「そうそう、言い忘れていましたが、鬼はあなたのおかげで討伐されましたよ」
「えっ、俺って……食べられて死んだはずじゃ⁉」
「それはそうなのですがね。お母様から授かったお守りのこと、覚えていますか?」
俺は胸に手を当て、懐にしまっていたお守りの感触を思い出す。
「あのお守りの中には、種が入っていたのはご存じでしたか?」
「たしか、川から流れてきた桃の種を入れていたとか——」
「ええ、そうです。桃には、邪を払う力があります。あなたのご両親が召し上がったその桃は、実は天上の神がうっかり地上に落としてしまった“神木の実”だったのです」
「神木の実……だからずっと大事に神棚に祀ってあったのか」
「ご両親はその正体をご存じなかったでしょうが、神棚に祀っていたことが功を奏しました。鬼があなたを食べた後、あなたの血が種に染み込み、発芽を促したのです。神木の種は、本来芽吹くまでに長い年月を要しますが、ひとたび芽が出れば、恐ろしいほどの速さで育ちます。鬼の腹の中で神木は大木へと成長し、その力によって、鬼は内から裂かれて倒れました。つまり――あなたは、自らの命を賭して鬼を討ったのです」
「……まぁ、終わり良ければ何とやら、ってやつですかね」
「そう思っていただけるなら、私としても救われます。改めまして、こうなってしまったこと、本当に申し訳ありませんでした」
銀河を統べるという、あまりにも偉大な存在であるイーリス様が、再び深々と頭を下げたので、俺は慌てて、それよりも深く頭を下げ返した。地に額が届く勢いだった。
「いやいやいや、大丈夫ですからっ! そんな、頭なんて下げないでくださいっ!」
「あなたの優しさ、心に沁み入ります。……そうそう、鬼を討ったあなたは、いまや英雄として語り継がれる存在となりました。今後、何百年、何千年と、あなたの名が世に刻まれることでしょう」
(うへぇ〜……マジかよ。でもどうせなら、生きてるうちにチヤホヤされたかったなぁ……トホホ)
俺の落ち込んだ心を察したのか、イーリスは何かを思いついたように、手を打ち鳴らし「そうだわ!」と大きな声をあげた。
「ど、どうなさいました、イーリス様?」
「最後に、もう一つだけ。私からの贈り物を差し上げましょう! これから渡す物の存在は、絶対に誰にも内緒ですよ?」
そう言って、人差し指を唇に当て「しーっ」と内緒の仕草をしてみせた。
相当ヤバい代物でも渡されるのだろうか……。
「異世界でのご活躍に助力できるよう、アイテムボックスをお渡ししておきます!」
「アイテム……ボックス?」
「ああ、そうでした。訳すと、道具箱。物をしまっておける不思議な空間のことです。広さは、そうですね……あなたが暮らしていた部屋ほどでしょうか。おおよそ十畳分といったところですね」
「じゅ、十畳⁉」
「アイテムボックスには生き物以外なら何でも収納できます。しかも、中の物が腐ったり壊れたりすることは決してありません」
「それって……めちゃくちゃ便利なんじゃないですか⁉」
「ですです! 向こうでも持っている者もわずかにはいるみたいですが、容量はせいぜいリュック……背負い鞄(いちいち日本語に訳すの面倒ね……あとで調整を入れておきましょう)くらいの物ですので、いかにコレが特別か、お分かり頂けるでしょ?」
「とても助かります! 何から何までありがとうございます、イーリス様!」
「アイテムボックスは首飾り型にしておきますね。他の人に奪われないよう、あなたの身体から離れすぎると、自動で戻ってくる仕掛けを施しておきました」
「さすがイーリス様……細やかな心配りまで完璧だ……。本当に素敵なお方です!」
「んまぁ〜! 褒めても、もう何も出てきませんよ! ……じゃあ、エリクサー、万能治療薬を三本ほどアイテムボックスに入れておきますわね!」
左目だけをつぶって微笑むイーリスの仕草に、俺は思わず頬を染めてしまった。
(別に物をねだるつもりで褒めたわけじゃないけど、喜んでもらえたなら嬉しい限りだ。しかも、また何やらすごそうな物を頂いてしまった……。
こういうのを、たらし込むって言うんだっけか? もっと褒めまくったら、次は何がもらえるのかなぁ……って、コラッ! 俺は英雄扱いされる男なんだろ!(全然実感ないけど)立派な男になって、今度こそ生きてチヤホヤされる人生を送るんだろうが! 邪なことばかり考えるんじゃない!)
自分に喝を入れ直すと、俺は姿勢を正し、イーリス様に深々と頭を下げた。
「本当に、いろいろありがとうございます! 俺、次の場所でも立派に生きていきます!」
「ええ、頑張ってくださいね」
そう決心したものの、ふと素朴な疑問が浮かんだ。
「……そういえば、次の世界では、俺は何をすればいいんでしょうか?」
「あなたが望むままに進んでいただければ結構ですよ」
「俺の……望むまま、か。うーん、よく分からないなぁ?」
「あなたが、こうしたい、こうありたい、と思う方向へ、真っ直ぐ進んでください」
「……分かりました。自分を信じて邁進します! 今度は、生きたまま英雄譚を語られるような存在になれるよう、努力していきます!」
力強く抱負を語った俺に、イーリスは何も言わず、深く頷いてくれた。その瞬間、まわりの景色が白く染まりだし、空間がどんどん狭まっていく。
「なっ、なんだ?」
「出立の時間ですね。あなたのご活躍、陰ながら見守らせていただきます。どうか息災で」
周囲の白がイーリス様をも包み込み、最後に俺だけが残された。
しかし、不思議と恐怖などは感じなかった。むしろ、魂が奮い立ち、心が躍るのを感じた。
俺は静かに息を吸い込み、ゆっくりと目を閉じた――