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第19話 男には負けると分かっていても出さなきゃいけない時もある

「貴方っ……そんな変態一体どこから連れてきたの」


 尊敬か、悔しがる、そう思っていた。

 しかし、現実の彼女は眉を顰め、ガードし、数歩下がっていき。

 『どこにでもいる変態』を、かなり嫌悪している様子だった。


「やっぱり解散にしましょう。ここの一本道を歩いていけば、学校にたどり着くわ」


 そして、スッとスイッチが入ったようで平然を装い、俺を切り捨てた。


「なるほど……ね」


 状況をゆっくり飲み込み、数回頷く。

 つまり、こいつは変態の街でもとびっきりの変態な格好をしていて。

 そんな奴と俺は肩を組んでしまった、と。


「おいおいおい、あんまりジロジロ見ないで貰えるかな。

 男って生き物は、女の視線に敏感なんだ、変態め」


 いちいち行動一つ一つオーバーな変態は「ッチッチッチ」と黒瀬に向かって人差し指と顔を振る。

 注意が他所に向いている隙をつき、ゆっくりと肩に組んだ腕を外し、ついでに奴のジャケットで手を拭う。

 そして気づかれないよう、黒瀬の隣に忍び寄り。

 最初からこっちサイドだった、みたいな雰囲気で溶け込んで、非難の眼差しを変態へ向けた。


「局部を見せつけながらなに言ってんだ、早くしまえよな! 黒瀬、大丈夫か?」

「貴方は貴方でよくもまぁ、そんな切り替えられるわね」


 黒瀬の壁になるよう、身を挺して守ったというのに。

 彼女の表情は変わらないどころか、あろうことか俺に愚痴を向けてきた。


「ワンチャン、ギリギリ行けるかな……って、惜しいところまでいったのにな」


 もうちょっと工夫すればいけたな、っと悔しさを感じていると、足に痛みを感じる。


「あれで惜しいと思っているなら、私を馬鹿にしているのわよね? 手、出すわよ」


 もう踏んでんじゃん、ちょっと我慢できなくなって俺の足踏んでんじゃん。


「それより、責任取ってくれよ。

 お前がどこにでもいるっていうから、変なのに懐かれちまったじゃねぇか」


 対処してくれとばかりに黒瀬の背後へ回るが、彼女も一歩下がる。


「私が変なのではない。君たち、いや世界が変なのだ」


 なので、今度は肩をぶつけ、早くいけと合図を出すと、黒瀬は俺の背中を両手で押しやがった。


「っち、責任取れよ!」

「知らないわよ、ちょっと目を離したら本当に変態が入ってくるとは思わないじゃないっ?!」


 彼女の腕を掴み、引っ張ろうとしたら反対を掴まれ、抵抗され。


「というか、助けてやったってのに俺を簡単に捨てようとしやがって。この、恩知らずがっ」

「仲良くやってたんだから良いじゃない?! 水を刺すのも悪いと思って、配慮してあげたってのに」


 あぁ言えばこう言い、反省が見えない黒瀬に。

 いつの間にか、俺たちは両腕を掴み合った、激しい押し合いになる。


「ほら、今こそ案内した時みたいな、先輩の威厳ってものを見せ時じゃないか! 頼りになるなぁって思ったよッ!!」

「それはありがとう。

 でも今は助けてくれた時みたいに、大人のかっこいい所をまた見せて欲しいわねッ!」


 ちょっと持ち上げてあげれば、簡単に意見を変えるかと思ったが、黒瀬は綺麗に打ち返してくる。


「こっのぉ、俺に感謝なんかしてないくせに」

「——っ」


 口答えしてくるかと思ったが黒瀬は瞳孔が少し開き、動揺を隠せないらしく力が弱まった。

 なにかを言おうと口を動かしているが、言葉が出ないようで目が泳ぐ。

 き……気まずい、本人すら自覚してなかったんだな。油断して、ノリすぎた。


「やれやれ、信頼の差が出ちゃったみたいだな。

 だが、2人とも私のために争うのは止めたまえ」


 眼鏡をクイっとあげ、変態は俺たちの肩を掴んで静止してきた。

 どんだけ、ポジティブなんだよ、気持ち悪いな。


「それと君、これは見せつけているわけじゃぁない。

 こういうファッションをしているのを良いことに、そのいかがわしい女が舐め回すよう見てきたのだ」


 ジョジョ立ちぐらいにのけ反り、股間を突き出し、さも悪くないとでも言うように変態は黒瀬を非難する。

 いいぞ、いいぞ、そのまま黒瀬も巻き込んでおけ。


「はぁ? ちょっと、なんで私が悪いみたいに」

「逆に聞こう。

 女性が胸を強調し、一部露出させている衣装を着ていて、男性がジロジロを見たとして悪いのはどっちだ」


 商店街を歩く人たちの中から、女性を手のひらで指し、問う変態。

 仕返し、とばかりに俺は「じゃっ」と黒瀬を置いて行こうとするが、足を踏まれて阻止される。


「答えなくて良い、間違いなく性的な目で見ている男性」


 なんとなく彼の言おうとしている道理は理解し、黒瀬も言い返せないようで黙ってしまう。

 でもま、理解したが金玉を見せつけるための屁理屈にしか思えないな。


「女性が胸を強調・一部露出させる衣装を着ることは、ファッションで許容されるべき。

 それが自由な社会というもの。

 だが、それなら睾丸を出すこともまたファッションと許容されるべきなのだと思わないかい?」


 俺らが納得してないのを察してか、変態はさらに続ける。

 しかし、言い分は通らないだろう胸は性的グレーゾーンぐらいだけど、金玉はもはや性器の一部、余裕でアウトだろう。

 いや……待てよ、性器だからといって性的と決めつけるのは早計じゃないか。

 胸というものは広範囲で考えるなら性的、というより人それぞれ好みがあるのだから全身が性的にすらなりうる。

 つまり性的さ、というのは時代や社会の偏見でしかない。

 それはつまり金玉もファッションや美的センスが変われば、竿がなければ胸と変わらない……?

 まさか……あるっていうのか『金玉を露出するのが許容される』そんな未来が?


「貴方……ハッとした表情しているけれど、まさか感化されてないでしょうね?

 争っていたけど、価値観の味方ではいてよ」

「大丈夫、安心しろ。まだギリギリ胸より金的だ」

「そ、もう大分頭がやられてるようね」


 黒瀬の味方だと伝えたはずなのに、失礼なことを言いながら頭を抱え出した。


「落ち着け、落ち着くんだ、飲み込まれるな」

「私はずっと落ち着いてるわよ。変態が2人になるじゃないかと危惧しているだけで」


 小さくため息を吐いた黒瀬は、なぜか懐疑的な目でこっちを見てくる。


「ファッションである以上に、睾丸は太古より必要な機能を備わっていることを忘れてないか?」

「——っ」


 黒瀬の肩をトントンっと叩き、聞いたか? と同調を求めるも鬱陶しそうにはたき落とされた。


「そう、それは冷却機能、睾丸は無価値で無意味な胸を露出することよりも、合理的な解放理由がある。

 それなのに、それなのにッ、だ。

 どうして、この腐った社会は出したらいけないと禁ずる」


 一理ある、確かにある。

 金玉とは冷却の必要があるから、弱点になり得ながらも露出できる位置にある。

 それに比べて胸は、胸はなんで必要もないのに許され、金玉は、金玉は許されないんだろうか。

 考えたこともなかった、歳を取ると考えが凝りかたまっちまうんだな。


「この衣はくだらない三流企業がアピールする場になったパリコレ、ニュコレ、ロンコレ、ミュコレ。

 それらで生まれた無価値なゴミとは主張レベルも、衣装の美的レベルも段違いなアジアの宝」

「俺、今自分が少し恥ずかしいよ。金玉は性的じゃなかったんだな」

「分かってくれたか、理解ある若者よ」


 時代を切り開こうとする漢が手を差し伸べてくるので、握り返そうと近づこうとした。

 が、黒瀬に足を踏まれ、動けない。


「黒瀬、まだ奴を変態だと思ってるのか? どっちかというと性的な目で見ていたお前の方が変態だぞ」

「彼の主張も見せつける意図がないってのも、癪だけど飲み込むとして。その上で確認するわよ」


 俺を見もしないで黒瀬は、そのまま真っ直ぐ漢の金玉を指差す。


「彼にとって恐らく金玉は肌と変わらないもの。つまり直前に手で触っている可能性すらあるけど、貴方はそれでも彼の手を——」

「なぁ、汚い変態の話なんかしてないで、もう学校行こうぜ」


 変態を避けながら店外へ出た俺は、早く行こうと鈍い黒瀬を呼ぶ。


「貴方……プライドってものはないの」

「余計なプライドなんて持ってる奴は早死にすんの」


 こっちに歩いてきながら、黒瀬は変態を一瞥いちべつする。


「っふ、ふふ、ハハっ! ハハハハッ!!

 例え、今は理解されなくても良い。既に東京コレクションも決まっている。

 後は————私が時代を着こなしてあげるだけさっ!」


 俺たちを気にした様子はなく、変態は高らかに笑い声を上げ、ファサッっとジャケットを靡かせていた。


「あぁ、最後に一つ忠告をしてあげよう」


 そして去り際。

 変態は思い出したように人差し指をあげ、眼鏡をクイっと上にあげた。


「銭湯や温泉で年寄りの睾丸を見たことがあるだろう?

 睾丸にもクーパー靭帯はある————垂れたくなければ、ブラをつけなさい」

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