「来てくれて良かった。
勝手に決めちゃってごめんね」
翌日、大学の図書館へ到着した八千代は、先に到着していた長尾と籠澤を見つけると頭を下げた。
二人は図書館の端末をサインアウトし、八千代の方へと向かう。
「いやいや、俺たちもしずちゃんに確認したいことあったし。
しずちゃんから声を掛けてくれて助かったよ」
気遣い半分、本音半分。
昨夜の四辻で遭遇したものと、籠澤が見つけた情報と。二人の中で、この事件のもう一つ奥の姿が朧気ながら見え始めていた。
「屋上に出ようか」
籠澤が促し、三人はエレベーターを使って屋上のテラスへと出た。
天気の良い日が続いている。気温も上がってはいったん下がりを繰り返し、緩やかに春へと向かっていた。
いつかのように屋上のベンチに腰かけた。
「昨日は遅くにありがとうね。私も何話されるんだろうって、びっくりしちゃったけども。
お母さんも話すこと話してスッキリしたみたい」
「良かった。変に気を揉ませてしまっていたのかな」
「そうかもしれないけど…… そこはもう、仕方ないよね。
私が二人に相談したってことも話したよ」
誤解ないようにしてくれたようだ。長尾と籠澤は事件とは別の方面の話で安堵した。
「でも、お母さんはたぶん全部を話してないよね。
なんでおじさんがあの四辻にいたのか、て。そこは謎のまま」
やはり八千代もその点が引っかかっていたようだ。
うんうん、と籠澤は頷いて、コートのポケットからスマートフォンを取り出した。
「ちょっと確認したいんだけど」
籠澤は端末を操作して、あるサイトを八千代に見せる。
高校のホームページだ。
「しずちゃんの高校って、ここだっけ」
「うん。そうだよ」
キョトンとした顔で、八千代は頷いた。
その高校は、二人が四辻の最寄り駅として使っていた駅の周辺施設の案内板に載っていた高校だ。
最初に駅に下りた時、逆に車両に乗り込んできた高校生の集団の制服と、八千代の家で見た彼女の制服が同じであることに気付いたのは、籠澤だった。
「俺たちが四辻に行く時に使ってた駅が、しずちゃんの高校の最寄り駅っぽいんだよね」
「え、そうなの……?!
ちょっと待って」
八千代は驚いて、自分のスマートフォンを取り出すと何やら検索を始めた。
少しして、彼女は「ああ……」と納得するように頷く。
「そうか、わたし、逆側の駅を使っていたから気付かなかったんだ……」
そう言って、八千代は検索した地図を二人に見せた。
四辻は上下に線路が走っており、八千代が使っていた路線は二人が使っていた路線の逆側、確かにそちらの方が高校には近い。
高校のホームページにも最寄り駅として二つの駅名が記されている。
「四辻は、わたしの通ってた高校の通学範囲。
そうだね、美羽ちゃんの家の方だから」
美羽の家は、八千代の最寄り駅とは逆、今回長尾と籠澤が使っていた駅側の方となるようだ。
八千代は液晶に映された地図を見つめる。何かの予感を、その両目は捉えていた。
「その美羽ちゃんなんだけど。
もしできたら、今電話できたりする?」
「美羽ちゃんに?」
驚く八千代に、籠澤は頷いた。
「電話はできるけど、出られるかな…… ちょっと待ってね」
驚いたものの、素直に八千代は持っていたスマートフォンを操作して耳に当てる。
籠澤のことを全面的に信頼しているようだ。
「─── あ、美羽ちゃん。急にごめんね。
今、だいじょぶかな? 前に美羽ちゃんから聞いた四辻のおじさんの件で、聞きたいことが」
「代われそうなら代わってもらえると……!」
「ある人が、いてね」
差し込まれた指示に、八千代は慌てて付け足す。
この流れは、事前に長尾と籠澤の間で話していた通りではあるのだが、長尾は初対面の顔も知らない女の子と通話できる友人のメンタル構造を信じられない思いで見守っていた。
わたわたと、美羽へ簡単に経緯と籠澤の紹介をした後、服の袖で液晶を軽く拭い、スマートフォンを籠澤へ渡した。
「もしもし、籠澤です」
『ひとまず、しずくのそばから離れてくれる。
女性にしては低い声が─── いや、相手にしたら不信感溢れる人間になっていることだろうから、この低音も威嚇を孕んでいるかもしれない。
だがこれで、長尾と籠澤で予想していた大筋が、ほぼ確定したことを籠澤は悟った。
籠澤もみんなが聞けるようにとハンズオンにするつもりはなかったので、ベンチから立ち上がる。
「ゆうちゃん?」
不思議そうに声を掛ける八千代へ、籠澤は笑顔でサムズアップし、長尾へは頷いてからベンチから離れる。
「離れました。この距離なら少なくともそちらの声は届かない」
『分かった。
─── 昨日、十重さんからあんたたち二人と、しずくに四辻の事件を話したって言ってたけど、その二人の一人が、今話してるあんたで合ってる?』
「合ってるよ。
その件で、
美羽から十重へ、なぜ連絡が入っていたのか。
「四辻で男に襲われかけた女の子は、君かな?
美羽もまた、八千代を守りたい一人だからだ。