そりゃ手っ取り早く強くなるだろうけど、1日の栄養吸収率もあるし、病気になるリスクもあるってのに。
知りたくなかったな……その淫魔の才能も汚らしい男……おと、おと……。
そういえばこいつ、サキュバスじゃなくてインキュバスじゃねぇっかッ!?
野郎の飲んで強くなるの俺だけだったわっ、クソッタレがよッ!!
『詩、警察から襲われたと聞いたが怪我はないか?』
「ぜ、全然大丈夫、怪我もしなかったし、その、助けが来てくれたおかげで」
1人でツッコミを入れている間、それを知る吉もない黒瀬はなぜか親に嘘をついていた。
佐藤に頭をぶつけられていた、紛れもなく血を出ていたし、額が割れて怪我をしていた。
なんで……って考えるのも野暮だろうな、親に心配をかけさせたくないんだろ。
『そうか、連絡を受けた時からその人には感謝を伝えても、伝えきれないと思っていた』
黒瀬のパパは電話越しからでも威厳ある落ち着いている声だが、所々熱くなっていてちゃんと心配しているようだ。
電話の向こうのパパにも、心の中で謝罪をしておこう。
『仮にも血を引く者に手を出すとは舐め腐りおって、そこいらの警官じゃ信用ならん。
今後は信頼できる護衛を30人、それと陸を派遣し、毎日登下校を守らせる。いいな』
「いっ、いい、いいのっ! そんなにぃまで呼んで、大層なことしなくても」
『うた、親の気持ちを分かってくれとは言わないが……それでは気が鎮まらない』
陸上自衛隊かと一瞬思ったが、陸って名前の兄がいたのか。
しかし、名前が出た瞬間、黒瀬の表情が少しだけ曇ったな。
仲が悪いというか、気まずいんだろうか。
『いや、分かった。
だが、せめて帰りは家に寄って行け、母さんも心配してる』
「ま、ままも? うん、分かった」
『ありがとう、ゆっくり学校のお友達と楽しみながらでいいからな』
電話が切られたようで、黒瀬はスマホを耳から外し「ふぅぅぅぅ」と息を吹き出した。
けれど、その後は仕舞うのでもなく、ただ『ぱぱ』と表示された画面を眺め。
ぽつりっ、と涙が頬を伝わって、スマホに落ちた。
「わた、わたし……あれ? ち、違う」
自分が涙を流していることに遅れて気づいた黒瀬は、指で拭き取りながら誤魔化そうとした。
が、誤魔化すのはもう無理か、としばらくする微笑を向けてきた。
っえ、気まず。
なに涙流してるの?
そんな急に引き留めておいて、見ちゃいけない場面見せないで欲しいんだが。
行かせてくれたら、あれだったよ? 気づかないフリしてたよ?
「なにも見なかった、と言っても信じられないなら、口止め料を貰ってもいいぞ」
場を和まそうと冗談半分に手を出すと、黒瀬は自分の財布を取り出し始めた。
ちょ、こ……こいつ、信用のしの字もないな、全く。
「からかっただけだ、間に受けるな。
俺はそんな泣いてる女の子から現金を貰うほど、落ちぶれちゃぁいねぇよ」
ぽんっと差し出された一万円札。
「冗談……なのね」
それが引っ込みそうになるので、咄嗟に掴んた。
黒瀬は少しだけびっくりした後、ぐいっぐいっと無言で何度か引っ張る。
「要らないって言ってるだろ、男に二言はない。早くお金をしまえ」
びくともしないことを理解すると、ジト目で『まじか、こいつ』みたいな顔をしてきた。
「二言がないのは立派だけど、それなら身体は真逆のことをしないで欲しいのだけれど……カッコつけてるのが余計見苦しいわ」
黒瀬の指が離れたので、胸ポケットに少し暖かくなった手を入れ、懐を温める。
「そうそう、金は財布にしまって、それで甘いものでも食べな」
「しかも返した前提で話を進めるのね。
よく恥ずかしげもなく口が動く……ま、いいのだけれど」
そういうとなぜか、黒瀬は仕舞ったはずの財布から1万円を再び取り出し、俺に渡してきた。
「お金に困ってるなら、これから話すことも黙って聞きなさい」
涙を見せた口止め料じゃないなら、仕方ない。
過去話の一つや二つ、聞いてあげるぐらいで1万円なんて安す……仕方なく彼女の一万円札を受け取り、ズボンのポケットへ仕舞う。
これぐらい、愚痴を聞いてあげるのが大人の役目だしな。