「しっかし、あれだな。
このクソみたいな魔法界に来てから、碌な奴に出会ってないな」
「私が言わなければ仲良くしていただろうし、かなり同類って思うのだけれど」
「全然違う、はぁー全く分かってないな。
俺はコミュケーション能力が高いだけ、相手を否定しないことが大切なんだよ」
「もう既に全否定されたのだけど、同類ということね」
商店街の中を両手を頭の後ろで組み、雑談していると、気づけば店も客も見る影もなくなっていて。
その代わり、ほのかに甘い匂いが漂い始め。
「補足するならあそこは学生の出入り口に近いし、そこまでディープじゃない場所なんだけどね」
辺りを見ると、季節外れな淡いピンク色をした満開の枝垂れ桜の街路樹がそびえ立ち。
花見をしに来てたっけと勘違いしてしまうぐらい、立派な桜並木の真っ只中を歩く学生たちに俺らはいた。
「綺麗でしょ?」
「あぁ……金玉見た直後じゃなければ、もっと良かったのに」
黒瀬の眉がぴく、と反応して嫌そうになる。
「しょうがないわよ。
変態も変質者も露出狂も春の季語だし、風物詩と思わなきゃね」
理解してきたつもりだったけど、そんな慰めをされるとは思わなかった。
確かに春は変質者が多くなる季節だし、そう考えると季語であってるんだけどさ。
「それなら俳句の一つや二つ、残ってなきゃな」
「あるわよ?」
無理難題を出したつもりが待ってましたとばかりに、そばにあった物体を黒瀬が指差す。
そこには黒光りした高そうな石碑が堂々と立っていて、達筆で威厳ある豪勢な文字が並ぶ。
「裸舞い 桜しだれし 道を行く
ここで詠んだ松尾芭蕉の有名な俳句ね」
来てたぁぁぁっ。
バリっバリっの有名人、他ならぬ松尾芭蕉もここ来て、おまけに俳句まで読んでたぁぁああっ。
しかも裸とか入ってるし、聞いたことないし、絶っ対表で出せない詩だろ。
『裸舞う 桜しだれし 道を行く』
っあ、本当だ。
石碑もよく見たら俳句が書いてあるし、下の説明にも、おくのほそみt……おく……。
【奥イキの細道(現・奥の細道)】
此の地は、往古、松尾芭蕉が俳句『裸舞う 桜しだれし 道をいく』を詠みし場所なり。
この句を収めし俳句集『奥イキの細道(現・奥の細道)』の名は、『おくいきの細道の
世には、山際の自然豊かなる風景を謳うものと伝わるも、弟子らの手にて秘められし真意が隠されしなり。
すなわち、奥深き牝の秘孔、その肉丘の際辺に、十重のひだと剛毛の茂りそろう様を指すなり。
なんかすっげぇ下品な文章が書かれてるんだがっ?! なに、奥イキの細道ってッ?!
しかも、真面目なこと書いてあるのかと思ったら、説明も下品なことがずらっと書かれてやがる。
「裸たちが踊る様子に、
若かりし日々で植え付けられた偏見に反省する様子を枝垂れ桜と重ね、
全裸になって遊女へ駆け込んだ時のことを歌った。
そんな場面が目に浮かぶ、情緒溢れる素晴らしい俳句ね」
目を瞑り、しんみりと余韻に浸っているっぽい黒瀬。
お、おおう、急にどした。
あった?
今の説明で一つでも情緒溢れる言葉があったか?
石碑に書いてあることで頭が既にパニック気味なんだが、変な会話しないでくれる?
この詩だって、ただ興奮した男が言い訳がてら俳句読んで、素っ裸になったぐらいしか思わなかったぞ。
俳句オタクか? 俳句オタクなのか?
やっぱ賢すぎると、何事も変態に近くなってしまうんだな……。
それにしてもまさか、松尾芭蕉にそんな隠された秘密があったなんて。
根っからの変態爺さんかよ、見下げ果てたぞ。
「ほ、ほー、淫魔の世界じゃこんなのが情緒溢れるんだな」
しみじみしながら言うと、黒瀬がチラチラとこっちの様子を見てくら。
なんだ、変なこと言ったか?
「冗談よ、情緒なんて少しも感じてないわ」
腕を組み、心外とばかりに潔白を主張して胸を張る黒瀬。
あぁ……ボケだったのか、分かりずらいな。
「ツッコミが下手ね」
「意外とむっつりかと思ってね」
話がだいぶ逸れたな。
むっとしながら足を踏み、静かな抗議をする黒瀬を無視して話を戻そう。
今の時期に『満開の桜』ってのは可笑しい。
桜の季節は卒業式、入学式の時は花見も終わって散っているのが相場が決まってる。
この木々もまた魔術がどこかに組み込まれている、と考えるべきなんだ。
試しに木へ手をかざすと、答え合わせみたいにひんやりしてる。
魔術なんてのは精々、火や水、空気を抜いたり、その形状や速度を変化させて発射するのが精一杯。
そう思っていたが道具屋といい、機械工学みたいに手間や理論が整えば、平和的な使い方もあるんだな。
『ピリリリリ、ピリリリリリ』
一本の着信が鳴り、周囲を警戒してから自分のスマホを確認する。
が、違ったので、たまたまネットサーフィンを始める。
べ、別にね、たまたま、たまたまタイミングが重なっただけだし。
こういう時は自分すら騙し込めば、恥ずかしさは軽減するんだ。
だが、言い訳の対象である当の本人の黒瀬は俺を気にする様子はなく。
スマホを画面を見るなり、微笑んだと思ったら、子供みたいに小さくガッツポーズと小ジャンプをし、明らかに嬉しさを隠せない様子だった。
そして「っあ、どうしよ」と弱音を吐いたかと思えば、胸に手を当て、息を整え始めた。
何やら電話に出ることで重い覚悟を決めていた。
これは……彼氏かな。
あの美貌だし、高校1年になんだから彼氏の1人や2人や3人ぐらいはいるか。
しっかし、あの黒瀬がここまではしゃぐとは、なかなかにゾッコンじゃないか。
まだ出会って間もないが普段からかけ離れた弱気な女の子になっていることだけ、それだけは分かるレベルなんだから
後で何か言われても困るし『なにも見なかった』そういうことにしよう。
内容を聞かないため、気を使って距離を取る。
だけど、それは服を引っ張られたことで阻まれた。
「っ……あ、その、ちが」
振り返ると黒瀬が指で小さく服を掴んでいて。
彼女自身でもその行動に驚いているのか、右往左往していた。
「こ……ここにいて、ほしい」
ほんのり赤くなった頬を隠すために少し俯き、うるうるした上目遣い。
「あっ、あぁ、わか、分かった」
普段のもの着せぬ態度なだけに、それが自然に出た弱さな分流石の俺もこれには不意にドキッとし。
魅了でもかけられたと勘違いするほど、胸が熱くなってドギマギしそあになる。
こ、これがギャップ萌え、ってやつかぁ……やるじゃねぇか。
しっかし、こんなところを彼氏に見られでも——
「も、もしもし……その、ぱ、ぱぱぁ?」
ぱ、ぱ? ちょっと、パパは不味いですよ。