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第15話 大人には正解が分からなくても決断をしなければならない時がある

「透明? 透明がどうしt……貴方頭が欠けているけれど、もしかして透明マント……?

 掘り出し物じゃない!? 私にも貸して!!」


 目線を上げるつもりなんて毛頭なかった。

 だというのに、興奮気味に近づいた黒瀬のせいで否応なく、否応なく視界に入っちまった。

 ピンクのリボンが二つ付いた大人っぽい黒いレースの下着が、白い肌と柔らかな身体を際立たせ。

 ブラックホールがあると勘違いするほど、抗おうとしても目が吸い付く。


「ご、ごめッ」


 制服で誤魔化されてるだけで、プロポーションはどうせ大したことない。

 そんなことを思ってました、綺麗です、よく鍛えています、モデルかよ、ごめんなさい。


「どうして謝っているの、それより手を離してくれないかしら」


 俺の持っていた透明マント……いや、透明ハンカチを奪おうとして黒瀬がクイっクイっと引っ張って。

 下着で持ち上げられた綺麗な胸が、より一層と目の前に。

 不味い、不味い、これを奪われてみられていたことに気づかれたら、絶対に知らない街で捨てられる。


「ちょっと、少し使わせて欲しいだけじゃない。何をムキになっているの」

「そんな喧嘩せずとも、その失敗作が気に入ったならまだ試作品はあるぞ」


 しばらく両手で引っ張り合う攻防が続き、疲労困憊状態になっていると奥のカウンターから男の老人が現れ。

 あろうことか、その手にはもう1個のハンカチを持っていた。

 まじか、まじか、まじかまじか、不味いって、不味すぎるって。


「わざわざすみません、ありがとうございます!」


 老人から受け取った黒瀬は早速自分の手に被せ、透明になったことに目を輝かせ。

 俺がそれを奪おうとすると、察したように身体でガードした。


「凄い、凄い凄い凄いっ! これ、もっと話題になってもいいはずなのに」

「試作品はあくまで試作品、失敗作じゃよ」


「今渡したものは2個目のもの、透明にするのは良いんじゃが全部透明にしちまうんじゃ」


 それの何が悪いのか、分からない様子の黒瀬は俺の真似をするように被り。


「ちょっ、なに、なにっ?!」


 まるで落下するように膝から崩れ落ち、姿勢を保とうと手足で床を抱いた。


「布を介して反対側を透明にさせる魔術なのじゃが、内側から見ると地球や宇宙の全てが透明になるんじゃ。おそらく高次元が見えてもうてる」


 すぐに取った黒瀬はハンカチを商品棚へ半ば投げ捨てるように放り投げ。

 静かに頭を抑えながら、老人の話を聞いていた。


「貴方、凄いわね……そんなものが見えながら平然をよそえるなんて」


 そしてなにやら俺も同じものが見えていると勘違いしたのか、褒めてくれる。

 平然を装ってはいるがベクトル違うんです。ごめんなさい。


「いぃや、彼が持っているのはそれを考慮し、透明する物体に制限をかけたものじゃが」


 クソジジィが余計な説明しながら、俺のハンカチを制服の上に被せる。

 すると、制服だけが消えてカーディガンだけを見に纏った腕になった。


「ご覧の通り、複数の魔力物質で構成されていたら外側の一部しか透明化しないゴミ。もう開発はやめた」


 制限した結果、透明マントとして破綻してしまったのか。

 それはそれとして、どうしてくれんだ?

 これで彼女に気づかれたら下着姿見た責任とってくれるんだろうなぁ? あぁん?


「物事を一枚剥がしただけで真実を背負うあたり、陰謀論とそっくりじゃろ。

 だから、この失敗作は陰謀論なハンカチじゃ」


 上手いこと名付けたじゃろ? とでも言いたげに「ほっほ」と笑った老人は、ヨボヨボしながらカウンターの奥に引っ込む。

 くっそぉ、人の気もしらねぇで腹立つ。

 陰謀論っていうか、淫暴露じゃねぇか。

 失敗作っていうか、これもこれで別ベクトルの変態な布が出来ちゃってんだよ。

 というか……あれ……もしかして、あのジジィ気づいてない?

 このハンカチの夢に発明者も気づいてないのか?

 売れるよ、透明マントとしては失敗作だけど別の大発明しちゃってるよ。


「凄いけど、それなら確かに失敗作……」


 黒瀬の視線が俺の持っていたハンカチに向いたかと思えば、顎に手を当て考えるそぶりを見せた。

 っぁ……ぁぁ、不っ味い、なに考えてるの、なにも考えてないよね。

 ゴクっと喉が勝手になり、身体が強張る。


「呆れた。頭に被ってから様子がおかしかったようだけれど、貴方


 そして結論に至った彼女は胸元と鼠蹊部付近を少し隠す。

 だけど、あからさまにはこちらを攻めている感じはしなかった。


「いや……見たというか見てしまったというか」

「そうでしょうね、子供みたいにウキウキしながら私に声をかけていたもの」


 なるほど、最初から下着を見る気なら、声なんてかけない。そう結論づけてくれたのか?

 興奮することもたまには役に立つな。

 というか、あれだな。

 意外と物分かりが良い? 寄り添ってくれてる? 体付きじゃなくて、心まで綺麗とか、良い女だ。


 ま、そこを分かってくれたのはいい、いいが。

『自分はウキウキしてなかった』みたいに感じはこちらとして許せないな。

 やれやれ、そんな顔してるけどお前だって興奮してたからな。


「なに、言いたいことあるの?」

「はしゃいでたのはお互い様だなって」


 我ながらみみっちい、そう思うも言い返す。

 当然、それに対して黒瀬も大人が小さいことを気にするなんて……と驚いたように動かなく、なく……動かなくなった。

 動かなくなった上に、顔が徐々に赤くなった。

 そして俺の視線に気づくと、パッと腕で口元を隠した。


「べッ、別にそこまでしてなかったわよ、貴方に合わせて初心に返ってあげたの」


 え……ぇぇ、もしかしなくても照れてる?

 下着姿見られたことには赤面しなかったっていうのに一番照れるとこ、そこぉ? そこなのぉ?

 今時の子は貞操観念どうなってんだ、心配になってきたぞ。


「お前、綺r」

「お嬢さん、何にそげ怒ってるのかわかんねぇが許してやったらどうだい。

 せっかく綺麗な顔が台無しじゃよ」


 綺麗な身体を大切にし方がいい、そんな事を言おうとした矢先に言葉を奪われる。

 見てみるとカウンターの老人が勝ち誇ったような顔で、俺を笑っていた。

『若造が、女の扱いが分かってないな』

 声に出さなくてもそんな風に馬鹿にされたと分かった。

 でも、俺の心は平穏そのものだった。

 別に狙ってなかったっても大きいが、なにより店主が何気なく言った言葉、それが地雷だったと察したから。

 誰が見ても黒瀬の顔から正気が消え、目を閉じ、我慢しているように手を振るわせていたんだから。


「どうしたんだ? 大丈夫か」


 何が地雷かは分からないが、明らかに不機嫌になってる。

 探りを入れると、彼女は少し落ち着きを取り戻してため息を吐いた。


「私、綺麗や可愛い、かっこいい。そんな無価値な形容詞は嫌いなのよ」


 あっぶねぇ……助かったぁ。

 爺がいなかったら俺がその地雷を踏むところだったぜ、サンキュー!

 話内容が聞こえていたのか、老人も豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をして引っ込んでしまったよ。

 そうだよな、そうりゃ、そうなるよ。

 誰が容姿を褒めることを地雷だって分かるってんだ…………というか、耳いいな。


「綺麗な花には棘があるっていうだろ。

 大抵の事は目を瞑ってもらえんだから価値はあるんじゃないか」


「そうね、でも枯れた花は捨てられる、のよ。

 それは花を愛で、讃歌を作れる偉人だって同じ。

 形容詞なんて言葉はね、使われれば使われるほど…………薄っぺらいのよ」


 ちやほやされてきたけど、何か要因があって捨てられた。そういうことだろうか。

 もはやどんな想いも、お金がかけられても、賞賛なんて心に響かないんだろうな。

 一時的な容姿に対する賞賛は彼女等しく無価値。まぁ、言っていることも分からなくはない。

 綺麗な花には棘があるって言った奴は、花が落ちて棘だけになったら捨てんだろうな。

 発案者ならともかく、借り物で耳聞こえのいい言葉を使う軽い男なんてのは特に。


 ほほーん、しかし、ここは悩める思春期に大人の見せ所って奴だな。

 時代遅れの老人には分からないかもしれないが、こういう時はな。

 別に下着姿を見たからって評価が上がったわけではない、そう遠回しに伝えるのが最も良いってもんよ。

 とんとん、っと背中を羽毛イメージしながらたたき、安心させるためにさする。


「大丈夫、そんな不安がらなくいい」


 物ありげな表情で振り返る黒瀬に、サンタマリアのような母性溢れるサムズアップを送る。


「そこまでお前の体はな、大したもんじゃなかったぞ」

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