蒼愛と紅優は、テーブルに掛け直した。
目の前の白玉クリームぜんざいに、さっきまでの憂いが吹き飛んだ。
ソフトクリームと餡子を同時に頬張る。なんて贅沢な食べ方だろうと思った。
「蒼愛は、美味しいもの食べてる時、良い顔するよね」
今日は紅優も一緒にデザートを食べている。
食べないと死ぬわけではないから、嗜好品のようだが、人間と同じように食べるのも嫌いではないらしい。
甘味が好きらしいというのを、最近知った。
「二人で並んで甘いもの食べるの、嬉しいなって、思って」
もっと紅優の好きな食べ物を知りたいと思った。
紅優が蒼愛の口元に舌を這わした。
「美味しいね」
艶っぽい笑みを向けられて、ドキリとする。
「折角、美味しいぜんざいで蒼愛の気持ちが落ち着いたのに、また話しの続きをしなきゃいけないんだけど、聞ける?」
ぜんざいで落ち着いたのではなく、紅優の言葉と手の温もりで落ち着いたのだが。
(紅優は時々、そういう勘違いする。僕が一番嬉しいのは紅優に触れてもらった時って、どうしたら伝わるんだろう)
もどかしく思いながら、蒼愛は紅優の手を握った。
「もう、大丈夫。僕は紅優が磨いてくれた宝石だから。胸を張って神様に会えるよ。その為に必要なお話は、ちゃんと聞く」
紅優に頭を撫でられた。
いつものような優しくゆっくりな手つきではなく、わしゃわしゃされた感じだ。
「番になってから、いや、その前もだったけど、蒼愛がどんどん可愛くなって、辛い」
「え? 辛いの?」
驚いたら、またわしゃわしゃされた。
一通り、わしゃわしゃした後に、髪を手櫛で直された。
紅優に髪に触れてもらうのは、やっぱり嬉しいと感じる。
「えっと、どこまで話したっけ。水ノ神様の話だっけ」
「うん。宝石の人間は、神様の力を受け継ぐ者って言われて、神様に仕えたりするって」
「あぁ、そうそう、そうなんだよね。
「神子? 神様も番、作るの?」
神様とは孤高の存在なんだと思っていた。
もしくは神様同士で夫婦になるものだろうと思い込んでいた。
「神子は文字通り神様が自分の子にするの。神子も番もレアケースだけどね。仮に神様に神子や番にしたいって言われちゃったら、俺たちの番は解消される恐れもあってね。何せ、事前に謁見してないから、その辺ツッコまれたら番解消の正当な理由が整っちゃう気がしてね」
思いっきり血の気が引いた。
黒曜が番になれと迫った時に紅優が躊躇した理由は、これだったのだと思った。
「でも、黒曜様は、味方してくれるって。時間を空けない方がいいって、言って……」
不安すぎて言葉が続かない。
「黒曜の言葉は信じていいし、指摘も正しいと思う。番になる前に謁見して、そこで蒼愛を見初められたら、奪われない自信がなかった。だったら番になって事後報告の方がまだ守れる。だから俺も、黒曜の提案に乗っかった訳なんだけどね」
他の妖怪の襲撃を懸念していたんだと思っていたが。どうやら紅優が最も懸念していたのは神様の方らしい。
やっぱり神様も妖怪も大差ないなと思った。
(奪われるって意味じゃ、蛇々も神様も、僕にとっては変わらない)
勝手に盗むか、権限を振りかざして奪うかの違いだけだ。
「一番最悪は、番の解消を迫られる事態だけど、流石にそこまではないと考えて。最も、あり得るのは、試練を与えられる可能性なんだ」
「試練……」
番になるための試験的なものだろうか。
それとも、神様に謁見をスルーした罰だろうか。
「試練を与えられた場合、多分、大変な思いをするのは蒼愛なんだ。二人で出来ればいいけど、そんな優しい試練は与えてくれないと思うんだよね。神様たちは絶対、この国に慣れてない蒼愛で遊びたがる」
「遊ぶ⁉」
トリッキーでアグレッシブな単語が出てきて、思わず叫んでしまった。
「神様はね、人間が思うほど万能でも完璧でもない。変わり者ばかりなんだよ」
テーブルに肘を付いて俯き加減に語る紅優からは苦労が垣間見える。
(均衡を守る役割、僕が思っている以上に大変なのかもしれない)
前に紅優は「神様の茶飲み友達」と軽く話してくれたが、あれは蒼愛を不安にさせないためだったのかもしれないと思った。
「だから何があってもいいように、今のうちに蒼愛の霊能を伸ばせるだけ伸ばしておきたいんだ。蒼愛、頑張れるよね?」
いつになく鬼気迫る紅優に、蒼愛は無意識に頷いた。
「紅優と一緒にいられるなら、何でもする。僕に出来ること、全部する」
死ぬ覚悟を決めるより、紅優と生きる覚悟を決める方が遥かに心が楽だと思った。
(本当はこんなに生きたがってたんだって、気付かせてくれたのも紅優なんだ)
紅優が蒼愛の頭を撫でる。
唇が重なって、紅優の妖力が流れ込んでくる。
「俺の妖力と蒼愛の霊力を交換して、たくさん循環させた方が、霊能も伸びると思う。だから毎晩、一緒に寝ようね」
うっとりとした目を向けられて、蒼愛は紅優の唇に触れるだけの口付けを返した。
「一緒に寝られて、嬉しい。僕も、もっといっぱい、紅優のが、ほしい」
大事にしてくれる紅優が嬉しくて、蒼愛は微笑んだ。
蒼愛を見詰めていた紅優が、小さな体を胸に引き寄せた。
「そういう顔も仕草も、他の誰かにしたら、絶対にダメだからね」
少しだけ声が怒っているように聞こえて、不思議に思った。
「うん、しないよ。僕が欲しいのは、紅優だけだから」
抱き締めてくれる紅優の背中に腕を伸ばして抱き締め返す。
「……蒼愛が可愛くて、辛い。可愛すぎて、心配」
呟いた紅優が、どうして辛くて心配なのか、蒼愛にはよくわからなかった。