「な、奈々さん……寒い。」
タカ君の震える声が、イルミネーションの幻想的な光の中に消えていく。
「そうだね、寒いね。」
ダウンコートにマフラー、ニット帽、手袋、そして今日は特に念を入れて耳あてとボアのブーツという完全防寒スタイル。それでも、吹き付ける風は容赦なく肌を刺すように冷たい。
「クリスマスは、ロマンチックな場所で過ごしたいな」
数日前、そんな私の言葉に『また始まった』という顔をしながらも付き合ってくれるのは、12歳年上の彼氏で優しい男日本代表のタカ君だ。
「奈々のいうロマンチックな場所ってどこ?」
「えーこの時期のロマンチックな場所と言ったら一択でしょ!!!」
自信満々にそう言って、私たちは県内でも有数の大規模イルミネーションスポットに到着した。広大な敷地に、息をのむほど美しい3万個のライトが輝き、時間ごとに変わるプロジェクションマッピングや、光と音楽に合わせて踊る噴水ショーは圧巻だ。
クリスマス当日ともなると、周辺のホテルは予約で埋まり、駐車場待ちの渋滞もひどいと聞いていたので、今日は電車を選んだのだが……身軽にするためにと、あれこれと荷物を減らしたのが裏目に出た。想像以上の寒さに、すでに体の芯まで冷え切っている。
「渋滞しても、やっぱろ車が良かったんじゃないの?」
寒さが大の苦手で本当は家で温かいココアでも飲みながら、のんびり過ごしたかっただろうタカ君が肩を震わせながら呟いた。
「た、確かに。でも歩いたら温かくなるよ、きっと……。」
ほとんど根拠のない、微かな希望を込めてタカ君に返すと、私たちはまるで冬眠前の動物のように、お互いに背中を丸め、少しでも風を避けようと身体を小さくしながら、光の絨毯の中へと足を踏み入れた。
澄んだ空で目の前に広がる幻想的な光景は寒さを忘れさせるほどの美しさだった。きらめくイルミネーションを背景に私は何枚も自撮りをした。最初は恥ずかしがって顔を隠したり、ぎこちない笑顔しか見せなかったタカ君も、そのうち変顔をしてくれるようになった。
帰りの電車でタカ君はそっと小さな箱を差し出してくれた。
「はい、クリスマスプレゼント」
「えー!今日は荷物になるから別の日にしようって言ってないっけ?」
「うん、でも奈々は本当はクリスマスに欲しいんじゃないかと思って持ってきた。それにそんなに嵩張るものじゃなかったし。会場で渡そうと思ったけど、人が多かったのと寒くて諦めた。」
タカ君の言う通りクリスマス当日だと嬉しいと思っていたが、その気持ちまで見抜いていたとは……。ドキドキしながら箱を開けると、中にはペアネックレスが並んでいた。チェーンに小さなリングが通っているシンプルなデザインでリングは金と銀の色違いだった。どちらもキラキラと輝いている。
「奈々、お揃いのものとか好きそうだなと思って。それなら練習中つけていても邪魔にならないと思って。」
照れたタカ君は、いつものように頭を掻いている。
「お揃いって憧れていたの。タカ君、ありがとう。大好き」
思わず抱きつきたくなったが電車の中なのでぐっと堪えた。
「初めてのお揃いだね。他にもお揃いのものが増えていくといいなー」
他にお揃いの物を考えていたら指輪が頭をよぎった。でも、まだその言葉を口にする勇気がなくて少し照れながらタカ君の手を握った。
(いつかタカ君とお揃いの指輪をつけられる日が来るといいな。)
そんなことを思いながら窓から見える景色を眺めた。先ほど見ていたイルミネーション会場の光が微かにこちらにも届いてる。まばゆく輝く光を目に焼き付けて私たちは帰路についた。