないよ。私もされてみたかった(笑)すっごく好きになったのもタカ君が初めてだし、付き合るなんて夢みたい。」


そう思ったままのことを口に出した。ちょっと恥ずかしいけど隠す必要もないし知ってほしかった。タカ君は少し照れたように鼻で笑い、少し頭を掻いている。タカ君が笑って頭を掻く時は、ちょっと照れている時だって私はもう知っている。


『なんか照れるな……』付き合いたての頃、そう言いながら頭を掻いていた。その後も同じ仕草が続き、もしかして?と思い観察していると目があってもすぐに反らされる。怒っているのではなく、「あんまり見ないで」という顔で視線を外すので、その癖に気づいた時なんだかすごくドキッとしたのを覚えている。わざと照れるような言葉を言っているわけじゃないが、私はこの照れた顔がすごく好きだ。


「奈々ってたまに意地悪で小悪魔だよな」

少し呆れたような、でもどこか嬉しそうな声でそう言った。


「え、なんで?」

本当に意味が分からなくて聞き返した。


「なんかわざとこっちが照れるような言葉を言って反応楽しんでいるように見える」

「そう?別にそんなつもりないよ」

少しだけ意地悪な顔をして笑ってみた。


「ふーん」

なんだかんだ言いながらもタカ君は楽しそうだ。運転席から見える横顔はさっきよりも頬が緩んで見える。


「ねえ、タカ君」

信号待ちで車が止まった時、そっとタカ君の太ももに両手で触れた。


「ん?」

「私、やっぱりタカ君の彼女になれて良かった。大好き」

また照れた表情をして頭を掻いている。照れ隠しなのか視線は正面を向いたままだ。


「……。今のはワザとでしょ?」

「んー?そんなことないよ」


好きな人に好きと気兼ねなく言える幸せを噛みしめていた。こんな幸せがずっと続けばいいな、そしてこれからも、タカ君の照れた笑顔をたくさん見たいな。


信号が青に変わり、車はゆっくりと走り出した。



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