「奈々さ、中学生にバレーの指導するのって興味ある?」
お買い物デート中、彼氏のタカ君からふいに聞かれた。
「バレーの指導?教える側はやったことないけどなんで?」
「あ、この前たまたま職場にバレーやっていた先輩が来たんだけどさ、今中学の先生でバレー部の顧問しているんだって。部員が結構多いみたいで手が届かないから経験者で教えられる人いたら紹介してほしいって言われたんだよ。俺もたまに土日に顔出したことはあるんだけど、基本部活って平日だから厳しいなって。奈々なら日によっては行けるかもしれないし、教員に興味あるなら職場見学にも少しは役立つかなって。」
「え!?興味ある!!」
「良かった。一中なんだけど知ってる?」
「知ってる!その中学って昔からから強豪校で県の常連校だよね。」
「そうそう。公立だけどあの学区ってレベル高いから高校行っても活躍する子多いんだよね。良かった。先輩にも詳細聞いてみるよ」
「嬉しい、タカ君ありがとう」
「あ、先輩は社会科の先生だから授業のことは詳しく聞けないかもだけど雰囲気とかなら分かるかも。」
こうして私は週に数回、バレーの名門一中の指導に行くことになった。
☆☆☆
「いやー助かったよ。教員不足で副顧問はバレー未経験者でさ。この辺は小学生の頃たから習っている子が多くて基礎じゃなくて技術的な指導出来る子を探していたんだよ。平日に来てくれるのもすごく嬉しいし助かる。ありがとう。えっと……高木さんって呼んでいいかな?」
「はい、よろしくお願いします。」
タカ君の先輩の工藤先生が校門前で出迎えてくれた。
体育館に入ると顧問が来たのをキャプテンが見つけすぐに声をかける
「集合!!」
「はいっ!!」
「こんにちは、よろしくお願いします。」
「こんにちは、よろしくお願いします。」
強豪校ともなるとプレーだけでなく礼儀やマナーにも厳しい。大会があると控えスペースでの過ごし方や綺麗さ、体育館に入る時の挨拶で大体のレベルが分かる。
一中の生徒は顧問が来るとすぐに整列をし深々とおじぎをして挨拶をしていた。このチームは出来る。ほんの小さなことだが、奈々はすぐに部のレベルを感じ取った。そして、学生時代の自分と重ねて懐かしくなっていた。
「はい、今日からバレーの指導をしてくれる高木さんだ。高木さんは北高にバレー推薦で入ったスター選手だぞ。」
北高バレー部と聞いて一瞬周りがざわついた。今でも強豪の地位を保っており、推薦で声がかかるのを期待する生徒もいるため緊張感が走った。
「今は大学生で時間がある時は教えてくれるそうだ。挨拶するように。」
「はいっ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。」
「た、高木です。よろしくお願いします。少しでもチームの力になれるように頑張りますのでよろしくお願いします。何か分からないことがあったら聞いて下さい。」
今までコーチ側になったことはないので、「頑張りますのでよろしくお願いします」と生徒側のような挨拶をしたことに後になって気が付いた。
(でも、最初から頑張ろうな。よろしく!って言うのも馴れ馴れしい?)
キャプテンの神田さんを中心に統制されており、みな動作が機敏だ。エースの黒川さんは中学2年にして身長が170㎝を超えており、今後も伸びていけば高校でスタープレーヤーになると思った。
基礎力は申し分ない猛者ぞろいのため、パス練習は短めでスリーメンやスパイク練習、試合形式の練習など実践が主だった。
スリーメンはコートの片面を使って、3人がコートに入り行う守備練習だ。ボールが来たらネット側にいるセッターに返す。試合だとこのセッターがトスを上げてスパイクを打つのが一連の流れだが、この練習の時はセッター役の人がスパイクやフェイントなどを自分のコート内に返す。セッターから来たボールを落とさないように守備陣は繋げていく。
簡単に取れるボールだとただのパス練習になってしまい、コースの打ち分けが出来ないと同じ人だけ常にスパイクを受ける役になってしまい他の2人の練習にならない。3人の守備練習だが実はセッターの方が技術力を問われるのだ。
今までは工藤先生とキャプテンの神田さん、エースの黒川さんがセッター役をやっていたがチームの主力2人の守備練習も他の生徒と同じように行いたかったそうだ。プロのような思いっきりジャンプして宙を舞うスパイクは膝に負担がかかるため何度もやることは難しいが、守備練習のスパイク程度なら問題ない。その後もスパイクの手首の動かし方やブロック時のポジション取りなど技術的なことを教えていった。
「さすが現役大学生。高木さん上手ですね。生徒たちの刺激になります。」
練習が終わった後、工藤先生から話しかけられた。
「いや、大学は1年の夏に退部したので現役からは遠ざかっています。」
「そんなことないですよ。キレもあるし。あー孝志が羨ましいな」
「え?」
「いや、孝志から連絡来て高木さんのこと聞いた時に大学生っていうからなんで知り合いなんだ?って聞いたら、彼女ですって言ってて。」
「なんでお前が女子大生と付き合えるんだよ、って言ったら色々教えてくれて。あいつ、誤魔化したりとか出来ないからその後も真面目に答えてましたよ」
工藤先生は、『その後も』と言った後から少しニヤニヤしながら話している。
「え、何話したんですか?」
「直接、孝志に聞いてみて下さい。あと時間あったら休みの日に孝志と一緒に来てよ。孝志にも言っておいて。」
(一体どんなことを話したのだろう……。)
普段のサークルの和気あいあいとした空気とは違う、適度に緊張感と闘志漂う練習をして懐かしさと程よい疲れを感じ体育館を後にした。
☆☆☆
「今日、すっごく楽しかった。工藤先生にも学校の話聞けたし行けてよかったよ。」
仕事終わりのタカ君に電話をした。
「そっか、良かったね。奈々の声で楽しかったのが伝わってくる。」
「うん、部活の空気感が懐かしくてこっちまで燃えてきちゃった。今度、タカ君と一緒に来てねって工藤先生言ってたよ。」
「じゃあ時間見つけて一緒に行こうか。行くの久々だな」
「うん、行きたい!!!そう言えば工藤先生に私のこと話した時になんて言ってたの?少しニヤニヤしていたんだけど。」
何気なく聞いたが、タカ君は驚いて少し咳込んでいた。
「え、何聞いたの?」
「大学生で私のことを彼女って言ってくれたこと。それ以降はタカ君に直接聞いてって言われた。」
「……先輩のやつーーー。」
「え?どうしたの?何の話し?」
「何でもない、教えない。」
「えーーー気になる、教えて」
その後もタカ君に言い寄るが、頑なに嫌と言い張っていた。でも照れ隠しのようなちょっと困ったような声からすると悪い話ではなさそうだ。
「聞きたいなぁ、聞きたいなぁ」そう言ってタカ君の反応を楽しんだ。