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第22話 瑞穂国の宝石

 二人のやり取りと姿を眺めていた黒曜が、笑った。


「なんだ、紅。もう尻に敷かれてんのか」


 楽しそうに笑う黒曜を、紅がじっとりと睨んでいる。


「確かに蒼は可愛いよなぁ。素直だし正直だし、霊力は多いし、美味いし」


 最後の一言に、紅が黒曜を威嚇する。


「何より希少な蒼玉せいぎょくだ。そりゃぁ、蛇々も狙いにくるわなぁ」


 紅の肩が小さく震えた。


「黒曜、蒼は……」

「さっさと番になっちまえよ、紅。手放す気がなくて守りてぇなら、それが一番手っ取り早いぜ」


 紅の言葉を遮って、黒曜が断言した。


「瑞穂国の統治者、黒曜が立ち合ってやる。まずは名前の契りから済ませろ。今、やれ」


 くいっと指さされて、紅が言葉に詰まった。


(蒼玉って、何だろう。さっき、黒曜様が言っていた僕の価値に関係あるのかな。希少って、なんでだろう)


 わからないことだらけだが、蒼が何より気になったのは、紅が躊躇していることだった。


(僕と番になりたいって言ってくれたのは紅様なのに、気持ちが変わっちゃったのかな)


 怖くなって、思わず紅の袖を引いた。

 紅が一瞬、蒼に向けた目を、黒曜に移した。


「番になる許可が欲しいから来てもらったのは、確かなんだけど。まだ蒼に、蒼自身の価値を話せていないんだ。蒼玉についても、それがこの国でどんな扱いを受けるかも。だから、今すぐって訳には」


 紅の目が憂いて見えた。

 蒼玉は、もしかしたらあまり良い扱いをされないのかもしれない。


「そんなもんは、番になってから話せばいいだろ。お前ぇんトコに餌として売られたんなら、蒼には帰る場所もねぇんだろ。この国で生きるしかねぇんなら、紅の番が一番、安全だろ」

「黒曜、言い方……」

「大丈夫です、紅様」


 蒼は紅の袖を再度、引いた。


「黒曜様の指摘は正しいです。僕はもう現世に生きる場所がありません。瑞穂国で生きるなら、紅様の隣が良いです。番になっても、僕は後悔しません。ただ、僕の存在が、紅様を貶めたり辱めたりするのだけは、絶対に嫌です」


 蒼を見詰める紅の目が潤んで歪んだ。


「蒼……、それはないよ。ただ、もしかしたら蒼が大変な思いをするかもしれないんだ」

「僕なら、構いません。紅様の隣で生きられるなら、大変な思いをしても、平気です」


 理研で過ごしてきた生活を考えたら、何だって耐えられると思った。


(理研にいた頃とは、違う。紅様が隣にいてくれる。それだけで、全然違う)


 たとえ同じ困難が押し寄せても、乗り切れると思った。


「僕はお荷物かもしれないけど、邪魔にならないように努力します。だから僕に、これからもずっと隣で、紅様の手を握らせてほしいです」


 紅の大きな手を両手で包み込む。

 少しだけ成長したとはいえ、蒼の手はまだまだ小さくて、紅の手を全部は包み込めない。

 その手に、紅が自分の手を重ねた。


「蒼は口説き文句が上手になったね。そんな風に言われたら、命懸けで守りたくなる」


 蒼の体を抱き寄せて、紅が髪を撫でてくれる。 

 紅の手つきは、いつも優しい。

 とても嬉しいが、紅の言葉に不安になった。


「紅様が命を懸けなきゃならないくらい、僕は危険な立場なんでしょうか?」


 紅の命の心配が出てくるのなら、話は別だ。


「危なかねぇよ。紅だって、現世じゃ伝説になってる程度には強い妖怪なんだ。そうそう死ぬもんじゃねぇよ」

「伝説? え? 妖怪の伝説?」


 黒曜と紅を見比べる。


「九尾の妖狐って、知らねぇか? 紅は、あの一族だよ。妖狐ん中でも一番綺麗で強ぇヤツな」


 それなら、蒼でも知っている。

 理研に置いてあった妖怪の本で読んだ。


「あんまり、意外じゃないかも。紅様は綺麗だし、妖力も強いから」


 いつも流し込んでくれる妖力は力強く温かい。

 紅が蒼の唇を摘まんでムニムニした。


「さっきからこの口は、可愛い言葉ばっかり言うね。いつから、そんな子になったの?」

「ふふぁ、ふぁむ……」


 怒っているのか喜んでいるのかわからない顔で、いっぱいムニムニされた。


「蒼の気持ちは決まっているみてぇだぜ。どうする? 紅」


 紅の憂い顔は変わらない。


「時間をかければかけるほど、蒼と番になるのは難しくなる。今、名前だけでも契れ。その後すぐに体を繋げりゃ、仕舞いだ」


 紅が、頭を抱えるような仕草をした。


「黒曜は俺に味方してくれるの?」

「そのつもりだから今、契れって言ってんだよ。味見なんざしなくても、蒼は見目から蒼玉の質が現れてる。その青い髪と目は、隠せやしねぇぜ」


 紅の腕が蒼を強く抱くと、青い髪に口付けた。


「まさか、本物だったとはね。俺は蒼が宝石じゃなくても、大好きなのになぁ」

「宝石……?」


 黒曜が、ふんと鼻を鳴らした。


「蒼、お前ぇは宝石なんだよ。宝石ってぇのはな、特殊な霊力を持った人間の総称だ。力も強ぇが、俺ら妖怪にとっちゃぁ最高に美味な餌だ。番にすりゃ倍以上の力を得られる。そういう存在なんだよ」


 あまりに壮大な話すぎて、まるで自分事の気がしなかった。


「宝石には六色あるが、最も希少なのは蒼玉だ。数も少ないが、他の五色に比べて数段に強くて、美味い。妖怪にとっちゃぁ垂涎ものだ」


 だからさっき、黒曜は「時間が経てば経つほど難しくなる」と言ったんだろうか。

 蛇々のように他の妖怪が襲撃してくる事態は容易に想定できる。


「蒼が四種類もの力を最初から操れたのは、蒼玉だったからなんだ。蒼は本当なら現世でも活躍できる強い術者なんだよ」


 そう語る紅の顔は悲しそうだ。

 蒼の胸に不安が広がる。

 紅の表情が暗かった意味が、分かった気がした。


「紅様は、最初から知っていたんですか?」


 紅が首を横に振った。


「……青い髪と目を見た時は、理研が価値を上げる細工をしてきたんだと思った。強い術者をみすみす餌として売る訳がないからね。最初に蒼の霊力を食べた時に、もしかしてって思ってたけど、確信したのは蛇々の襲撃の後かな」


 最初に霊力を食べた時なら、この屋敷に来てすぐだ。

 蛇々の話をした後も、紅は宝石の話などしていなかった。


(でも、才能とか天才とか、僕には不似合いな言葉は幾つか、言われた)


 あの時点で、紅は確信を持っていたのかもしれない。


「宝石の人間と番う場合は、本当は神様にお披露目してから番にならないといけないんだ。でも、希少な宝石は神様が欲しがる場合が多くてね。蒼玉の蒼を連れていったら取られちゃうかもって」


 紅が困ったように笑った。


「え? 紅様の心配は、ソコですか?」


 思わず、聞いてしまった。


「そう。神様に欲しいって言われたら、上手に断り切れるか自信がなくてさ。勿論、渡す気はないけどね。でも、蒼に大変な想いをさせちゃうかもなって」

「何だ、そっか。てっきり、現世に帰れって言われるのかと思った……」


 心底、安堵した声が出た。

 現世でも活躍できるなら、人間の世に帰れと言われるのかと思った。


「今更、そうは言わないよ。蒼は、現世に戻りたくないでしょ? というか、神様は怖くないの?」


 蒼は頷いてから、首を傾げた。


「神様は、紅様の役割上、断るのが難しいのでしょうか? 僕が嫌だと言っても、ダメですか? もしダメなら、僕も今すぐ、紅様と番になってしまいたいです」


 この国の均衡を保つために神様と話しをするのが紅の役割だと、聞いた。

 神様のお願いを断ると役割をやりづらくなるのかもしれない。

 だとしたら今のうちに、ちゃっかり番になってしまう方がいい。


(狡いやり方かもしれないけど、紅様以外の誰かなんて嫌だし、紅様以上に好きになんかなれない。黒曜様だって良いと言ってくれているのだから、きっとなってしまった方がいいんだ)


 この国で一番偉い妖怪が許可を出しているのだから、何とかなるのだろうと思った。

 紅と蒼のやり取りを聞いていた黒曜が、吹き出した。


「蒼は肝が据わってんなぁ。神様相手に交渉かよ」

「そういう訳ではないですけど……。僕にとっては神様も妖怪も変わりないというか。同じように不思議な生き物というか」


 現世で読んだ本には神様も妖怪も大差ないと書いてあった。

 だから、そういうものだと思っていた。


「それに、自分にそんなに価値があるって言われても、よく分からなくて。僕は失敗作だから売られたんです。その前はガラクタって呼ばれて生きてきた。僕を大切にしてくれて、価値を見付けてくれたのは、紅様だから。紅様にとって価値があれば、それでいいんです」


 紅の白い顔に手を伸ばす。


「僕の力は全部、紅様のために使いたいです」


 紅を守り、癒すためだけに使いたい。

 紅の役に立てれば、それでいい。

 頬に触れた蒼の手を、紅が握った。


「大層な口説き上手になっちゃって、困ったねぇ。愛おしくて仕方がない。誰にもあげたくないよ、俺の蒼」


 紅が、やっといつもの顔で笑ってくれた。

 ようやく安心できた。


「はい! 僕は一生、紅様の蒼です」


 紅に独占されるのが、くすぐったくて嬉しくて仕方がなかった。

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