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第10話 そんな出汁の聞いたの知らない

 訳わからないまま散っていく取り巻きたち。

 さっきまで高圧的だった警察たちも、倉庫に立ち入り禁止のテープを簡易的に貼り終えるとあっけなく撤収作業に入る。


 なにも無かった、そう飲み込めとばかりに雰囲気が押し付けてくる。

 気に食わない、気に食わないが、どうしょうもない。

 はぁーぁ、普通の学校生活が始まる、と思ったらこれだよ、これ。

 自分から首を突っ込んだとはいえ、だいぶ面倒そうだ。

 でも……ま、ひとまずは峠を越えたか。


「……あり、がと」


 倉庫を出て、一息ついていると弱々しい掠れ声が聞こえてくる。

 まったく塩らしくなっちまって、顔の怪我とかは淫魔が自然治癒力だけあって治ってきているけど、最初の威圧的な態度はと、どk。

 あ、あれ? 

 俺の身体が……俺の身体がガキに戻って、る?

 警察っ、警察が来たから反応して変わりやがったのか。


「あの、同じような人がいるとは思わなくて……ごめんなさい」


 くっっそ。

 目立たないようにしたかったのに、これじゃまるで恩義せがましく姿を戻したみたいじゃねぇか。


「私は黒瀬、黒瀬 詩」

「そ、そうか、加川 仁だ」


 喉からゲロと一緒に、気はずさまで込み上げてきそうだ。

 大丈夫だよな? そんな図々しいというかぁ? 厚かましく思われてないよなぁ?

 いっそ、逃げる? 逃げちまうか?


「貴方は誰かに依頼された結果、ここにいる……そうよね?」


 わたわたしながら逃げちまうか、そう思っていると張り詰めた空気が辺りを包み。

 逃がさない、とばかりに真剣な眼差しが刺さってくる。

 でも良かった、変な質問されなくて。

 依頼かどうか、依頼かどうかね。

 こんだけ空気を変えるってことは、それだけ重要な事なんだろうな。


「あぁ、そうだよ」


 嘘をつく気はない。

 そう正直に答えると彼女の顔が一気に柔らかくなり、どこかホッとした表情になる。

 なんて単純な奴。助けたとはいえ、もう安心するのか? 前世はカカポに違いない。


「そう、その、どっちの姿が本来か聞いてもいいですか?」


 あぁ、ほら、お前が用心しなかったせいで距離縮めてこようとしてるじゃん。

 答える? 答えずに離れるってのもただでさえ敵を作った今、今後の学校生活を考えると不味いか?

 どっち、わざわざ聞かなくてもそんなの決まってるじゃねぇか。

 わざわざ若いのが年寄りのふりをするか? 未成年喫煙になっちまうだろ。


「わ、悪いが俺は同級生じゃない、お前とは経験していることも段違いの大人だ」

「それならさっきの姿は……? 魅了をかけて認知を歪ませた。いや、それなら全員は可笑しい」


 質問しているのか、独り言なのか。

 微妙な小言をぶつぶつ呟くのやめてくれないかな。答えるべきか、分かんないから。


「歴史上の淫魔が何も発情させて盲目にするだけが取り柄って訳じゃないだろ。

 そっくりそのまま、なんてことはないが火のないところに煙は立たない。近いことは出来るだろうよ」


 彼女を優秀なのかと思っていたが、意外とポンコツなのか。

 こんなに分かりやすくヒントをあげているのに、いまだ答えに辿り着いていない様子。


「ほ、ほら、相手の望んだ姿に変える淫魔の力があるだろ」


 そうなるとこっちも分かる前提で調子乗ってた感じで、恥ずかしいだろう。

 やだ、一般常識を知らないのが、俺の方だったらどうすんだ。


「それはありえない、ありえないわ。

 想像のまま、を紙に描き起こせないのが人間で、増してや赤の他人が読み取って姿を変えるなんて。

 できたとしても長年愛し合った老夫婦が相手の姿になるぐらいで」


 丁寧だった言葉遣いが、一気に戻ったな。

 気を遣われるのは好きじゃないし、いいんだけど言うことまずったかな。


「学校というイメージを浮かべると学生が多いだろ? その認識だけ手助けしてもらって、子供に戻っただけだ」

「集合意識から一部を抽出したっていうの? それ全国のゴミ収取場からダイヤを集めるぐらい……いや、深く聞くのは失礼よね」


「ごめんなさい」と謝る黒瀬は自分のほっぺたをペチペチと叩き、落ち着かせている。

 おけ、普通じゃないっぽいし、もう2度とこの話は他人の前でするべきじゃないな。

 集合意識とかそんな大層なものじゃない、なんて言い訳したら根掘り葉掘り聞かれて、また墓穴掘りそうだ。


「どうして、他の人たちを見逃したんですか」


 少し考えた末、彼女から出てきたのはまたも質問だった。

 てっきり理解してくれて、動くのをやめたのかと思ったけど分かってなかったのか。


「あの時、転がっている拳銃を拾い、ジップロックに入れていた彼の手は。

 もう腰のホルスターにかかっていた。

 サングラスで目元は分からないけど、もう1歩動いていたら間違いなく撃っていた」

「は……? まさか警察が、そんな」


 信じられない様子の黒瀬。

 当然っちゃ当然だな、でも被害者だって自分の口で言っておきながら、近づけば問答無用な攻撃準備の反応の良さ。

 間違い、忠告無視、あわよくば、

 ずっと感じていた違和感の理由があの時、ようやく分かったんだ。


「まったくつくづく腐ってやがるよな、もだ、なんて」

「思えば隊長が入ってきた時、誰が犯人か聞いてた。けれど、警察の数人は真っ先に近づいていた。

 最初から?」


 気づいたか。

 焦りか、連携不足か、それが発生した原因はどっちだって良いけど、怪しさしかない。

 警察の中にも共犯者がいるぐらいの組織、それも俺の入学も知るぐらいの情報網。

 並大抵ではないだろう。


「まぁ、他の警察もいる手前、あの青髪は拘束はされるだろうし、準備もあるからしばらく襲われないだろ」


 安心させるための言葉。だが、それが方便だとは言いながら理解している。

 失敗することも考慮していたら状況は変わるし、あの青髪だって検察が理由なく不起訴にする可能性だってある。


「じゃ、あとは元気でな」


 色々、心配事はある。

 けど、仲良くなろうとは思わない。なり方も分からないので、多少キザになろうと俺はそそくさと離れるとしよう。


「どこに行くつもりなの?」


 そんな俺の背中へ、彼女は空気も読まず愚問を投げてくる。


「どこって、体育館に決まっているだろ。入学式だ」


 隣に立つ体育館の壁をとんとん、と叩き、手を振ってカッコつける。


「入学式って……ここで行われないわよ。昨日の検査後に説明されたはずだけど」


 昨日……昨日の検査は周りの視線とか痛かったし、ちょっかいかけられていじめられてたし、何も頭に入ってねぇよ。

 しかし、困ったな。

 展開が二転三転したとはいえ、俺は割とかっこいい登場をしていて良いキャラになっていると思う。

 そんな俺が良い年していじめられて、ショックを受けてたなんて言えるわけがない。


「失礼を承知なんだけど貴方……まさかひもの世界、行ったことあるわよね?」


 俺が立ち止まって、何も話さずにいると。

 怒っているのかと勘違いしたのか「ごめんなさい、そんなわけないですよね」などとすぐに謝罪が飛んでくる。

 そしてそんな気遣いが、返って背中を突き刺してくる。


 ひものせかいってなに、干物? 干物瀬貝?  

 そんな出汁の効きそうなもの知らないんだけど。


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