え……きんたま?
いや…………そんなわけない、見間違いのはずだ。
興奮しすぎて、変なものが見えちゃったんだな。きっと。
目を閉じ、ゆっくりと心を落ち着けばいい。
心を落ち着かせることに関しては一級なんだ、舐めないでもらいたい。
なんせ、俺は週1でいつも瞑想みたいなことをしている。
それをここで——トレースすればいいッ!
さぁ、想像しろ。
自動ドアが開き、必要ないのに雰囲気作りってだけでガシャガシャうるさい店内に並ぶ豪勢なmaccchine。
0.1パチに群がる、時間の有り余った年寄りたちを超え。4パチが見え、財布の中を確認する。
所持金は札が数枚、運が悪ければ10分そこらで有り金は溶けちまう。
座るか、座らないか、まるでそこにあるように勝利の過程をイメージし、妥協で1パチの台に座る。
呼吸を整え、ハンドルを握り、いざ、尋常に。
発射口から、真ん中の玉へ、淡々と流れ落ちる玉を、ただ無心で眺める。
一つ、二つ……玉が森を潜り抜ける音に、手から伝わるピストンの細やかな振動と心音を重ねる。
タバコや電子タバコの煙が漂よう中、鼻をくすぐるのは春らしい無垢なる新台の香り。
ッあ!
さっきの4パチ、歯抜けジジイが打ち始めてすぐ当たってやがるッ!!
ざけやがって、ちょっくら下剤でも差し入れてくっか。
よし……頭の中がだいぶパチンコ玉になって落ち着いたな。
ここいらで、もう一度凝視すれば……金玉は消えるッ!
中国の股割れズボンみたいに、前方の局部だけ開けたような、そんなズボン。
そこから露出するのは、はち切れんばかりの膨らみ二つ、それを支える刺繍が入った綺麗な布。
間違ってなんかいなかった。
この、突然現れたクラーク博士ばりに姿勢良く『少年よ、大志を抱け』と指さす男の下半身は。
金玉だけ穴が開いているズボンを履いて。
風が吹くたび、笑うたび、息を吸うたび、ブラブラと揺れ。
「触りたいのか? いいぞ」
ハンドルを握る動作を勘違いしたみたいで、男は股間を突き出してくる。
なので、中指を立ててやった。
が、男は効かないばかりか「ふ、金玉ポーズっ」などとほざいて、なぜか嬉しそうにしながら中指返ししやがった。
「な、なぁ…………なんか、変態がいるんだけど」
「この街じゃどこ見たって変態しかいないの、そんなので驚いてたらキリないわよ。
だから、赤ちゃんになりたい言い訳なんてしなくて良いわ」
本能的に話が通じないタイプかもしれないと黒瀬に助けを求めるも、見向きもしないで
ダメだ、こいつは役に立たない。
いや……しかし、もしかして、そういうことか? そういうことなのか? 変態しかいない。
言葉通りに捉えれば、このぐらいの露出をさせる奴はごろごろいるってこと。
そうだよな、淫魔の街なんだからこれぐらいで驚いてたら、舐められてしまうかも。
そしたらどうなる?
女を魅了できないばかりの俺に、もっといじめられる口実が出来ちまう。
考えろ、思考しろ、天秤にかけ、この金玉男に取るべき最善策を導き出すんだ。
「どうも、加川だ」
「ほほぅ、なかなか礼儀ある若者じゃないか、
馴れ馴れしく近づいてきて衣谷は、肘で小突いてくる。
小突いて、
小突いて、
小突いてきた。
反応がしないのを良いことに、ずっと刺してきて、辞める素振りが見えない。
「っち」
良い加減、頭に来たので今度は俺の番だと小突き返し。
なにを思ったのか、彼の小突きは強くなり、2人でちちくり合い、その間も彼の金玉は揺れ続けていた。
きっと、こういうくだらない事をできるのが平和なんだろうな。
ゴンきつねを評価した名高い人が見れば金玉は2個、つまり『ピースの比喩』で実に平和的な光景って褒め称えそうだ。
『金玉は揺れている、というのも実に素晴らしい。
これは振り子時計を連想させ、振り子時計とはつまるところ鳩時計。
鳩は言わずもがな、平和の象徴なんですよね』
うん、俺の中に秘められた評論家もそう言っているのだから、間違いない。
「さて、それじゃそろそろ時間も良いし、入学式へ行きましょうか。貴方も——」
手首の裏にある腕時計を確認した黒瀬が、ゆっくり顔をこちらに向いてくる。
なので、俺も適応能力が高いとアピールするため、男の肩に手を置き『仲良く溶け込んでるぞ』と満面の笑みでサムズアップした。