ズザーっと顎から落ち、お尻を突き出した滑り台のような形で突っ伏す。
顎が割れてないか、手で確認しているとキラキラと華やかなものが視界の隅をちらつき。
「お……? なんだ」
自然と目で追って、顔を見上げた。
「自然もなさそうな場所に、蝶?」
ルビー、サファイア、ラピスラズリ? 俺の知っている宝石なんてそれぐらいで他は知らないけど、とにかく宝石と見間違ってもおかしくないほど綺麗な蝶。
「というか、ここどこやねん」
辺りは路地裏のような薄暗く、湿った1本道。
後ろは鳥居があってそれを仕切りに、さっきまで居た学校の階段が歪んで見え。
前方には登り階段があり、色とりどりな現代風な店の看板、それと時折、先ほどの蝶々が横切っていく。
賑やかな人の声が聞こえるし、上に出店があるのか?
「そこ、早く退かないと
想像だにしなかった状況、情報に。
初めて生まれた街を離れ、電車に乗った時のような、冒険心にワクワクし始めていた。
空気を読まない黒瀬が俺の足元を指差し、茶々入れてきた。
「退くって、まるで何かに乗っているような事を言ってビビらせるなよ。
下にはなんも、なん……も?」
汚らしい地面を触りながら喋っていると、模様が変わった気がした。
まるでキノコのような繊維状な模様が幾つも中央へ向かっているような……。
体制を立て直し、立ち上がった少し横に動くと合わせるように黒い模様が動く。
「それ、魔の13階段の目——きゃっ!?」
「きっもっ?! は?!
なに、湿った地面だと思ってたけど馬鹿でっかい目だったのッ?!!
俺ずっと馬鹿でっかい目と合わせていたの?!
というか、なに。
よくよく見たら鳥居の柱にも目がいっぱいついてんじゃねぇか、キモすぎんだろっ!!」
数えるのも馬鹿らしくなるほどの目、それが各々自由気ままに瞼を閉じたり、眼球を動かす。
「だぁーくっそ! そうか、そういうことかよ」
完全に理解した。
学校で途中から人気がいなくなったと感じたのも、この目が原因か。
階段の特性上、人はどうしたって登る時に視界へ階段を入れざるを得ない。
最後の段に魅了効果のある目玉をしこめば、どこかのタイミングで掛かるよな!!
そしてあくまで階段と認識していたから、魅了耐性もへったくれもない。気を許した状態と同じになってたのか。
防げねぇだろ、こんなの。
いや……防げるか。
両津勘吉の早撃ち記録の0.009秒より速く、階段にただのクソ馬鹿デカぇ目がついてるって認識できればな!!
「まぁ、気持ちは分からなくもないわね。盾にしてくるのは気に食わないけど」
目たちから視線を切るため、後ろに隠れたことを黒瀬は不服そうにし。
「行くわよ」と半ば合意に身体を押し、階段を登らせてくる。
「なぁ、あんな目どうやって作ったんだよ」
「さぁ? 魔術理論は分からないけど、色んな人たちが協力したのは確かね」
目は魔法使い、鳥居は神社本庁の連中が絡んでそうだな。
神社本庁はともかく、魔法使いは国家転覆を狙った末に吸血鬼と同じ末路を辿ったって学んだけど……こっちでぼちぼち生きてるのだろうか。
「ち・な・み・に、元々は世界最大ダイオウホウズキイカの目よ。27cmと言われているらしいけど30cmだったわ、大物ね」
「わざわざあんなの測ったのか、キモいな」
階段を登っている俺の足が、抗議で蹴られる。
「気持ち悪くても方法は凄いわ、出来るなら解剖もしたいぐらいなのよ」
好奇心旺盛だな。
まだこの世界は知らないけど……それでも怒られるどころじゃないってのはなんとなく分かるぞ。
「うぉお、おぉぉ??
もう、なんというか、もう言葉が出ねぇな」
もはや驚くのがデフォルトなぐらいになってきたので、かえって落ち着きを取り戻している。
『魔力のない人間がここで得た情報を意欲的に流出させようとした場合、一過性全健忘、解離性健忘、または軽い脳障害に類する事象が発生することがありますのでご注意ください』
ここは3階……魔の13階段があったスペースも含めると、4階か。
頭上のスピーカーからは駅の時から聞き馴染みのあるアナウンス声で、魔力がない人に対して物騒なことを話していて。
出店と思っていた場所には、塗装されたコンクリートの地面がどこまでも広がり。
まだ8時ぐらいの朝の明るい中だってのに色鮮やかなネオン煌めく店たちが、競い合うように主張して入り乱れていた。
「いらっしゃいませー、良かったらお兄さんよってかない? マッサージさせたげるよ」
「ほんのりおしゃべりキャンディ、どきどきチョコレートなどを意中のおみあげにいかがですか」
街行く人たちはコミケか、ってぐらい様々な派手な格好をした男女がいて。
スイーツ店やお土産屋さんなどが立ち並び中を、尻尾や羽も使って淫猥に波打ち、器用に客引きをしていた。
「イタリア=赤
ブラジル=オレンジ
中国 =黄色
スペイン=緑
アメリカ=青
ドイツ =紫
フランス=白
そして日本、ピンク」
なんのことか、分かる? と言いたげな視線。
途中まで分からなかったが、最後まで言われたら気づかないわけがない。