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第11話 魔の13階段

 しかし、ここで質問してしまえばメンツが立たない。

 やってみるか、一か八かの大勝負。


「あー、分かるよ、分かる。あそこ海鮮が美味しいよね」

「かいせん……?」


 気の抜けた、どう考えても理解が及んでない綿菓子みたいな軽い声。

 あー、違った。

 ぜんっぜん、海鮮関係なかった。

 もーまじミスったぁっ! こんな事だったら素直に知らない、行った事ない。

 なんなら聞いたことあるだけ、って答えても良かったァァァァァァァァ。


「ごめんなさい知ったかぶりしましたこの歳で何も知らないです教えてくださイィィッ」


 息継ぎの間もない事実を迅速に並べ、恥を隠す妙技。

 妙技かどうかは知らないが、その結果は後半になればなるほど、上擦った裏声で。

 まさに恥の上塗りだった。





「あーもう無理だ、俺恥ずかしくて、もう入学式どころじゃないんだけど。帰りたい、帰っていい?」

「ちゃんとかっこいい、かっこいいですから付いてきてください。ほら、入学式行きますよ」


 黒瀬が先頭するまま下駄箱を素通りし、土足のまま階段を上がっていく中で。

 俺は空気の抜けた人形の如く、手すりに力なくもたれかかっていた。


「本当? 本当の本当に俺、まだかっこいい? ちゃんと俺の目を見て言える?」


 なんのつもりか分からないけど、そんなダルい俺を黒瀬はなぜか置いて行くこともせず。


「言えますよ、かっこいいです」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔で聞いた俺へ、持ち上げるような優しい言葉を投げかけてくれていた。


「あぁ……そんなッ!

 目を見て言う奴は嘘つきだって親父言ってたんだよーっ。嘘つきやん、かっこいいと思ってないよ」

「っち、あーっもう、じゃもうなんて答えたらよかったのよ」


 いい加減面倒になったのか。

 黒瀬は半ばもう無理やり、俺の制服を引きちぎる勢いで引っ張りながら、階段を一段一段と上がってく。

 お尻、痛い。


「全国新幹線鉄道整備法が整備された翌年の1971年、すぐ新潟の新幹線計画が出来たのは知っているよね」


 うわぁ、小難しいこと全部覚えてるなんて優等生かよ。

 全国新幹線鉄道法? そんなん初めて聞いたぞ。

 1981年に開通した事しか知らないし、それでさえ覚えていた自分を褒めたいぐらいだ。


「そんなの一般常識だろ」

「嘘だったら突き落とすわよ」

「ごめんなさい、知らなかったです」


 呆れたため息の後「まぁ、いいわよ」と黒瀬は快く許してくれて、俺の服をぽんっと離した。


「っあ、ごめ」


 突然だったものだから、当然ながら頭を床に打ち付け。

 文句を訴えるように頭を摩ったが、黒瀬は顔を逸らして知らんぷりしていた。


「良い歳して未成年に運ばせ、歩かないのが悪いと思わないのかしら」


 良い根性だ。

 言っていることも、ごもっともでなんも反論がないや。

 しっかし、2階まで運んでくれたようだけど、あんなに生徒がいたとは思えないほど静かだな。

 授業が始まった? にしては早すぎる。

 うーむ、どういうことだ?


「話は戻すけど、その頃に流行ったものに心当たりある?」


 きょろきょろと廊下を見回す俺の疑念を知ってか、知らずか。黒瀬は気にせず質問してきた。

 1970年に流行ったもの? そんな古い時のことなんて知らないが。


「仕方ないわね、ヒントは怪談よ、怪談」


 小首を傾げた俺に、黒瀬は得意げに人指を立ててくる。

 なんかこいつ、段々と馴れ馴れしくなってきてないか? 初動じゃなくて中動ミスったか。


 それにしても怪談ねぇ、怪談というか怖い話なんてたいして知らないんだよな。

 それにわざわざここで聞いてくるってことは、学校だろ?


「そこまで詳しくないから、階段の話とトイレの花子さんぐらいだな。知ってるの」

「そう、その階段、魔の13階段、その出所がここなのよね」


 ふふん、と胸を張り、手のひらを階段の上へ向ける黒瀬。


「へぇー……あんな有名な怪談が新潟発祥で、目の前にあるなんてな。感情深いものがありますな」

「そうでしょ、時系列的に言うなら魔の13階段の噂が広がって、新幹線計画が出来た。

 私も最初に聞いた時にびっくりしたわ」


 なるほど、確か13階段の階段の噂には悪い子にしか見えないってあったな。

 淫魔なんて存在自体が卑猥な塊が作り出して、お偉いさんたちにまで広がったと。

 腕を組んでうんうん、と妙に納得した俺は頷き。

 「じゃ」とさよならを伝えて階段を降り、帰ろうとした。が、襟を掴まれる。

 そのまま何度か、前進して脱出を試みたけど、びくともしない。

 つえー、力強ぇ、腐っても淫魔適性が高いだけあるってわけか。


「ほら、数えてみると良いわ」

「え、嫌だが?」


 味見したらどう? ぐらい軽く言ってきやがって。

 怪談が嘘だったら信じてやがるの、って馬鹿にされるし、本当だったら本当に嫌だろ。

 これ以上、格を落とさないためにも正解は沈黙、クラピカも沈黙で賛同してくれるはずだ。

 でも、まぁ、一応数えてみるべきだよな。

 違ったら、違ったで、ね。

 いーち、にー、さん………………じゅーいち、じゅーに。


「ね? 12段しかないでしょ、行くわよ」


 本当に12じゃねぇ。

 え? ここから増えんの? そんな訳ないだろ。

 物理法則どうなってんだよ、質量保存の法則は?


「いくって、行くってどこに」

の世界よ」


 さっきは「ひも」って言ってたのに、今度は「うし」かよ。

 言っていることが、支離滅裂すぎ……まさか。


「お前、魔の13階段の妖怪か?」


 熟考した末、導き出した問いをぶつけると白けたような目を返される。


「もういいわ、わかった、私が先に行けば安心するわよね」


 付き合いきれない、とスタスタ階段を上がっていく黒瀬は3階に足をかけ。

 もう一段、上に足を上げるような動作をするとともに身体がどんどん消え。

 やがて、最初からいなかったように静まる。


「え……ちょっ、え、おーい?」


 上に問いかけても、答えが返ってこない。

 試しに靴を脱いで、思いっきり投げるが屋上のドアにぶつかる。

 いつの間にか、魅了されていた……あるいは魔法陣を用いた魔術の一種か?

 怪談の定番なら、黒瀬は既に救えなくなっていて、人を集める餌だな。


「あいつ、高飛車で悪い感じだったもんな。こんなあっけない最後だなんて。

 人ならともかく、報われない最後だった」


 両手を合わせ「波阿弥陀仏」と安らかに眠れるよう、せめてもの気休めを。

 直後、真っ白い何かに頭が吹っ飛ばされた。


「————ッタァッ?! 紐の、紐の硬いのが目にぃぃぃぃいッ!!」

「なによ、こっちだって痛かったわよ。

 急に投げてッ、見えなくてもそこにいるんだから!」


 ゴロゴロ転げ回る俺を見下ろし、同じく赤くなった顔を押さえ、黒瀬が階段を降りてくる。


「いるならいるで言えよ! 1人にしたら怖いだろ!!」

「はぁ……分かった、分かったわよ。

 やっぱり、情けない大人を運ばなければいけないようね」


 仕方ない、とばかりに呆れている様子の黒瀬は降り、俺の襟を掴んで。

 最初の時のように1段、1段運び上げてくれる。

 気分はそう、怒られて首を掴まれた猫だな。


「お、お前、妖怪だったらあれだぞ。殺すからな、俺を舐めるな」

「はいはい、全くもう……そんなに怯えなくても良いわよ、恐怖を取り除いてファンタジーに分かりやすく伝えればよかったわね」


 なにを言っているのか、よく分からないまま気がつけば12段目まで差し掛かり。

 俺を掴んでいた黒瀬は腕だけ残して、消えている。

 ——というか、俺が投げた靴……まだ屋上の前に落ちているんだけど。

 どういうことだ? だって俺の手にも、さっき黒瀬が投げ返してきた靴があるってのに。


「つまるところ魔の階段ってのはね。

 広まってしまった噂を逆手にとり、意図せず適性を持った人が13段目を上がらせないよう、怖くして人払いした入り口で」


 耳元で黒瀬の声が聞こえたかと思えば、襟に力がこもり。


「え……なに、なにする気。

 まさか、そのままぶん投げる気じゃないよな?! やめろ、やめてェェェェぇっッ」


 遠心力がついたまま、楽しそうな黒瀬の声とともに俺は宙を巻い。

 つま先、

 足、

 股間、

 手先、

 胸、

 どんどん身体が消えていくのを無力に眺め、やがて頭すら飲み込んで。


「魔の13階段はファンタジーに言うと2と13/12階よ————ようこそ、魔法界『リヴェルシア』へっ」


 視界が途切れる中、最後に聞こえたのはテーマパークに来たってぐらい。

 すっごく、それはもうすっごく、生き生きした黒瀬の声だった。

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