俺は居住まいを正し、改めて残された“力”の使い道について思いを巡らせた。
不慮の死は遂げずに済むようになったとはいえ、未知の脅威に立ち向かうことには変わりない。
下手をすれば、再び命を落とすことだってある。
だからこそ――慎重に、そして真剣に選ばなければならなかった。
数刻後、意を決し、イーリス様に力の内容を伝えた。
「よし、決めた。イーリス様……俺は弱い。弱すぎた。俺がもっと強ければ、仲間を失わずに済んだかもしれない。あんな後悔は、もう二度としたくない。だから……俺に力をください!」
「はい、だからさっきから授けるって言ってるんですけど?」
「——あっ、えっと……言い方が悪かったですね。すみません(うーわ、恥っず! 気合入れて発言しといて、下手こいてしまった〜)」
慌てて言い直す。
「ち、力というのは……強さ、そう強さのことです! 魔物とやらも蹴散らすことのできる強さを下さい!」
「強さ……ですか。少し抽象的すぎますね。具体的にどんな強さが欲しいですか?」
そう言われて、再び俺は思案する。
俺にとっての“強さ”って何だろう――
ふと視線が腰に差した金光へと向いた。
(そうだ、これだ!)
「両親に持たせてもらったこの刀……でも俺の弱さのせいで、こいつを震わせることしかできなかった。だから、この刀で“何でも切れる力”をください!」
「なるほど。それは素敵な発想ですね! では、桃太郎さんとその刀に、“何でも切れる力”を授けましょう」
イーリスがそう告げた瞬間、俺の体が再び淡く、金色に輝き始めた。
「うおぉっ⁉ 体が軽い……力がみなぎってくる!」
「少しオマケして、その刀が一生折れないようにもしておきました」
「あ、ありがとうございます! おわぁ~、刀がめちゃくちゃ軽く感じる! すっげぇ……」
「さて、次が最後ですね。何を選びますか?」
俺は力の片鱗を実感し、喜びのあまり、刀をブンブンと振り回し続けていた。
「あの〜……。あのー!!」
「あ、はい! す、すみませんっ!」
イーリスは、これだから男子は……とでも言いたげな視線を向けてきた。
軽く一つ咳払いをし、最後の力を早く決めろと催促する。
「で、最後の力、何にしますか?」
(そうか、あと一つ……。この選択は、きっと運命を左右する。死ぬ前に、やり残したことといえば……あっ、彼女が欲しかっ……いやいや違うだろ! もっと大事なことがあるだろ俺! うーん……おっ、そうだあれだ!)
「最後の力、決めました!」
「はい、何を望みますか?」
「動物たちとも話せるようになりたいです」
「……それだけ、ですか?」
「たった少しの時間でしたが、タイガ、オナガ、ミドリたちと、もっと深く意思疎通ができていたら、もっと良い戦い方ができたかもしれない。もしかしたら、彼らも命を落とさずに済んだかもしれない……。そう思うと、悔しくて」
イーリスはしばらく黙り込んだあと、優しく微笑んだ。
「……なるほど。それなら、せっかくですし、“全ての生き物と話せる力”を授けましょう。きっと、それがあなたにとっての本当の強さになるはずです」
「全ての生き物と……それは有難い! ぜひ、それでお願いします!」
「では、その力を与えましょう」
再び、俺の体が金色の光に包まれる。体の奥から、温かな何かが広がっていく――
「力の付与、完了しました」
「ありがとうございます! では、イーリス様からいただいた力を糧に、来世でも精進して参ります」
俺は膝をつき、深々と頭を下げて、最大級の感謝の意を示した。
「頭を上げてください。あなたのその優しさは、生まれ持った素晴らしい力です。きっと、ご両親があなたを大切に育ててくださったのでしょうね。私もとても嬉しく思います」
「いやぁ、俺なんて、ただのドラ息子ですよ。鬼にもあっさりやられちゃいましたしね……はは」
神や仏と同じほどの存在であろうイーリス様にそう言われた俺は、自分のこと以上に、両親が褒められたことが嬉しくて、思わず照れ笑いを浮かべた。
「謙遜しなくてもいいんですよ。あ、そうだ! あなたの優しさに触れて、とても良い気分になりましたので、特別に一つ願いを叶えて差し上げましょう!」
「願い……ですか」
「何なら、もう一つ力を授けることも許可しますよ」
「うーん、そうだなぁ……」
ありがたい申し出ではあるが、急にもうひとつと問われても、すぐには思い浮かばず困ってしまう。あれこれと思案を巡らせたが、今の俺に必要なものは、もはや無いように思えた。
もうこれ以上は要らないと口にしかけたとき、不意にある人の願いを叶えてあげたいという思いが胸をよぎった。
「あの〜、俺のこと以外でも叶えてもらえたりしますか?」
「構いませんが、逆にそれでよろしいのですか?」
「俺にはもう充分すぎるほどのものを頂きました。あとは、自分の力でなんとかしていきます」
「……そうですか。わかりました。では、その願いとは何でしょう?」
「鬼切丸に、機織りの才能を授けてあげてほしいんです」
(……⁉)
「できれば……呉羽姫さんと、もう一度会わせてあげられたら嬉しいなぁ〜、なんて……贅沢ですかね?」
イーリスは、桃太郎からのまさかのお願いに、目を大きく見開き、言葉を失っていた。
そして、開かれたその瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちだした。
突然目の前の女性が泣き出すもんで、俺は慌てふためいてしまう。
「あわわわー! なな、なんか変なこと言っちゃいましたか⁉ すみません、すみませんっ!」
「あなたという方は……ふふっ。涙を流すなんて、一体いつぶりでしょうか。桃太郎さん、あなたは本当に素晴らしい人ですね!」
「は、はぁ……?」
「あなたの願い、もちろん叶えてあげましょう。——はい、これであのお二人は、幸せな一生を歩むこととなりました。せっかくなので、桃太郎さんの功績を忘れぬよう、あなたの軌跡を、ほんの少しだけ付け加えておきましたよ」
(軌跡? なんのこっちゃ? まぁ、あっちの世界じゃ俺の役目は終わった身だ。どうでもいいさ。二人が幸せになってくれるなら、それが一番。鬼退治には失敗したけど、誰かを救うことができたのなら、それこそが、俺が起こした奇跡というものだ。命を賭けた甲斐があったってもんだな!)