見誤ったな。
てっきり女子生徒二人も青髪共々怖くなって逃げたのかと思っていたけど、一緒に戻ってきたなら護衛だったわけだ。
「大人な世界に入り浸りすぎて、ガキの世界を忘れたか?」
持っていた手鏡をメンコのように叩き割り。
佐藤は飛び散った踏み締め、刺さった靴裏を見せてくる。
「はっ、ははっ、はははぁっ! お前良い、良すぎる」
投げ飛ばそうとした俺を押しのけ。
青髪は『いつまで掴んでんだ』とばなりに調子乗りはじめた。
「転がってる無能どもよりよっぽど優秀じゃないか、気に入った」
そのまま黒瀬の方に行こうとした彼。
だが、俺が拳銃を離さなかったことで、ぎこちなく止まる。
「ッチ、こんなことなら静止状態の魅了しか出来ない1年じゃなくて、2年も捕まえればよかった」
諦めて拳銃を手放した青髪は、目の前に落ちているガラス片を拾い。
未だ倒れて呻く取り巻きを見渡し、その中から女の子一人の髪の毛を掴む。
「
首を掻っ切るのかと思うぐらいに頭を反らせ、目と目を合わせて呟くと。
それまで顔面を押さえ、痛みに悶絶していた腕がスンっと床へ落ちる。
「
そしてやや遅れながら、彼の一言一句を真似て復唱し。
それに合わせて、周囲の生徒たちもまた何事もなかったように立ち上がった。
「はぁっ、くっそよくやってくれたな。おっさんがよッ!」
「いやっすっげっぇ! まじ、先輩の言うとおりにして良かったっすよ」
命令一つ言い間違え、聞き間違えたら死ぬかもしれないってのに、こいつら……互いに魅了まで掛け合ってやがったのか。
リーダーはともかく主導権を握られるほどの価値があるのか、デメリットとメリットを考慮すらしない愚行を覚悟と勘違いしている馬鹿が。
おおかた、銃渡した奴が吹き込んだんだろう。
「うぐぃッ、ック」
傷穴に指を突っ込みながら歯を食いしばっている佐藤が、ガラス片ばかりの靴裏を腹に当ててくる。
弾丸を取ろうとしているのか、確かに体内にあったまま放電でどんどん溶かされていくけど。
子供の覚悟じゃねぇっよ、勘弁してくれ。
「これがすげぇ痛てぇの、知ってるだろ?」
ジュウジュウっと音を立てながら手のひらを溶かし、めり込んでいく弾丸を見せてくる。
「ならよ、これを食ったら一体どうなるんだろうな」
頬を押し、親指をジャッキがわりに顎の骨をこじ開けてくる。
まっずいなぁ…………取り巻き諸共完全復活どころか、暴れた恨みつらみで余計面倒になってやがる。
しかし、このまま何もしないで弾丸を飲み込んだ日にゃ、お腹を開かなくちゃ死んじまう。
倉庫の入り口には男と一緒に戻ってきた女二人だけ。
あとは奥に転がる黒瀬の前に青髪と目の前の佐藤、それと取り巻き多数。
正直、逃げようと思えばいつでも逃げられる。
だって、俺は
「……っち」
佐藤が不意に舌打ちし、見てみると額に血管が一段と大きくなり、掴む力が増す。
そしてそのまま俺の口へ、淫魔にとって毒にも等しい通電している銀の弾丸を放り込もうとした。
「——貴方は最初からクズだったけど……群れないことにだけは変なこだわりを持っていると思っていたわ」
けれど、その動きは黒瀬の声で止まり。
「きっとそうしてしまうほど、貴方は私を恨んでいたんでしょう。
でも、私もここで死ぬほども、巻き込んだ無関係な人を見殺しに出来るほども強くないの」
おいおい、脳震盪を起こしていてもおかしくないってのに、まだ意識があったのか。
青髪も佐藤も頭から血を流し、両手を杖に、ギリギリで立ち上がってくる黒瀬に驚愕している。
「そして命と秘密、それを天秤にかけられないほど馬鹿でもないの」
閉じられていた黒瀬の目から綺麗なピンク色の光が溢れ出し、魔法陣が輝きを放つ。
「「立てよ。そして男たちに伝達せよ、リーダーを捕まえて警察に自白しろと」」
その瞬間、それまで平然としていた男たち……いや、女たちが一斉に動きを止め。
真似をするように黒瀬の言葉を繰り返す。
あぁ……そんな、嘘って言ってくれよ。
まさか、そんな、お前の秘密って、自分が世界一不幸だ、なんて思うなってそういう意味なのか?
「っち、くそったれ」
俺を掴んでいた佐藤が女の子たちに目を配り、一人も残すことなく魅了されていることがわかると毒を吐いた。
つまり……お前の知っていた秘密もそうだったってことか?
「おい、おいおいおい、これはこれはどういうことだ?」
頭を抱え、信じられないとでも言うように俯いて震え出す青髪。
「——インキュバス。そう、私はインキュバスよ。
そして、貴方たちがコントロール役にしている女の子は……全部捕まえたわ」
まだ意識が朦朧としているのか、身体をふらつきかせながらも黒瀬はしたり顔をしている。
「いんきゅばす……インキュバス? そんな、まさか女がそんなことになる……なんて、確かに珍しい」
「はっ、ハハッ! そんな事あるのか?! 傑作っ、傑作じゃないか」
青髪はパッと顔を上げ、笑いを隠せない口を開く。
そして小首を傾げ、指を鳴らした。
「筋力も体力も体格も男の劣等でしかないメスの、唯一の武器とも言える魅了を女にしか使えないなんてカスにも程がある進化だな」
催眠にかかっているはずだった男子生徒たち。
あろうことか、彼らは青髪の合図とともに平然とニヤけ。
青髪を襲いもせずに立ち尽くす女子生徒たちを蹴り飛ばし、倉庫や体育用具へ叩きつけた。
「そんなっ……まさか、かかってないの? ほとんど同じように伝達したのにッ」
先ほどまで形勢逆転を信じていた顔が、
秘密を公開した開放感に満ち溢れていた顔が、
一瞬にして地の底へ。
「勝ったと、僕より頭が良いと勘違いしたかぁ? 本物の井の蛙だな、知識の量が違うんだよ」
何も知らない奴がここに来たとしても、はっきりと分かるほどの形勢逆転。
井の中の蛙
大海を知らず……か。
人はよく言葉を使って、馬鹿にするよな。
こいつも、みんなも、知識が足りないと世界を知らないと。
けれど、視点を変えれば彼女だって希望という海を知らなければ、井戸の絶望をより感じることなんてなかった。
冷たい海の底へ引き摺り込まれ、魚の冷笑が倉庫で幾重にもこだまし、身体を小突かれることもなかった。
それでも本当に、知らないことは愚かだったと言えるのか?
「世間じゃ忌み嫌われても今時、淫魔の世界でも流行りなんですよ——2段階認証」
そうだ、愚かだ。
銃のグリップを持ち、無防備な青髪の背中へ銃口を向け、スライドを握っていた手を離す。
けれど、スライドは戻ってこない。
戻らなかった。
つまり最初から弾は2発だけ、それしか用意されていなかった。
愚かだから、
俺たちは2発しか入っていないことも確認しない馬鹿に、笑われている。