「私、両親や兄からも大事に大事に育て上げられてきたの」
うっわ、先ほどの電話の心配具合といい、声の上ずり具合といい、自慢したいのか? 最悪だな。
お金を貰った以上は、彼女が幸せになる足台になるけどね。
「それはもう兄を超えた天才、なんて呼ばれたりしてね」
世の中、ゲームや
人間、幸せも不幸も良し悪しも、必ず他人がいなきゃ図れないものだ。
生きる上での罪を理解して、受け入れなきゃ心が歪んじまう。
存分に幸せを味わえ、一万円のガムになったつもりで噛まれるぞ。
「でも……それも自分が淫魔になったと知るまでだった」
黒瀬の声のトーンが数段下がる。
違った、ガムを噛むかどうか、俺の方が選べる立場みたいだな。
吐き捨ててぇ……話終わった後、なんて声をかければいいのか、考えなきゃだめじゃん。
自慢してくれぇ、お願いだからこっちが悔しがるだけでいい自慢をしてくれぇ。
「元々、私たちの家系は代々警察に協力する教会? の人間でね? 誇りを持つよう教えられてきたの」
教会……?
やっぱりそうか、それなら歴史にも詳しかった訳にも納得がいくな。
しかし、社会的に淫魔が人権を得られるようになったのは十年ちょっとの最近で。
それまでは教会どころか、警察のスタンスだって、淫魔はペットぐらいのカテゴリーで、法的上だって物扱い。
「淫魔だと分かった両親の顔は思い出したくもない。でも、それでも『お前はお前の思うままいきなさい』って言ってくれた」
ほー、良い両親じゃないか。
俺の親父と良い酒でも飲めそうだ。
「でも、両親からの関心は兄の方が多くなって、兄もそれを
私の前で笑わなくなった」
ぎゅっと制服を握り、黒瀬は俯く。
あー、なるほど、怖いのは兄の方か。
「早期発現した淫魔用の中学校へ行くことになって、最後の日……なんて言われたと思う?
2度と人前で愛称を呼ぶな、2度と帰ってくるな、俺はお前より愛されてるし、強くなるだって」
同意を求めるような乾いた笑いをあげ、黒瀬の顔が上がる。
「馬鹿でしょ? そこで初めて知ったの……兄から本気で褒められたことなんて、ただの一度もなかったんだって」
ぱんぱんっと手を叩いた後、黒瀬は自分の顔も叩くと一新して満面の笑みを浮かべてきた。
「でもね、気にかけて貰ってるって知って嬉しくてたまらないの。
血のつながった親子ならではの愛って、嘘だと思ってたけど本当にあるのね」
そこで言い止まった黒瀬は、俺の様子を伺ってくる。
なんだ? 探ってきている。
マウントを取って、俺が悔しがるのかどうかってことを見てきてるのか。
「それでも兄は……兄は何してくるか分からないから怖いし、貴方の報酬をあげるよう両親に言うから放課後……その、一緒に来てくれない?」
まじかっ、こんなポンポン1万くれるところの親に言ってくれるのか?
護衛すればいい、ってことだよな? 元々離れて襲われても寝覚めが悪いし、付きまとうことも思ってたし、寝耳に水。
何ひとつとしてこっちにデメリットがない。
「あれだったら……断られた場合、私の貰ってるお小遣いから5万確約する」
悩んでいる、と勘違いした黒瀬はさらに条件をあげてくれる。
あれ……これ、黙ってればもっとくれるんじゃないか?
「だめ……?」
1分ぐらい無言のままでいると、徐々に不安が募った顔をする黒瀬は聞き返してきた。
「はぁ……分かった」
きたきたきたきたぁっ、交渉ってのは粘り強さ、粘り強さが全てなんだよ。
弱みを見せちゃ、かもられるんだぜ。
「この話は無かったことにしましょう、私1人でなんとかするわ」
「っえ? っえ、ちょっとまて」
スッとスイッチが切れたように黒瀬は諦め、俺の静止も聞かず、歩き出してしまう。
「べ、べつにやらないって言ってないでしょうがっ!! やってあげてもいい、やらせてください、お願いします」
なので彼女の足元にダイブし、なりふり構わず、引っ張り、大声で懇願した。
「ちょっ、あな、あなたっ?! スカっ、スカートが脱げるでしょッ?!!」