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第14話 魔術道具屋 ろっと⭐︎らぼ

「っお、入学おめっと。もしお困ってたら、軽く案内するけど必要か?」

「大丈夫、学校の場所も分かってるから」


 スーツをきっちり身につけている印象とは反対に、男はびっくりするほど軽口で聞いてきて。

 それを黒瀬が軽くあしらうと、彼はそのまま「そかそか」とまた壁へ寄りかかり、スマホで時間潰しを始めた。


「あの、俺は案内して欲しいんだけど」


 気がつけば黒瀬に案内されていたが、最後までしてくれる保証もない。

 ここはこの男に頼んで別れるのもありだな、そう思って頼んだが肩をすくめられる。

 いや、頼んでるんだから「はい」か「いいえ」で答えて欲しいんだけど。


「私がいるから必要ないでしょ。色々見て回る時間もあるだろうし、行くわよ」


 そして深く聞こうとすると肩を叩かれ、振り返ると黒瀬は急かしてきていた。

 これは案内係にカップルか、何かと勘違いされたかもしれないな。

 でもまぁ、最後まで案内してくれるってことなら、任せるか。


「その、どうして俺に構うんだ?」


 歩きながらずっと考えていた素直な疑問を聞くと、黒瀬は不思議そうに小首を傾げた。


「だって貴方、私を守るためにいるのよね?

 どっちみち近くで護衛としている気なら、案内ぐらいしてあげるわよ」


 前略、中略、ぐらい省いた結論だが、間違ってはいない。

 そして言い返さないところを見ると、黒瀬は嬉しそうに微笑んでいた。

 まぁ、その微笑みはこっちを向く前から表情が緩んでたから、俺ではない誰かへだろうな。

 若干だけど横に並んでいることに申し訳なさと、居心地の悪さを感じてきたぞ。


「それにしても新潟が淫魔の総本山とは知っていたけど、こんな街まであるなんてな」


 街行く観光客らしき私服の人々は、一目見ただけで世界各国から来たと察せられた。

 だって、国際色豊かな髪色や掘りの深い顔立ち、肌の色など一括りに出来ない混沌さで賑わっていたから。

 それでもただ一つ共通点を見出すなら、それはきっとお金持ちってことだろう。

 結構な割合で年収、下手したら生涯年収ぐらいしそうな高級腕時計やアクセサリーを身に付けている。

 ぶつかったら死ぬまで返済地獄になっちまいそうだ。


「国のお偉いさんもいたけどボディーガード、SPはつけないのか」

「性欲を発散したい人間と、成長したい淫魔、利害の一致でWinWinの関係よ」


 黒瀬はもう察せるでしょ、と続きを言わなかった。

 それでも重要人物なら……と思ったが、あの人も別にSPつけるほどでもなかったな。寝てるだけだし。


「それに淫魔の街よ?

 最初は不安でも慣れてくると口止めまでして、性癖開示する方が少ないわ」


 それも……そうだな、SPなんてその日その日で変わってしまうような人たちだし、面倒か。

 普通のボディーガードはここじゃ役立たずだし、淫魔も人間も情報流出のリスクまで背負って連れ歩くメリットは少ない。


「それにしても最初はパンツ一枚の変態かと思ってたけど」


 その原因は分かってきたよ。

 なぜなら、たった今も首筋を流れ落ちる汗で服の中を、脱ぎ捨てたいぐらいにびっしょりながれる汗が。

 どおりで性という街でも劣情を誘うのは、店員だけでいいはずなのに制服姿の学生を除けば、ほとんど薄着なわけだ。

 まだ春先で肌寒いと思ってカーディガンを着ていたけど、ここの気温は25度ぐらいあるんじゃないか。

 条例とか、決まりとかじゃなくて、温度で間接的に衣服を指定してやがるんだ。この街は。


「っあ、ごめんね、忘れてたわ」


 髪から垂れ落ちた汗を見た黒瀬は突然、がっつり肩を掴んできて。

 親権な眼差しで何度も乳首をグリグリ、グリグリと人差し指で押し付けてきた。


「はぁ?! ちょっ、なにして、ぁぁんっ」

「変な声出さないでくれるかしら? 制服、快適になってない?」


 黒瀬に指摘された途端、

 服の中が冷蔵庫のドアを開いて顔を覗かせた時のような、そんなじんわりとした冷たさを感じることに気づく。


「学校のエンブレムがスイッチになってるのか」

「そうよ、変な勘違いしないでよね」


 制服を引っ張り、胸ポケットについているエンブレムを確認する。

 歯車の中に凸みたいなよくある学校の校舎、それに7時50分あたりを指してる時計があるエンブレム。

 試しに指で撫でてみると、歯車の模様が動き、制服の中の温度が高くなっていく。


「へぇ……高度な魔術だな、温度の検知はどうしてんだ?」

「こういうものに貴方も興味あるなら、ちょうど良いし、あそこ入ってみる?」


 黒瀬が指差すので、その先を追うと一段と古い看板が見え。

 『魔術道具屋 ろっと⭐︎らぼ』と書かれた店先には、崩れ落ちたのかと思うぐらい統一感のない商品がズラーと転がっている。


「魔法道具屋よ、面白いものが見つかるかもしれないわ」


 魔法か、魔術なのか、どっちか統一して欲しいんだけど。

 まぁ、確か魔術の方が空気中の魔力を魔法陣が吸収し、効力を発するものだったはず。

 主に魔法使いが一族代々、模様を受け継ぐとか聞いたが……残り物を売っているのか?


 『ろっと⭐︎らぼ』

 lot、たくさんのラボって言うからにはそうなんだろうな。


「薄々思っていたが、ここには魔法使いがいるのか?」

「魔法使い知ってるのね。そうよ、淫魔が大多数だけれど、少なからず他の者たちもいるわ」


『は』か。

 魔法使いたちは昔、教会と戦争を起こして以降、絶滅が噂されるほど犯罪事件に関わらなくなっていたからな。

 それなのに元の社会しか知らなかったくせ、魔法使いは知ってる奴。そんなのはここを知っている者より、遥かに珍しいだろうな。

 淫魔や魔法使い、神社本庁を目撃したとて、ネットに上へ動画を投稿したとて。

 警察がカバーストーリーを作って、記憶操作が基本だしな。


「時間にはまだ余裕あるわけだし」


 くるっと黒瀬は方向を変え、俺を置いてそそくさと店内へと入っていく。


「確かに時間あるけどs……ま、いいか」


 商品の反射から見えた黒瀬の顔に、言いかけた言葉を飲み込む。

 次から次に手に持ち、確認する黒瀬からはこっちを気遣う意志は微塵たりとも感じない。

 ただ子供のように目を輝かせて楽しんでいるようだった。

 自分が見たいだけ、か、子供らしい所があるじゃないか。


 どうしてそんな子が……命を狙われなきゃならねぇんだろうな。

 それほどまでの罪を犯したのかと思っていたけど、そんな犯罪者がこんな無垢な顔をできるとは思えない。

 何の因果か、真逆のインキュバスで親近感も湧くし……隣で馬鹿やってあげよう。


「ん、なんだ? この布切れは」


 商品の合間……というより、机に落ちかけていたハンカチ程度の布切れ。

 それを何気なく引っ張って持つと自分の手が無くなり、机が見えた。

 え……消えたんだけど。


『陰謀論な透明ハンカチ』


 少し遅れて商品の名前を見て、思わず胸が高鳴った。


「ドラえもんでもハリーポッターでもあった透明マントみたいなの売ってんの?!」


 凄い、淫魔の街だからR18的な変態的な道具しか置いてないと思ったら、伝説級の道具が置いてある。

 これを使えば女風呂覗き放題じゃねぇか。

 あ、それならR18のアイテム道具だからあってもおかしくないか。

 それにしても魔術っていうのは凄いな、こんな事まで出来るなんて。


「な、なぁ、これ、これを見てくれよ! これ透明に……透明、とう……トゥメィ……?」


 自分の頭に少し被せ、黒瀬に確認を取ろうとした。

 けれど、ウキウキだった俺の声は徐々に細まって、最後には風船の搾りかすになった。

 だって何故か視界の隅に映った黒瀬の足が、だけになっていたから。

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