「ち、違うよぉ? 俺、そんな性癖があるとか、そんなじゃないしぃぃ? どっちかというと貧乳が好きだしぃぃ?」
母親へ甘えたい欲が人並みに蓄積されてたっていうのか。ありえねぇ。
愛情なら、普通の家族にも負けないぐらい注いでもらったんだ。
疑問に思ったことはあれど、不満に思ったことは一度たりともない。
「そのサングラス、持ってってえぇぞ。見たくなぇものを見なくて済むからにゃ」
「商品を試してて何も見なかったし、聞こえなかったわ」
ニヤつき、同情してくる老人はまだいい。
顔を背け、見ないふりをしてくれている黒瀬の優しさが痛い。
「いらねぇよ、こんな役に立たねえサングラスっ! 俺はこんなのに覚えがない、爺さん嵌めやがったな!!」
そうだ、嵌められた、インチキ、そうに決まってる。
だって、これは明らかにオーバーテクノロジー。
他人の欲望や好みを読み取ることが人間すら難しいってのに、魔術で言語化なんて……ま不可能。
つまり鼻っから嘘の可能性が高い、店の裏に誰かいて、陥れられたんだ。
けど、そんな主張をする俺に対し、老人は落ち着いた様子からスマホを取り出す。
「ChatGPTが読み取って、絵を出力してるだけじゃよ」
そしてプランが映し出された画面に、俺は言葉を失う。
「ChatGPT……? どうやって」
「イメージの抽出さえできれば、後は画像認識させりゃ適当にストーリー作ってくれる。
ま、3%ぐらい抽出できれば良ぇってところじゃな、飲み会用に意外と人気じゃよ」
おっのれぇぇ、OopenAIッ!
なんて余計なものを作りやがってぇぇぇぇッ! 絶対に、絶対に許さねぇっ!
おかげで俺の印象が、俺の印象が赤ちゃんプレイが好きな大人になっちまったよッ!!
「へぇ、科学と魔法? の融合って訳ね。凄い」
「むッはっは、せじゃろ、せじゃろ」
四つん這いになって地面を叩いている横で。
黒瀬はスカートをたくしあげ、しゃがみ込んで、呑気に破片を見ていた。
「そういえば……貴方壊しちゃったけど、これ高いんじゃないの。お金、あるわよね?」
そしてふと、すっかり忘れていたことを聞いてきた。
「っあ」
やっばい……壊しちゃったんだけど。
金なんて……金なんてほとんど持ってない。
警察が掲示板に貼った依頼をその都度その都度受け、食うのすらやっとの日雇いみたい仕事をしてんだ。
高校に入ったのも……衣食住の無償化って聞いたのが大きいってのに、金なんて。
「えぇ、えぇ、弁償なんかせんで。まだ裏に4台ぐらいあるわい」
血の気が引いていたところ、それを察してか、知らずか。
実に人情ある老人は景気良く笑って断ってくれた。
「ありがとう、じじぃの思いは忘れない」
別にいらないサングラスをせめてものお礼として受け取り、感謝を述べ。
「わしは別に死んどらんよ。ほんでそれはいるんや」
制服の内ポケットに突っ込んでいると、ボソッと爺さんからツッコミが入る。
「貰えるものは貰っとこう精神なんで」
「壊しといて、よくも恥ずかしくないわね」
それに対して補足という名の言い訳していると黒瀬がチャチャを入れてきた。
「お前、どっちの味方なんだよ」
「私が貴方の味方するのが当然、みたいな返しをされても困るわ」
よし、よしよし、上手い具合に話をサングラスにシフトさせたな。
ちょろいもんだぜ、まったく。
「助けてあげたんだから、感謝を態度に示してほしいもんだな」
「態度になら示してるじゃない? ち、乳離れ出来てなくても、変な目で見てないのだから」
言うや否、っふっと鼻で笑った黒瀬は別の商品で顔を隠して誤魔化した。
ははぁーん、てめぇ、わざとか? わざとだなっ!
今、てめぇはわざとほじくり返して俺にダメージ負わせようとしたな。
あーぁ、もうやる気なくなっちゃったなー。
どうせ金にならない仕事だったし、ここでクソガキとおさらばしようかな。
しゃがみ込み、わざとらしくいじけて見せるが、黒瀬から謝罪の言葉はない。
よし、じゃここでお別れだ。
俺は俺の青春を取り返すため、お前とは別の道をいく。
大人のいじけた汚さ、略して意地汚さに恐れ慄くと良い。
と思い立ったが、黒瀬は顔を隠しているんだから、そもそも見えてないんだった。
無意味、無価値、ただ見た目が子供の大人がしょげでいるだけ、恥ずかしくなってきた。
いつの間にか、爺さんも店の奥に引っ込んじゃったし……。
まてよ、見た目は子供……それってコナン?
俺って馬鹿なコナンになってるだけじゃないか?
確か工藤新一は高校2年の17歳で、コナンは小1だから6歳だから差は11歳。
24歳だから15歳、9歳の差……良かったぁ、先輩より年下で。
「その制服を
シャキッとしろ、シャキッと、時代の始まりゾ」
仕方ない、もっと露骨にするべきか? なんて思っていると影がかぶさり。
上から自信に満ち溢れ、透き通った男の声が聞こえた。
誰? って思ったけど、ここは店なんだから普通に考えて客が来たのか。
変な奴が来る店、とこれ以上迷惑をかけるわけにもいかないから、切り替えよう。
「世の中、やれ新品やら、ブランドがどうたら、まるで自分より服が上みたいに持ち上げる奴がいる。
けどな、服なんてものは雑に振り回すぐらいが丁度いい」
髪はオールバックで、1束の前髪だけが自由に跳ね回り、シャープな顔立ちはいかにもやり手な営業マンが愛用してそうな縁無し眼鏡がよく映える。
羽織っているジャケットは小刀が入ってるんじゃないかほど角度のついた肩パッドで、カラス避けのCDぐらいキラキラと無数のスパンコールが付いてて眩しい。
中に来ているスーツは中心から放射線状に広がる虹色な模様で、それだけで人物の異常性と目立ちたがり度合いが察せられた。
だが、一番目に焼き付いたのは有象無象な上半身などではなく。
その下半身、だった。