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第10話

「どう、思う?」


 終電前。人気のまばらな駅のホームで、隣の籠澤から問われた。

 かなり漠然とした質問であったが、長尾は何を問われているのかを聞き返すまでも無かった。


「嘘は言ってない。

 けど、なにか足りない」

「そうなんだよな」


 長尾のコメントに、籠澤も同じように頷く。

 先ほど聞いた十重の話だ。


 彼女の話が終わった後、まだ終電には間に合いそうだったので、二人はアパートの方へ戻ることを告げると、「じゃあ駅まで車を出すわ」と八千代親子に送ってもらった。

 駅の改札まで八千代が付き添い、改札をくぐった二人へ手を振る。


「二人とも、



「…… 八千代さんも、ちょっと納得して無さそうな様子だったな」

「まあ、これまでの大きな謎になってる『なぜあの四辻なのか』の説明には弱いしな」


 ストーカーを捕まえた四辻。実姉を付けまわした犯人だ、それ相応に憎悪はあったことだろう。

 それが怨念のような形をとる理由だと言われるなら、ストレートには納得できないが譲歩して「そうか」と納得もしよう。

 だが、やはり「なぜあの四辻なのか」なのだ。なぜ昇はあの四辻まで向かったのか。

 特に有名な場所でもない住宅街のど真ん中に向かって行ったことになる。に─── ?


 長尾は、手を振りながらもじっとこちらを見る八千代の顔を思い出していた。

 聞きたいことも、言いたいこともあるけれど、母親のいる場では口に出すことができない。

 親子の関係は決して悪くない。十重が八千代を見る眼差しには愛があり、それは長尾の父が彼に向けるものと同じであるように見えた。

 だが。


「あれ以上を、しずちゃんが聞き出すのは難しそうだな。

 ましてや俺たちなんて」


 と言い、籠澤はひらひらと手を振った。端緒さえ掴めそうにない。


「少し、心配なんだが」

「うん?」

「八千代さん」


 歯切れの悪い長尾を、籠澤は訝し気に見遣った。

 無口ではあるが、それでも相手に理解を求めるような言い方は努めてしない男だ。視線の先の長尾は困ったような顔をしていたが、それは籠澤が察せないことではなく、自分の中に適切な言葉を見つけられないような雰囲気だった。

 選んでいるのだ、言葉を。

 直接言ってしまうには鋭すぎたり、棘を持ってしまいかねないから。

 なるほど、と籠澤が長尾の意図を察したところで、電車がホームへ入ってきた。

 開いたドアに、二人はひとまず乗り込んだ。


 上りの終電となれば、車内にはほぼ人はいない。空っぽの座席のど真ん中に、遠慮なく二人は並んで座った。

 籠澤は長尾を振り返る。


「しずちゃんは大丈夫だ、長尾。

 おばさんに遠慮しているように見えるけど、それはしずちゃんがそうしたくてしていることだ。たった一人の家族を心配させたくない。

 そこに関しては、しずちゃんは筋金入りだよ」


 自分の懸念点に対して、笑顔で答える籠澤に長尾は目を瞬かせた。

 一見それは、自分の口を閉ざしてしまう重荷のようだと思っていた。だが、籠澤が言うには、八千代は自らの意思で口を噤んだのだ。

 気の持ちようと言われればそれまでだが、それがどれだけ大事であるかも長尾は分かっている。

 彼もまた、唯一の家族がいる。


「お母さんの守り方を尊重してるんだ。

 そうしてしずちゃんもまた、おばさんを守っているんだと思う」


 籠澤の言葉に、長尾は納得と同時に安心した。

 相手を尊重できるだけの余白が、八千代にはあるのだと分かったのだ。

 ふんわりとやわそうで、しかしあの少女の精神は強かなようだ。


「…… 誰かを守るって難しいことなんだな」

「そうだな」


 八千代の柔軟性があって成り立つ庇護と見れば、誰もができるやり方ではない。

 もしも十重が二人の予想通り八千代に何かを伏せているならば、一方的にならざるを得ない。それでも、それは純粋な優しさで、想いだ。

 自分の言葉に深く頷く籠澤。長尾は、ふと昼間のやり取りを思い出した。

 あのとき握られていた拳は、今は緩く開かれ彼の膝の上に置かれている。

 籠澤も考えている最中なのだろう。自分に出来得る守り方を。

 そして、自分もまた。


「この後、四辻に行ってこようと思う」


 切り出した長尾に、籠澤はワンテンポ遅れて目を剥いた。一瞬、長尾の言ってることを理解しかねたのだ。


「待ってくれ、長尾。

 今何時だと思ってるんだ。それ以前に、この電車は最終電車だぞ」

「四辻のところからだったら、1時間もあれば徒歩で戻れる」

「別に今行く必要もないだろう」


 長尾の奇行に慌てた籠澤が、なんとか説得を試みる。説得というよりは、籠澤も純粋に長尾の動機が理解できず確認していると言った方が正しいかもしれない。

 長尾は考える素振りもなく、初めから決めていたかのように答えた。


「先ほど見た昇さんの顔の記憶が鮮明なうちに、確認できるものなら確認しておきたい」


 確かに。

 さすがに遺影をスマートフォンで撮るのは不謹慎すぎるので、今二人の手元に昇の画像は無く、記憶だけが頼りだ。


「明日、しずちゃんに画像を送ってもらってからでも」


 と、籠澤は食い下がるが、「それはそれで必要だな」と淡々と長尾は頷くだけだ。

 そうだ。

 こうなった長尾は、自分がいくら言葉を尽くしても頑として目的を遂行するのだ。


「…… 分かった。じゃあ俺も行く」

「え、いや、それは」


 籠澤の返答は想定外だったようで、今度は長尾が狼狽えた。

 だが、長尾が何かを言う前に籠澤は遮るようにして続ける。


「四辻までは行かないよ。少し離れたところで見てる。

 神域とやらの範囲がどこまでなのかは分からないけど、長尾に何かあったら俺の傍にいろって言うくらいだから、そんなに大きな範囲ではないだろう。

 それに、帰り道は二人でいた方が現実的に安全だろ」


 怪異も怖いが、人間も怖い。

 有無を言わせないような籠澤の圧に、長尾は頷く以外の選択肢を持ち得なかった。

 そして正直、確かに帰路は一人よりも二人の方が心強いとも思ったのだ。


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