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第8話 支部長、戦闘する

 偵察中のドロテー嬢から合図が送られてきた。練った魔力を開放し、マジシャンへ〈枯渇領域エリアオブディプリション〉を叩き込む。〈縮地ファストステップ〉を連発しながら一気に距離を詰め、マジシャンへ〈烙印スティグマ〉をつける。

 もう一体のマジシャンに目を向けると左側から炎。左手を差し込んだが間に合わなかった。

「くそったれ!」

 魔術師が使う唯一の近接かつ速攻スキルの〈ハンド〉のうち、炎属性の〈ファイアハンド〉をもろに左目にもらう。しばらくは視界がヤバい。なんとか〈烙印スティグマ〉を叩き込み、〈縮地ファストステップ〉で下がる。

「ヨゼフィーネ! 〈回復キュア〉を! 簡易詠唱でかまわん!」

 その間に魔力を練り、〈阻害領域エリアオブディスターブ〉の準備をする。

 手負いのオーガウォリアーをマルグレート嬢が、無傷の方をケヴィン殿とホルガー殿が担当している。

「ぐあ!」

 ケヴィン殿の叫び声が上がり、弾き飛ばされる。Cランクのタンクにオーガウォリアーはかなりの負担になる。

 ホルガー殿が気合一閃。大剣を振り回し牽制する。オーガウォリアーはあざ笑うかのようにそれをバックステップでかわし、一足で詰める。

 ショートのボディショット。それだけでホルガー殿が弾き飛ばされる。間に合わなかった。〈阻害領域エリアオブディスターブ〉展開、魔力の練り込みが悪い上に無詠唱で効きは悪いだろうが気休め程度には弱体化するはずだ。

 まだ左目の視界はぼやけているが突っ込んで切っ先をオーガーウォリアーの腹に叩き込んでから〈烙印スティグマ〉。

「ガアァァ!」

 オーガウォリアーは怒りの咆哮を上げ左手を振り回してきた。カタナから手を放して右腕を差し込み、左腕を裏に支えて十字ガードするが、そのままふっとばされた。

 地面を三回転半して止まる。カタナはオーガウォリアーの腹に刺さりっぱなし。とはいえ右腕に力が入らないのだから影響はない。鈍痛を伝えてくる右腕は折れてはいないだろうがしばらくは使えないだろう。

 オーガウォリアーが残った前衛の一人、マルグレート嬢に殺到する。

「やりたくはないんだがな」

 左足を前の半身、左手を前に出し、人差し指と中指で狙う。無詠唱での〈キャノン〉の連鎖チェーン射撃ショットを行う。やりようは色々あるが、今回は後半の反動を抑える部分を破棄することで速射を行う。〈キャノン〉連射で暴れまわる反動を肘と肩で逃すことになる。

 力の入らない右腕で魔力ポーションを取り出す、飲んでいる暇はないので経皮摂取、つまりは頭からぶっかける。効率は落ちるし後で頭痛になるがグダグダ言っている暇はない。

 〈キャノン〉をばらまいてヘイトをこちらに集める。ついでに言うなら〈キャノン〉には吹き飛ばしがある。連鎖チェーン射撃ショットで手数を増やせば相手の体勢を崩すことが可能で、結果時間が稼げる。

「立て、ホルガー、ケヴィン! 今やらないでいつやるんだ!」

「年寄にはきついんだよ!」

 ホルガー殿が悪態をつきながらも大剣を担いで立ち上がる。

「お互い年は取りたくねえなあ、くそったれめ!」

 ケヴィン殿が大盾を杖代わりに立ち上がる。

 三本目の魔力ポーションを頭からぶっかけたところで二人が戦線に復帰。

 手数は足りているが火力が足りない。戦況は未だこちらが不利。

「無理を押し通してこその冒険者ってなあ!」

 すでに忘れていた冒険者の心得を叫びながら〈縮地ファストステップ〉で飛び込み、空中へ。ゼロ距離で〈ライトニングキャノン〉を顎へ叩き込む。

「いい加減、倒れろ!」

 その一撃でオーガウォリアーがぶっ倒れた。あとは手負いの一体とマジシャン二体。そこで右握力が戻った。腹からカタナを回収し、構える。

「好き勝手やってくれたなこのクソ雑魚ども! てめえら楽に死ねると思うなよ!」

 カタナを構え、〈理力授与フォースエンチャントエーテル〉四重。〈縮地ファストステップ〉を発動しながらの連撃、〈暗殺撃アサシネイト〉で全理力フォースを放出する。

 手負いのウォリアーがこれで倒れる。あとは防御が脆弱なマジシャンだ。Cランクパーティの重装戦士にとってどの属性であれ〈ハンド〉は脅威にならない。

「あとはまかせた」

 ケヴィン殿にそう伝え、倒れこむ。

「うまいところ全部かっさらいやがって」

「一樽分の働きはしたつもりだ」

「違ぇねえ!」

 ケヴィン殿はカラカラと笑うと大盾を構えて突っ込んでいった。


   ◇   ◇   ◇


 現在、現二層、旧三十二層へ降りる階段で休息中。

 アメリア君はかなり神経をすり減らしている。旧四層は彼女にとってまだ格上フロアになる。一発貰えば半死半生、悪ければ即死だ。だが小物だらけのフロアでもあるため、彼女も手を出してもらわなければ群れのコントロールに問題が出る。

 結果神経をすり減らし、今へたっている、というわけだ。

 とはいえ、私も似たようなものだ。

 オーガウォリアーとのやり合いで経皮摂取した魔力ポーションの副作用、激烈な頭痛について仮面の下で眉間にしわを寄せて耐えている。

「大丈夫?」

 ヨゼフィーネ嬢が心配そうに私を覗き込んできた。

「大丈夫じゃないが、なんとかする。どうせ次がラストだ」

 無詠唱連鎖チェーン射撃ショットをやった結果、反動で痛めた左腕をもみながら答えた。

「そう……ね」

 ヨゼフィーネ嬢は力なく頷く。

 厄介なことだが、ポーションや回復魔法はモンスターにつけられた傷にのみ効く。

 神の絡む奇跡だからだそうだ。

 人の信ずる神と、モンスターの信ずる神は対立している、だったか。

 回復術師ヒーラーのヨゼフィーネ嬢としては手当ができないことに不安と不満が見える。

「黄金の翼が全滅したんでしょ?」

 ヨゼフィーネ嬢からの質問。オーガロードはAランクパーティなら刈り取れるはず。そこに違和感がまとわりつく。何かがおかしい。

「そうだな」

「今でも信じられない。あの人が死ぬなんて」

「なんだ、知り合いがいたのか?」

「あたしの師匠がね。殺しても死ななそうな人だったんだけどなあ」

 腰を下ろしていた階段から立ち上がる。ヨゼフィーネ嬢の頭を右手で軽くポンポンと叩く。

「この稼業ってのはそういうものだ」

 書類上で多くの冒険者たちを見送った。幸せな引退者もいれば、不本意な引退者もいた。死亡も、未確認失踪後三年経過でギルド資格喪失というおそらく死亡したであろう者なども。

 偵察に出ていたドロテー嬢が戻ってきた。ケヴィン殿に報告しているが、顔色がかなり悪い。

「なにかに呪われているとしか思えない」

「どうした?」

「あれ、オーガロードじゃない。オーガオーバーロード」

 黄金の翼が全滅するわけだ。

「なるほど、な。食ったか……」

 ケヴィン殿が深刻な表情でドロテー嬢に答えている。

 より強い個体になるための選択肢の一つ、貪食どんしょく行動。コアから離れ衰弱を感じたオーガロードが自らを強化するためにやったのだろう。

 行きは〈縮地ファストステップ〉でちょっかいをかけずに走り抜けたから対戦はしていないが、帰りはそうもいかない。どう見ても前衛の足が遅い。

「わかった。私が釣り出そう。その間に全員全力で階段へ向かえ」

「え、そんな!」

 ヨゼフィーネ嬢が反対の声を上げる。

「そもそも私はソロでやってたんだ。これくらいの修羅場、独りでならいくらでもやりようがある」

「でも!」

「私は自己強化バフ弱体化デバフがメインでね。攻撃戦技スキルにも弱体化デバフが付いているくらいだ。だからソロのほうがやりやすい」

「なんてえ職だよ」

 ケヴィン殿がぼやく。

「レア職だから秘匿している」

「なるほどねえ。だから他で見たことがない、と」

「ギレン王国ではたまに出る職ではあるんだがね」

 そしてフーベル領で選べば追放、だ。苦笑を浮かべて肩をすくめる。他の領ならどうだろう。微妙かもしれない。

「得意なレンジは?」

「近距離でも遠距離でも。そもそも連鎖チェーン射撃ショットで〈キャノン〉を速射しておけばサシならどうにでもできる」

「そいつなんだよな。連鎖チェーン射撃ショットってなんなんだよ?」

「まあある種のテクニックだな。やろうと思えば戦技スキルにも応用できる」

「なるほど。無事に帰り着いたら教えてくれよ。酒樽一杯奢るんだからよ」

「随分と高い酒樽になりそうだが、まあいい。無事に帰り着いたらな」

「忘れんなよ」

 ケヴィン殿が私を指差し、ニヤリと笑う。私は肩をすくめてから答える。

「ところで、階段までの道は覚えたか? 結構な距離を走るが、体力は回復したか?」

「何年この稼業やってると思ってんだよ。万全とは言わんが、十分だ」

「それは重畳」

 そんな男二人の会話を呆れたとでもいいたげに見ていたマルグレート嬢が口を開く。

「ソロでオーバーロードとやり合う気?」

「まあな。独りならなんとかできるさ。オーガ・オーバーロードって言っても人の形をしている。ならばその動きのことわりも同じ。単に、デカくて、重くて、速いだけ、だ」

「それが簡単じゃないことなんだけどねえ」

「言っただろう。最強であらねばならぬ、と。この程度なら軽いもんだ」

 仮面で表情が見えず、声色も不明瞭なのは幸いである。強がりが見えない。

「ハワード、死なない?」

 ドロテー嬢も心配げな声を上げる。

「死なんよ。無事に帰ったら祝杯だ」

「わかった。でも、おまじない」

 彼女はそう言うと人差し指を立て、くいくいと下に振る。かがめ、ということなのだろう。中腰の姿勢になると満面の笑みでドロテー嬢が私の首にかじりつく。

 湿った感触が首に。すぐにドロテー嬢は離れて親指を立てた右手を突き出してくる。

「勝利のキス。これで必勝」

「ああ、ありがとう」

 少し乱暴に彼女の頭をかき混ぜる。

「うー! 酷い! 街に戻ったら、覚悟しろ」

「はは、そうだな」

 今度は彼女の頭をそっと撫でた。

「うー……そんなんじゃ、ごまかされないからね」


   ◇   ◇   ◇


 フィールドへ出る。

 降りる階段への道からそれた方向へ走る。オーバーロードへ〈キャノン〉を無詠唱ではあるがチェーンせずに数発。意識がこっちに向いたのを確認。

 怒りの咆哮とともに突進してくるのを〈縮地ファストステップ〉で横に飛んで回避。

「走れ!」

 私の合図で全員が走り出す。物音に振り返ったオーバーロードへ今度は連鎖チェーン射撃ショットで〈キャノン〉を叩き込む。

「お前の相手はこっちだ! ウスノロ!」

 カタナを振って〈理力弾フォースブリット〉を飛ばす。

 殿しんがりのドロテー嬢に伸ばしていたオーバーロードの手がそれる。

 〈ブリット〉の速度で〈キャノン〉以上の威力。欠点は〈理力授与フォースエンチャント〉を消費すること。故に火力が下がる。

 だが今回は火力は不要。

 〈縮地ファストステップ〉で切り込んで〈烙印スティグマ〉を叩き込む。その間に全員が撤退完了。

「あとは、これをどうするか、だな」

 〈縮地ファストステップ〉を連鎖チェーンで発動。膝が笑う。足首が悲鳴を上げる。魔力ポーションを取り出して再び頭からぶっかけつつ〈阻害ディスターブ〉のための魔力を絞り出す。

 〈阻害ディスターブ〉が発動したのはヤツが右腕を振りかぶったところだった。棍棒のリーチから後ろや横に飛んだら弾き飛ばされる。頭を下げて右前へ飛び込む。体が邪魔して棍棒を振り回せなくなるポイント。

 選択肢を減らされるのはまずいのはわかっているが、それしか手がなかった。

 ヤツの膝がそこにあった。更に頭を下げ額で受ける。

 体を強制的に引き起こされる。腹へラフな左前蹴りが飛んできた。吹っ飛ばされる。

 振り回すために踏ん張っていた左足を無理に伸ばした結果の軽い前蹴りではあっても、筋力のベースが違う。

 強制排気で乱される呼吸。得たものは間合い。払いすぎた。

 だが、まだ戦える。彼らの確実な離脱のためにはもう少し時間を稼ぐ必要がある。

「さて、やろうか、三下」


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