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第21話 泣いてる女から金は受け取らない主義

 そりゃ手っ取り早く強くなるだろうけど、1日の栄養吸収率もあるし、病気になるリスクもあるってのに。

 知りたくなかったな……その淫魔の才能も汚らしい男……おと、おと……。

 そういえばこいつ、サキュバスじゃなくてインキュバスじゃねぇっかッ!?

 野郎の飲んで強くなるの俺だけだったわっ、クソッタレがよッ!!


『詩、警察から襲われたと聞いたが怪我はないか?』

「ぜ、全然大丈夫、怪我もしなかったし、その、助けが来てくれたおかげで」


 1人でツッコミを入れている間、それを知る吉もない黒瀬はなぜか親に嘘をついていた。

 佐藤に頭をぶつけられていた、紛れもなく血を出ていたし、額が割れて怪我をしていた。

 なんで……って考えるのも野暮だろうな、親に心配をかけさせたくないんだろ。


『そうか、連絡を受けた時からその人には感謝を伝えても、伝えきれないと思っていた』


 黒瀬のパパは電話越しからでも威厳ある落ち着いている声だが、所々熱くなっていてちゃんと心配しているようだ。

 電話の向こうのパパにも、心の中で謝罪をしておこう。


『仮にも血を引く者に手を出すとは舐め腐りおって、そこいらの警官じゃ信用ならん。

 今後は信頼できる護衛を30人、それと陸を派遣し、毎日登下校を守らせる。いいな』

「いっ、いい、いいのっ! そんなにぃまで呼んで、大層なことしなくても」

『うた、親の気持ちを分かってくれとは言わないが……それでは気が鎮まらない』


 陸上自衛隊かと一瞬思ったが、陸って名前の兄がいたのか。

 しかし、名前が出た瞬間、黒瀬の表情が少しだけ曇ったな。

 仲が悪いというか、気まずいんだろうか。


『いや、分かった。

 だが、せめて帰りは家に寄って行け、母さんも心配してる』

「ま、ままも? うん、分かった」

『ありがとう、ゆっくり学校のお友達と楽しみながらでいいからな』


 電話が切られたようで、黒瀬はスマホを耳から外し「ふぅぅぅぅ」と息を吹き出した。

 けれど、その後は仕舞うのでもなく、ただ『ぱぱ』と表示された画面を眺め。

 ぽつりっ、と涙が頬を伝わって、スマホに落ちた。


「わた、わたし……あれ? ち、違う」


 自分が涙を流していることに遅れて気づいた黒瀬は、指で拭き取りながら誤魔化そうとした。

 が、誤魔化すのはもう無理か、としばらくする微笑を向けてきた。


 っえ、気まず。

 なに涙流してるの?

 そんな急に引き留めておいて、見ちゃいけない場面見せないで欲しいんだが。

 行かせてくれたら、あれだったよ? 気づかないフリしてたよ?


「なにも見なかった、と言っても信じられないなら、口止め料を貰ってもいいぞ」


 場を和まそうと冗談半分に手を出すと、黒瀬は自分の財布を取り出し始めた。

 ちょ、こ……こいつ、信用のしの字もないな、全く。


「からかっただけだ、間に受けるな。

 俺はそんな泣いてる女の子から現金を貰うほど、落ちぶれちゃぁいねぇよ」


 ぽんっと差し出された一万円札。


「冗談……なのね」


 それが引っ込みそうになるので、咄嗟に掴んた。

 黒瀬は少しだけびっくりした後、ぐいっぐいっと無言で何度か引っ張る。


「要らないって言ってるだろ、男に二言はない。早くお金をしまえ」


 びくともしないことを理解すると、ジト目で『まじか、こいつ』みたいな顔をしてきた。


「二言がないのは立派だけど、それなら身体は真逆のことをしないで欲しいのだけれど……カッコつけてるのが余計見苦しいわ」


 黒瀬の指が離れたので、胸ポケットに少し暖かくなった手を入れ、懐を温める。


「そうそう、金は財布にしまって、それで甘いものでも食べな」

「しかも返した前提で話を進めるのね。

 よく恥ずかしげもなく口が動く……ま、いいのだけれど」


 そういうとなぜか、黒瀬は仕舞ったはずの財布から1万円を再び取り出し、俺に渡してきた。


「お金に困ってるなら、これから話すことも黙って聞きなさい」


 涙を見せた口止め料じゃないなら、仕方ない。

 過去話の一つや二つ、聞いてあげるぐらいで1万円なんて安す……仕方なく彼女の一万円札を受け取り、ズボンのポケットへ仕舞う。

 これぐらい、愚痴を聞いてあげるのが大人の役目だしな。

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