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気がつきゃ不惑、偉くはなったがどうにもならない
気がつきゃ不惑、偉くはなったがどうにもならない
ナード
異世界ファンタジー冒険・バトル
2025年04月16日
公開日
2.5万字
連載中
最強であると確信して選んだ職。 それを理解してもらえなかった少年は、すべてを捨てて国を出た。 生きるために働き、気がつけば出世。 だが普通の人生ではなかった彼の手からは様々なものが滑り落ちている。 普通なら、もう子どもどころか孫がいる年齢。 それでも彼はあがき続ける。 最強ではないことを知っていながら最強であることを目指して。

第1話 支部長、調整する

 人生というものは選択と後悔の連続だ。

 齢四十を超え、ふとそう思う。

 気がつけばこの「塔の街」ヴァード支部の冒険者ギルド支部長なんていう立場にいる。

 この歳での就任は異例の抜擢ではあるが、真面目に仕事をしてきたという自負はある。

 代わりに他人が持っているであろう人生の様々な経験を切り捨ててきた。

 例えば、恋愛。この歳になれば子どころか孫を持つものもいる。

 とはいえ私はその出自に問題があったために適齢期を逃し、代わりに支部長という立場を得た。

 繰り返すが、人生とは選択と後悔の連続だ。

 自らの手から滑り落ちた、あるいは切り捨てていった様々なものを取り返したいと思うのは、人間の業なのだろうか、それとも。


「支部長、何か問題でも?」

 雨音が支配するギルド建屋内に鈴の音のような女性の声が響く。

「いや、なんでもない。ただ少し疲れただけだ」

 思考に気を取られ書類整理の手が止まっていたのを不審に思ったのか秘書のリーゼロッテ君が声を掛けてきた。

「雨になると、彼らは引きこもりますから……ひま疲れ、ですね」

 リーゼロッテ君は微笑みを浮かべ、首を小さく傾げて私を見た。

「そうかもしれんな」

 銀縁のメガネのブリッジを押さえ、位置を直しながら小さなため息と苦笑を混ぜ込んだなにかを吐き出す。

「支部長、ため息は幸せが逃げていくと言いますよ?」

「もう逃げるような幸せはないな」

「そうでしょうか? 意外と自分のことはわからないものですよ」

 リーゼロッテ君は真顔で私を見る。

「……君が言うなら、まだ私には幸せがあるかもしれないのだろう。自分ではわからないもの、か」

 苦笑ではない笑顔を返せたと思う。

 だが私の顔の作りは怖い、と称されるものだ。黒い瞳の三白眼、眉間にシワ、薄い唇。

 髪の量は幸い減ってはいないが、このエデン共和国では珍しい黒髪だ。とはいえそれもだいぶ白いものが混じってきている。

 住み着いた当初は悪魔の落し子とまで言われたくらいだ。

「もっと笑えばいいのですよ、支部長。いつも真剣な表情をしているから怖がられるのです。私は付き合いが長くなりましたからわかりますけども、そうじゃない方たちには気難しい人と思われていますよ」

「なるほどな」

 だから女性も寄ってこない、と。一理はある。リーゼロッテ君の整った顔と、綺麗にまとめられた青髪を見ながらふと湧いた疑問をぶつけてみた。

「ふむ……つかぬことを聞くがね、リーゼロッテ君。君は婚姻していたかね?」

 私は浮いた話が苦手というより縁がないので近寄ることすらなく、身の回りにいる女性のそういった話についても考えたことすらなかった。

 リーゼロッテ君がキョトンとした表情で見ている。いつも凛としている彼女、これはレアな表情だ。

 盛大なため息が聞こえる。

「あー……先程、ため息は幸せが逃げていくと聞いたのだが?」

「ため息も出ようというものです。新人教育が終わり、秘書課に配属され、最初の仕事が支部長の秘書、それからずっと秘書をしておりますね。もう十年になります」

「そうだな。十三の君は健気で真っ直ぐだったな」

「ありがとうございます。支部長のおかげでこのように育ちました」

 視線が冷たい。

「あれから幾星霜、婚姻休暇を取った覚えはございませんが、支部長、いかがですか?」

「……すまん」

 私にはこういうところがある。人の機微を読み取れない。あるいは他人への興味が薄い。だからこそ、最強になり得る存在であったが最強であることを選ばなかった。

 そう、選択の結果、今の立場にある。

 人の意思を読み取ろうとして疲弊する、あるいはこういう状況に陥ることも多い。

 人のやれることには限界がある。そして向き不向きも。

 最強であることを選んでいたならば違った人生だったのだろうか。

「支部長? 今日はなにか変ですよ?」

「ん……雨がな。春の雨は嫌な記憶を掘り起こす。忙しければいいのだが、ね」

 そう、あの日も今日のように静かな雨の日だった。

「まったく……どうしてこう恋愛ごとに関しては魯鈍ろどんなのかしらね、この御方は」

「なにか言ったかね?」

「いいえ、なにも」

 作り笑顔のリーゼロッテ君がいた。この表情のときは近づくと酷い目に合うのがわかっている。

「そうか」

 書類仕事へ戻ることにした。


 ピリピリとした空気の中、仕事をなんとか終えてギルドを出る。

 一人暮らしなので途中で軽く一杯引っ掛け、つまみを夕食代わりとしてから家にたどり着き、ベッドに倒れ込む。

 今日はつかれた。よくはないがこのまま寝てしまおう。

 意識を手放した。


   ◇   ◇   ◇


「なるほど、剣を取るか。痴れ者め」

「僕は、僕でしかない。僕の魂が、剣を取れと叫ぶんだ!」

 またあの時の夢だ。春の雨はこの記憶を掘り起こし、私を揺さぶる。

「わかった。ハワード・カーターという男は最初からいなかった。書記官! 死産だったと記録を書き換えよ!」

「旦那様、それは!」

「出産は双子だった。体の弱い兄は死亡、弟を嫡子とした。弟の名はイアン・カーター」

 父は同い年の従兄弟の名前を上げた。

「ポルタの領民はハワード様を慕っておられますが、それでも?」

 家令スチュワートのエセルバートが冷たい声で私を見ながら言う。彼は私に興味がない。今ならそれがわかる。

「それでも、だ。ポルタ男爵は魔術師でなければならない。学園へ上る前にキャノンを使いこなした神童も、成人を迎えたらただの人以下だったということだ」

 それは違う。剣士は魔術師に劣っているわけではない。しかも、今の私は。


   ◇   ◇   ◇


 朝が来た。決まった時刻に起きる生活習慣が、夢を強制的に止める。

「今日も、雨、か」

 いつものスーツに最近発売された質の良いレインコートを着る。

 塔の街ヴァードにあるダンジョン、通称「塔」は調査の結果やや手強いダンジョンではあるものの、代わりにドロップもかなり期待できるということもあって徐々に腕に覚えのある冒険者たちが集まり始めた。

 人の集合は知力を底上げする。知力を資材に働く職の筆頭、錬金術師たちの腕が上がる。そうなれば良い魔道具が出回るようになる。質の良い魔道具は人の生活の質を上げ、生活の質の向上は一般市民を呼び込む。

 今着ているシャツだって綺麗に洗えて更にパリッとしているのもつい最近移住してきた錬金術師が作り上げた洗濯機と高温プレス器のおかげだ。

 今、ヴァードは成長期に入っている。

 結果、ギルドの仕事は多忙を極めている。


 濡れたレインコートをリーゼロッテ君に預け、執務室へ向かう。

「だからよぉ、もう少し上のクエストはねえのかって言ってるだろぉ⁉」

 クエスト窓口でアメリア嬢に絡んでいるのは、見たことのない大柄な男だった。

 私が一七〇センチほどなのだがそれよりも頭一つ以上でかい。二メートルは超えている。

 おそらくはヴァードが稼げると聞いてやってきた冒険者だろう。

「申し訳ありません。ケヴィン様はまだこの支部に移籍登録されたばかりで、以前の情報の照会が完了しておりません。そのためランク不明としてFランクのクエストのみ受諾できます。明日には照会結果が届くはずですのでそれまでお待ち下さい」

 アメリア嬢は一五〇センチほどの小柄な女性だが、毅然とした態度で対応している。

「うるせえ! 俺はジェンスでCランクやってたんだ!」

 ケヴィンとかいう男はアメリア嬢の胸ぐらをつかんだ。

「そこまでにしておいていただけますかな、冒険者殿」

 アメリア嬢の胸ぐらを掴んでいるケヴィンの手首を左手で掴む。

「あんだぁ、てめえ」

「ここのギルド支部長をしておりますヴォルフラム・ヴィバーンです。以後お見知りおきを」

 少し力を入れる。〈阻害ディスターブ〉を発動する。ケヴィンの力が抜ける。

「な……」

「落ち着かれたらどうですか?」

 ケヴィンをアメリア嬢から引き剥がし、手首を取ったまま腕の下をくぐる。右手でケヴィンの手先を固める。

「いででででで! あががああががぁぁ!」

「こちらへどうぞ」

 体の位置をコントロールし、関節をめたまま誘導していく。ケヴィンはつま先立ちでよたよたと従っている。

 人間は痛みの限度を超えると意味のある言葉は吐かなくなる。痛いだろうなと思いつつ、常設クエストボードへ。ここはFランククエストしか貼り出されていない。

「まあ、常設は薬草回収くらいしかないんですがね。ですがついでにゴブリンを刈り取ったとしても違法にはなりませんし、討伐証明部位を持ってくれば報奨金も出ますよ」

「わが、わがったから!」

 解放してやると、左手で右手首をさすりながら恨みがましい目で私を見ている。

「ギルドは自殺援助の組織ではありません。長年かけて培われたルールには意味があり、例外を許すと事故が起こります」

「んなこと言ったってよ、こっちは物価が高えんだよ。予想より宿代と馬車代が嵩んでて……」

「ああ、なるほど。ジェンスってことは乗合馬車を乗り継いてきたんですね。ふむ」

「支部長、こちらを」

 リーゼロッテ君が地図と遭遇記録書を持ってきた。彼女は優秀だ。

「ああ、ありがとう」

 パラパラと遭遇記録書を見る。ゴブリンの遭遇記録がちょくちょく出ている。

「あまりよい傾向ではないですね」

「みなさん、塔に夢中ですから」

 リーゼロッテ君が苦笑とともに答えてくれた。

「なるほど」

 記録書と地図を交互に見る。

「ここですね。おそらくここのあたりにゴブリンの集落ができている。ケヴィンさん、あなたパーティで移動してきたんでしょう?」

「……おう」

「クエストには起こしませんが、集落を落としてみませんか? Cランクなら簡単な仕事になるでしょう。通常討伐扱いなので集落陥落の追加報酬はありませんが、それでも当座の資金にはなるはずです」

「い、いいのかよ」

「あまりよくはありませんが、生きていくにはお金が必要ですからね」

「ありがてえ!」

「あくまで集落がある可能性ということと、仮にあったとして調査が入っていない野良集落です。規模は不明なのでもしかしたら不測の事態が起こるかもしれません。でもそれは自己責任ということでお願いします」

「んなこたぁ冒険者なら当たり前だ。問題ない」

「あと、念のためメンバーを揃えてもらえませんかね」

 ケヴィンはうなづくと地図を頭に叩き込んから仲間を呼ぶためにギルドを出ていった。

「支部長、あれでよかったんですか?」

 リーゼロッテ君が話しかけてくる。

「調査部が把握していない集落をたまたま冒険者一行が発見し殲滅しただけ、ですよ」

「形の上ではそうでしょうけども」

「それと私は外せない用事が今できました。後のことはよろしく」

 リーゼロッテ君は眉間にシワを寄せてから首を振った。

「おせっかいな人ですね」

「性分でね。損な性格なのはわかっていますよ」


 ケヴィンのメンバーを確認しておく。六人パーティで他にホルガー、オットー、マルグレート、ヨゼフィーネ、ドロテーと名乗った。ずいぶんと身長差のあるパーティーだな、というのが第一印象。

 ホルガーとマルグレートはほぼケヴィンと同じ大きさ、オットーとヨゼフィーネは私とほぼ同じくらい。ドロテーはアメリア嬢よりも小さい。一四〇くらいだろう。

 装備を見るにケヴィンがタンク、ホルガーとマルグレートがフロントアタッカー、オットーがバッファー、ヨゼフィーネがヒーラー、ドロテーがスカウトだろう。そのドロテーには頭頂部に獣耳があった。犬獣人のようだ。

 おそらくかなり人族との混血が進んだ獣人なのだろう。耳以外は普通の人、だ。

 混血が進んでいるとはいえその性質を顕現けんげんさせている犬獣人は人族よりも感覚が鋭敏だ。やや小柄なのが気になるが、とはいえスカウトならば優秀だろう。

 メンバーのバランスはよい。彼らならゴブリンごときには遅れは取らないだろう、という安心感がある。

 その上互いに信頼関係があるようにも見える。というよりホルガーとマルグレートは恋愛関係にあるようだ。羨ましいところではある。

 ……羨ましい……?

 ああ、そうか、と自分の心を飲み込む。

「なるほど、Cランクだというのも……とはいえ、ルールですから。申し訳ないですね」

 私が頭を下げるとマルグレートが慌てて頭を下げてきた。

「バカリーダーが本当にすいません」

「おい、誰がバカだって?」

「ギルドの受付嬢に絡むなんざ極上のバカだどあほうめ」

「まあまあ、それくらいで。では薬草回収、お願いしますね」



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