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第25話 帰省

 新潟駅でバスに乗って10分、とっくに街道からは外れ、黒瀬の案内で田舎道を進む。


「いやぁ、腹パンパンで気絶しそうだ」

「これから実家行くんだから、しっかりしてよね」


 黒瀬の声に、俺は腹をさすりながら苦笑いした。

 それだけ聞くと彼氏の紹介みたいだな、実際は金の無心をするだけなんだけど。


 片側には苔むしった石が積み重なった古びた塀で、反対側は小山があり、風が吹くたび、どこかで木々がざわめき、鳥の声が響いてくる。


「それにしても、歩いても歩いても古臭い塀が続くだけ。いつになったら着くんだ?」

「その古臭い塀が私の実家よ」


 黒瀬が横目で睨んでくるので、視線を外す。


「年季の入った……いや、味のある建物だな。

 春はカメムシとか……夏は蚊とか、その……とにかく自然豊かで」

「両親の前では失言しないようにね、貴方はやけに地雷を踏むようだから」


 ぼふっと鞄でお腹を軽く叩かれ、注意される。他人の顔色を伺う生活なんかは無縁だったからな。


「ごめん、何も言えねぇ……あらゆる可能性を考えて褒め続けておくよ」


 しっかし、これは凄いな。

 塀の隙間からは、ちょくちょく庭の石灯篭が並んでいるのが見えるし、外から見ても分かるほど、管理の行き届いた大木がそびえたっていて、根元には手入れされた芝生が広がっている。

 おまけに遠くには池らしき水面が陽光を反射していて、誰が見ても日本庭園で立派な実家と思うだろう。


「おい、入り口にスーツの人がいるけど、召使いまでいるのかよ。緊張してきた」

「……それならもっと驚くわね」


 刀をさした黒いスーツか、まるで葬式じゃねぇか。


「お嬢、お帰りなさいませ」


 白い手袋を外し、鳥肌になっている内側の肌をわざわざ見せ「当主がお待ちです」とご丁寧に案内してくれる。


『ギィィィィィィィィ』


 コナンのCM開けみないな不気味な音を響かせ、開く大門。

 嫌々潜る黒瀬の後に続いて、踏み入れる。


『ガンっ、ガガガガガガガガガンっ』


 苔むした石燈篭が静かに並び、風に揺れる松の葉がさらさらと音を立てる。

 門から庭を通って日本屋敷まで伸びる石造りの道に、整然と並んだ刀をさしたスーツ姿の集団。

 彼らは一直線に整列し、直立不動で俺たちを出迎える。その数は尋常じゃない。

 それも今朝の黒いサングラスとは違い、見たこともないギンギラギンに鏡みたいなサングラスに。

 それと特性の電流が流れる桔梗紋を背負った刀ときた。

 十数人ってどころじゃないな。

 2個小隊……いや、70人ぐらいで1個中隊規模はあるんじゃないか。


「久しぶりだな、詩」


 集団の奥から、低く落ち着いた声が響く。

 紫色の着物を羽織った厳つい中年が、どっしりと佇み。

 その横では、割烹着を着た母親らしく柔らかく微笑み、手招きしている。

 着物の裾が風に揺れ、威厳と温かみが同居したなんとも言えない空気が漂っていた。


「帰ってきてくれて、本当に嬉しいぞ。

 陸の奴にはサプライズとして、伝えていないからの」

「にぃ、兄様はそんなことで喜ばないと思うんだけど」

「いいや、まったく勘違いしておるな。奴は喜ぶに決まっておる、それもとびっきり」


 納得してない様子の黒瀬だが、それとは反対に父親は自信で満ち溢れた様子。

 勘違い……本当は好きだってことか?

 しっかし、そんな兄妹で嫌悪とか怯えさせるよう、育てあげたのは他でもない自分たちなのに申し訳なさが微塵とも感じないな。

 ま、他の家庭に口を出すのは違うだろうし、黙ってるけど。


「こっち、こっち」


 母親に手招きされるまま、部下たちが並ぶヤクザロードみたいな道中を進むと。

 母親が俺の方を見て「あらあら」などと口に手を当て、黒瀬へニヤニヤしていた。


「まま……その、違うからね」

「分かってる、分かってるわよ! お母さんだって気遣いできるんだからね」


 何十回も言わせてきたのか、詠唱のように語り出したスーツの男に母親は満足気だ。


「それよりその顔、もしかして詩は言わなかったの? 怯えちゃうものね」


 黒瀬にどういうことか、聞こうとしたら顔を逸らしやがった。


「ここにいる冴えない年寄りはね。

 新潟県警察本部南区警備隊を束ねる部長って言ったら伝わりづらいかな?

 警視正の黒瀬 頼重よりしげ、そして私、米子よ」


 おいおいおいおい……確かにそれは頼めば金が貰えるだろうけど、だろうけどよ。

 警備隊って言ったら弱そうと思うかもしれないけど、この淫魔を徹底的に意識した刀とサングラスの装備、絶対SAT、SATだぞ?

 映画で良く出るテロやハイジャックの対抗する特殊部隊……もしかしなくてもここのスーツの全員そうだろ?

 そんな奴らに守られているなら、俺の来る幕も……必要もないやん、肩身が狭いにも程がある。


「ほら、お父さんは詩と話があるから、貴方はそれまでこっちでお茶でも飲みましょ」


 割烹着の袖をまるで手袋みたいに使って、直接触らないよう配慮してきた母親は半ば強引に俺を押し。

 先ほどまで料理をしていたのか、少しだけ生姜や酢の匂いを感じた。


「えっ、あっ、いや、黒瀬と一緒がいいんです、けど」

「もぅぅぅ、ベッタリじゃない! 後で一緒のところに寝かしてあげるから、ね?」


 黒瀬に聞こえないよう耳元で、めっちゃ勘違いした配慮を伝えて来た母親は、俺の意見も聞かず。


「それじゃ、後で会いましょう。さっきの忠告、忘れないようにね」


 話は聞いてもらえない、と悟ったのか黒瀬が小さく手を振り。

 その表情には先ほどまであった緊張は薄れ、ほんの少しだけ柔らかくなっていた。

 野郎、自分だけ厄介がらみされないからって見捨てやがったな! 畜生が。

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