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第5話 オマケの願い事

 俺は居住まいを正し、改めて残された“力”の使い道について思いを巡らせた。

 不慮の死は遂げずに済むようになったとはいえ、未知の脅威に立ち向かうことには変わりない。


 下手をすれば、再び命を落とすことだってある。

 だからこそ――慎重に、そして真剣に選ばなければならなかった。

 数刻後、意を決し、イーリス様に力の内容を伝えた。


「よし、決めた。イーリス様……俺は弱い。弱すぎた。俺がもっと強ければ、仲間を失わずに済んだかもしれない。あんな後悔は、もう二度としたくない。だから……俺に力をください!」

「はい、だからさっきから授けるって言ってるんですけど?」


「——あっ、えっと……言い方が悪かったですね。すみません(うーわ、恥っず! 気合入れて発言しといて、下手こいてしまった〜)」

 慌てて言い直す。

「ち、力というのは……強さ、そう強さのことです! 魔物とやらも蹴散らすことのできる強さを下さい!」

「強さ……ですか。少し抽象的すぎますね。具体的にどんな強さが欲しいですか?」


 そう言われて、再び俺は思案する。

 俺にとっての“強さ”って何だろう――

 ふと視線が腰に差した金光へと向いた。

(そうだ、これだ!)


「両親に持たせてもらったこの刀……でも俺の弱さのせいで、こいつを震わせることしかできなかった。だから、この刀で“何でも切れる力”をください!」


「なるほど。それは素敵な発想ですね! では、桃太郎さんとその刀に、“何でも切れる力”を授けましょう」

 イーリスがそう告げた瞬間、俺の体が再び淡く、金色に輝き始めた。

「うおぉっ⁉ 体が軽い……力がみなぎってくる!」

「少しオマケして、その刀が一生折れないようにもしておきました」

「あ、ありがとうございます! おわぁ~、刀がめちゃくちゃ軽く感じる! すっげぇ……」


「さて、次が最後ですね。何を選びますか?」

 俺は力の片鱗を実感し、喜びのあまり、刀をブンブンと振り回し続けていた。

「あの〜……。あのー!!」

「あ、はい! す、すみませんっ!」


 イーリスは、これだから男子は……とでも言いたげな視線を向けてきた。

 軽く一つ咳払いをし、最後の力を早く決めろと催促する。

「で、最後の力、何にしますか?」


(そうか、あと一つ……。この選択は、きっと運命を左右する。死ぬ前に、やり残したことといえば……あっ、彼女が欲しかっ……いやいや違うだろ! もっと大事なことがあるだろ俺! うーん……おっ、そうだあれだ!)


「最後の力、決めました!」

「はい、何を望みますか?」

「動物たちとも話せるようになりたいです」

「……それだけ、ですか?」


「たった少しの時間でしたが、タイガ、オナガ、ミドリたちと、もっと深く意思疎通ができていたら、もっと良い戦い方ができたかもしれない。もしかしたら、彼らも命を落とさずに済んだかもしれない……。そう思うと、悔しくて」


 イーリスはしばらく黙り込んだあと、優しく微笑んだ。

「……なるほど。それなら、せっかくですし、“全ての生き物と話せる力”を授けましょう。きっと、それがあなたにとっての本当の強さになるはずです」

「全ての生き物と……それは有難い! ぜひ、それでお願いします!」


「では、その力を与えましょう」

 再び、俺の体が金色の光に包まれる。体の奥から、温かな何かが広がっていく――

「力の付与、完了しました」

「ありがとうございます! では、イーリス様からいただいた力を糧に、来世でも精進して参ります」

 俺は膝をつき、深々と頭を下げて、最大級の感謝の意を示した。


「頭を上げてください。あなたのその優しさは、生まれ持った素晴らしい力です。きっと、ご両親があなたを大切に育ててくださったのでしょうね。私もとても嬉しく思います」

「いやぁ、俺なんて、ただのドラ息子ですよ。鬼にもあっさりやられちゃいましたしね……はは」


 神や仏と同じほどの存在であろうイーリス様にそう言われた俺は、自分のこと以上に、両親が褒められたことが嬉しくて、思わず照れ笑いを浮かべた。


「謙遜しなくてもいいんですよ。あ、そうだ! あなたの優しさに触れて、とても良い気分になりましたので、特別に一つ願いを叶えて差し上げましょう!」

「願い……ですか」

「何なら、もう一つ力を授けることも許可しますよ」

「うーん、そうだなぁ……」


 ありがたい申し出ではあるが、急にもうひとつと問われても、すぐには思い浮かばず困ってしまう。あれこれと思案を巡らせたが、今の俺に必要なものは、もはや無いように思えた。

 もうこれ以上は要らないと口にしかけたとき、不意にある人の願いを叶えてあげたいという思いが胸をよぎった。


「あの〜、俺のこと以外でも叶えてもらえたりしますか?」

「構いませんが、逆にそれでよろしいのですか?」

「俺にはもう充分すぎるほどのものを頂きました。あとは、自分の力でなんとかしていきます」


「……そうですか。わかりました。では、その願いとは何でしょう?」

「鬼切丸に、機織りの才能を授けてあげてほしいんです」

(……⁉)

「できれば……呉羽姫さんと、もう一度会わせてあげられたら嬉しいなぁ〜、なんて……贅沢ですかね?」


 イーリスは、桃太郎からのまさかのお願いに、目を大きく見開き、言葉を失っていた。

 そして、開かれたその瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちだした。

 突然目の前の女性が泣き出すもんで、俺は慌てふためいてしまう。


「あわわわー! なな、なんか変なこと言っちゃいましたか⁉ すみません、すみませんっ!」

「あなたという方は……ふふっ。涙を流すなんて、一体いつぶりでしょうか。桃太郎さん、あなたは本当に素晴らしい人ですね!」

「は、はぁ……?」


「あなたの願い、もちろん叶えてあげましょう。——はい、これであのお二人は、幸せな一生を歩むこととなりました。せっかくなので、桃太郎さんの功績を忘れぬよう、あなたの軌跡を、ほんの少しだけ付け加えておきましたよ」


(軌跡? なんのこっちゃ? まぁ、あっちの世界じゃ俺の役目は終わった身だ。どうでもいいさ。二人が幸せになってくれるなら、それが一番。鬼退治には失敗したけど、誰かを救うことができたのなら、それこそが、俺が起こした奇跡というものだ。命を賭けた甲斐があったってもんだな!)



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