バレンタインが近づき、私は人生初めての本命チョコに張り切っていた。女友達には毎年友チョコを交換していたが、本命チョコとなるとどんなものを選んだらいいのか全く見当がつかない。
「本命チョコって、どんなものを渡したらいいんだろう……」
スマホでチョコレートのレシピや人気ランキングを眺めていたが、考えるだけでにやけてしまう。サプライズで渡すべき?それともリクエストを聞く?ぐるぐると思いを巡らせる。
「ねータカ君、バレンタインどんなチョコがいい?」
週末、部屋で床に座り熱中してゲームをしているタカ君の後ろから抱き着いて尋ねた。コントローラーを握るタカ君の背中に頬を寄せるとほんのり温かい。
「え?んー……なんでもいいよ」
タカ君は、画面から目を離さずに淡々と答えた。
「もー『なんでもいい』が一番困るの!私、本命チョコ渡すの初めてだから、すごく緊張しちゃうし、喜んで欲しいんだもん」
少しだけ唇を尖らせて訴えた。
「全然緊張しているように見えないんだけど……」
タカ君は、奈々の顔をちらりと見て笑みを浮かべた。
「まあ、気持ちは嬉しいよ。甘さ控えめだと、なお嬉しいかな」
「甘さ控えめね、了解!」
(甘さ控えめのビターチョコにして、チョコレートケーキにしようかな。ベタだけど大きなハートのケーキとかにして……キャー、照れる)
初めての本命チョコ、初めての彼氏と過ごすバレンタイン。私は、心躍らせ楽しみで仕方なかった。
☆☆☆☆☆
バレンタイン前日の土曜日。奈々は急遽大学の用事が入り、一中バレー部の練習に行くことができなかった。そのため、今日は孝志一人だけが練習に顔を出すことになった。
練習が終わり、タカ君は奈々とお昼ご飯を食べる約束をしていたので、体育館の出口に向かおうとしたその時だった。背後から少し緊張したような声が彼を呼び止めた。
「斎藤コーチ……」
振り返ると、2年生でエースの黒川さんがいる。彼女は、練習中とは違う少し緊張した眼差しで声も少しばかり裏返っていた。
「あの……斎藤コーチは、高木コーチと付き合っているんですか?」
黒川さんの唐突な質問に、孝志は驚いて戸惑いながらも、正直に答えた。
「ああ、そうだよ」
タカ君の肯定の言葉を聞くと、黒川さんの瞳が揺れた。そして、意を決したようにさらに踏み込んできた。
「高木コーチの、どこが好きなんですか?」
その真剣な問いかけに言葉を失った。
「え……どうして?」
困惑していると、黒川さんは真っ赤な箱を両手で握りしめ意を決したように顔を上げた。
「私……私、斎藤コーチのことが好きです。」
突然の告白に、孝志は言葉に詰まった。予期せぬ言葉に頭の中が真っ白になる。黒川さんは恥ずかしさからか腕だけ伸ばして、顔は下に向けて俯いていた。震える手で小さな箱を孝志に差し出した。
「これ……受け取ってください」
ハートが何個も書かれている赤い包装紙でバレンタインのチョコレートだとすぐに分かった。孝志は、受け取るべきか、どうするのか最善か考えていた。
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タカ君と合流するために駅の改札を出ると、少し離れた場所から歩いてくるのが見えた。
「タカ君!お疲れ様!練習どうだった?」
私が小走りで手を振りながら近づいていくと、タカ君は少しだけ驚いた顔をしてから笑って手を振り返してくれたが、心なしかいつもより表情が硬い。
(あれ?タカ君どうしたんだろう?)
不思議に思いながら近づいていくと、見慣れない赤い小さな箱を手に持っていることに気が付いた。
「あのさ、奈々に嫌な思いさせたくないから先に言うけど……。実は、今日、黒川さんからチョコレート貰って……好きだって言われたんだ」
タカ君は少し気まずそうな表情で赤い箱を見せながら私に言った。
「え……?え?えええええ?」
一瞬、何を言っているのか分からず固まっていたが言葉の意味を理解したら叫ばずにはいられなかった。
(黒川さんが、タカ君のことを……好き?そして、チョコレートを渡した?一体、どういうことおおおお?)
バレンタイン前日にして、思いもよらない展開に言葉を失い、私はただ呆然とタカ君と黒川さんから貰った赤いチョコレートの箱を見つめることしかできなかった。