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第7話 支部長、合流する

 旧二十二層、現一層は森林エリア。この植生なら主に発生するのはフォレストウルフかゴブリンになりそうだ。さくさくと歩く。

 保安部並びに調査部のは丁寧で、なにもいない。

 階段まではすぐにたどり着いた。

「あれ? リーゼロッテさん、なぜこんなところに?」

 階段脇に作られた護衛用のテントのそばで火を見ていた女性保安部員が話しかけてくる。

「支部長からの差し入れを届けに参りました」

 私が無言で鞄から強壮剤を取り出すと、なるほど、と彼女は頷いた。

 リーゼロッテ君にハンドサインを送り、鞄を降ろす。

「ありがとうございました」

 リーゼロッテ君が深々と礼をする。手を振って階段に向かう。

「あ、おい、こらまて!」

 保安部員に肩を掴まれる。

「護衛契約はここまでということになっている。その後は好きにさせてもらう、ともな」

 ひどく歪んだ声を出す。

「貴方が何者かは知らないけどね、大変動後は危険なのよ。自殺行為だわ!」

「それを決めるのはお前ではない。その手を離せ」

 〈阻害ディスターブ〉を発動させる。保安部員の力が抜ける。

「な……なんなの……?」

 〈縮地ファストステップ〉で一気に距離を取る。

「待ちなさい!」

 〈阻害ディスターブ〉でかなり辛いだろうに彼女は追いかけてきた。〈呪縛エクゼクレート〉発動。移動を阻害する。

「な、なんなのよ……これ……」

 重い足を引きずりながらも階段に迫ってくる。

「無理をするな。三十秒もすれば元に戻る。ではな」

 階段を駆け上がる。二層の階段付近にも何人か立っているが、〈縮地ファストステップ〉で振り切る。

 彼らは階段から離れられない。命がけになるからだ。

 旧三十二層、現二層は草原エリア。コブリンが群れることになるだろう。

 〈縮地ファストステップ〉を織り交ぜ、ダンジョンを探索する。階段を探さねばならない。


 ある程度は保安部員と調査部員が間引いてくれていたのだろう。大した戦闘もなく階段にたどり着く。今回の変動では階段の位置は変わっていないようだ。その接続先だけが狂っている。それならば勝機はある。

 第三層、砂漠エリア。砂漠なのは四、十一、十九層。階段のあるドアを背に進んだ先に遺跡があれば四層だ。

 とりあえずはドアを背に進んで四層であるかどうかの確定を行う。

 移動しながらアイテムバッグから魔力ポーションを取り出す。相変わらずのまずさだ。ハビエル師に相談しよう。

 〈縮地ファストステップ〉を繰り返し時間を短縮する。

「遺跡あり……か。最悪だ」

 ここに人の気配がないのは皆降りた、ということなのだろう。下には旧三十二層という罠が口を開けて待っているとも知らずに。旧四層の階段へ向かう。


 階段を上がると、鬱蒼とした森。階段脇に特徴的な岩があったのでこれが旧三十層であることを示している。高層が入口近くに配置された今回の大変動は災厄として記録されるだろう。

 ヴァードのダンジョンは現在三十四層まで探査済み。その全ては私の頭に入っている。

 階段に向けて走り出す。


   ◇   ◇   ◇


 どうしてこんなことになっちゃったんだろう。

「アメリア! ぼーっとすんな!」

 指導員のエーレンフリートさんが叫ぶ。

「すみません!」

 杖を構え直す。ノックバックする〈キャノン〉は使うなと言われているので〈エーテルランス〉を連射する。

 あたしの習熟度ではなかなかダウンは取れないけれども、それでも手数は重要。

「とっとっと、ケヴィン! お客さんにタゲ向いてる!」

 オットーさんが叫ぶとケヴィンさんは雄叫びを上げた。〈戦吼ウォークライ〉というスキルで、モンスターの注意を引き付ける効果があるんだそう。

「お嬢! 多少手を緩めてくれ! 手数は重要だが戦線の維持が面倒になる!」

「ごめんなさい!」

 そう、第一階層でトレーニングをしていたケヴィンさんたちと一緒に脱出を目指している。

 今いるのが何層なのかはわからないけれども、エーレンフリートさんによれば植生とモンスターから推測するに旧十五層だそうだ。あたしにとってはかなり厳しい、というより無理。ケヴィンさんとこのエルヴィンさんも足りないそう。

 撃ち方と魔術を変える。撃つのは〈エーテルブリット〉。追加効果はないけれど飛翔速度が速く、手数がさらに上がってしまうので連射をせずにケヴィンさんとホルガーさん、マルグレートさんが叩こうとしている敵の近くを狙う。この三人は大剣を振り回しているので近辺のモンスターを複数巻き込む。

「いいぞ!」

 マルグレートさんに褒められた。オットーさんから〈魔力向上フォースインクリース〉が飛んでくる。魔法打撃力、飛翔速度が上がった。

 魔力ポーションを取り出し、飲む。苦い。

「くそったれ!」

 ホルガーさんが叫びながら大剣を振り回す。打ち漏らしがあたしの方に向かって飛び込んできた。

 ホブゴブリン。怖い。

 痛みを予想して目を閉じてしまった。

「……あれ?」

 すくめていた首を伸ばし、目を開ける。頭に矢がささったホブゴブリンの死体が消えかかっていた。

「任せて」

 ドロテーちゃんが弓を背に戻して投石器を手にしながら言う。

「ありがとう」

「でも、目を閉じちゃダメ。それは死にたいって言っているようなもの。冒険者は最後まで足掻く」

 冒険者じゃないんだけどな、と思いながらうなづいたら、ドロテーちゃんはくすっと笑う。

「なんてね。マルグレートの受け売り。でも真理」

「そうね。生き残ろう」

 杖を構え直す。あたしは、まだ、生きている。


   ◇   ◇   ◇


 旧三層、十九層、十一層ときた。三層は草原、十九、十一は前述の通り砂漠。砂漠は目印がない分手間取る。侵入してそろそろ五時間。帰りは探索が必要ないとはいえ、時間的な余裕があるわけではない。

 旧十一層の階段を上がっていく。

「だれ……?」

 階段に座り込んでいるアメリア君が私をぼーっと見ていた。

「このパーティのリーダーは誰だ?」

「暫定で俺だな」

 ケヴィン殿が手を挙げる。

「怪我人は?」

「いまんとこまあなんとかなってる……あんた、何もんだ?」

「私設救援部隊ってところだ」

 アイテムバッグから強壮剤を八本取り出す。

「私設救援部隊だあ?」

「ああ。リーゼロッテさんというギルド職員に依頼されてな」

 ドロテー嬢がスンスンと鼻を鳴らす。

「あれ?」

 そして首をひねった。

「こないだの人、だよね?」

「そうだとも。勇敢なる獣人族の娘」

「ふーん」

 じっと見つめられる。

「この後フロアはどんな感じだ?」

 ケヴィン殿の質問に答える。

「十一、十九、三、三十、四、三十二、二十二、出口だ」

「三十と三十二が問題だな」

「ああ。二十二はギルドがスイープしてくれている」

 まず間違いなくアメリア君は厳しいだろう。エーレンフリート君は優秀な魔術師ではあるが、現状行動をともにしているケヴィン殿のパーティは暫定Cランク、Aの黄金の翼ですら全滅したのだ。状況としては最悪。

「まずは三つ降りて三十の手前の階段で休憩するか」

 ケヴィン殿の言葉にホルガー殿がよっこらしょと掛け声をかけて立ち上がる。

「ホルガー、おじさんくさい」

「まあもうおっさんだしな。これで無事に外に出たら引退するさ」

 ドロテー嬢の指摘にホルガー殿は苦笑交じりに答えた。


   ◇   ◇   ◇


 旧三層をクリア。今は階段で小休止をしている。

 ダンジョンは不思議な空間だ。階段を移動できるのは冒険者のみ。モンスターたちは階段に入ることができないため、階段がセーフエリアとして機能する。

 とはいえ、ここで横になることは無理だ。座って仮眠を取る程度だが、それでも今の我々にとってはありがたい。

「次は旧三十層か。生きて帰れるといいんだが」

 ケヴィン殿が弱気な発言をする。

「私設救援部隊としてはその発言は見過ごせんな。帰るんだよ」

「とはいえ、な」

 ケヴィン殿がエルヴィンとアメリア君を見ながら返事を寄越してきた。二人は疲労困憊状態で顔すら上げられずにへたり込んでいる。

「帰るという強い意志があればなんとかなるものだ」

「なるほどね。ところで気になっているんだがね……俺はまだこの街に来たばかりだが、それでもあんたほど腕が立つ上にその格好なら目立つはずだ。だが今まで見かけたことがないってのはどういうこった?」

「私は出身がギレン連合王国フーベル領でね。しばらく里帰りをしていたんだよ」

「……へえ。それにあんたのスキル、かなり珍しいな」

「なるほど。疑っている、と」

「そりゃあそうだろうよ。なんの義理があってこんなギャンブルやってんだ?」

「最強であらねばならぬから」

「なんだ、そりゃ」

「言葉通りだ。自分の心に従い行動した結果だからな。その上で最強であらねばならぬから、家を捨て、名を捨て、そして顔を捨てている」

 ケヴィン殿は頭をガリガリと掻く。

「よくわかんねぇなあ」

「君はなぜ冒険者をしている?」

「なぜって、そりゃあ、これでしか飯が食えねえからだよ」

「では質問を変えよう。冒険者を始めたきっかけは?」

「う……随分と恥ずかしい話を」

「なるほど。世の中の冒険者たちと同じ。英雄になりたい、というやつか」

「うるせえよ! あんたはどうなんだよ」

「私は今でも英雄になりたいと願い続けている。英雄になるには最強である必要がある、と繋がるわけだ」

 ケヴィン殿はしばらく考えた後、がははと笑い出した。

「お前、面白いな。無事にここから出られたら一杯奢るぜ」

「せこいな。一樽くらい出せ」

 ケヴィン殿は驚いた顔をしたあと、バンバンと私の背中を叩く。

「おっしゃ、いいぞ。奢ったる。無事に出られたらな」


 旧三十層。メインは重装のオーガウォリアーとそれをバックアップするオーガマジシャン。バフをばら撒き、空間制圧魔術を撒き散らす。連携されると厄介だ。

 マジシャンの空間制圧を食らうわけには行かないので初手は〈枯渇ディプリション〉で止め、〈烙印スティグマ〉をつけたいところだ。〈縮地ファストステップ〉連発しながらの簡易発動になるためにどちらも効きが悪いだろうが、それで少しでも時間が稼げれば〈阻害領域エリアオブディスターブ〉で弱体化できるだろう。

 こちらのバッファーの手数を考えればこれがおそらくベストだ。

 先行調査をしていたドロテー嬢が戻ってきた。

「いい知らせと悪い知らせ。どっちから聞く?」

「いいほうから」

 ケヴィン殿の返事にドロテー嬢は真顔で答える。

「オーガウォリアーは二体、うち一体は手負い。だいぶやられてる」

「悪い方」

「オーガマジシャンが二体いた」

 ダンジョンは不思議なエリアだ。ある程度時間が経過するとモンスターがリポップするが、そのときは確率でリポップする。三十層ではオーガウォリアー三体、マジシャン一体の構成が通常だ。

 戦略の立て直しが必要になった。

 仮面を人差し指でコツコツと叩く。スピードを上げると思考速度も上がる。

「アメリア、だったか。〈沈黙サイレンス〉は使えるか?」

 アメリア君は首を振る。

「ならばマジシャンの短時間無力化は私が引き受ける。オットー、付与術師バッファーとして獅子奮迅の活躍を期待する。ヨゼフィーネ、回復術師ヒーラーは臨機応変に対応、前線を支えろ。詠唱破棄や簡易詠唱で構わん、とにかく殺すな。ドロテー、アメリア、エルヴィン。君たちは守りを固めておけ。手は出さなくていい。初撃を耐えられたら後は私がなんとかする」

「俺らにはなにもないのか?」

 ホルガー殿がニヤリと笑って言う。

「死ぬな」

「無茶を言う」

「そもそも無茶をするのが冒険者だろう」

「まあ、そうだな。ったくよ……マルグレート、ケヴィン。俺たちゃ貧乏くじを引いたかもしれねえが、覚悟キメていくぞ」

「ま、私も指導員として頑張りますよ。彼女はなんとしてでも地上に返す。それが私の仕事ですからね」

 エーレンフリート君がため息混じりに宣言する。

「それでは彼女に重荷を背負わせるだろう。貴様も生きて地上に帰るんだよ」


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