近くを流れていた小川で血を洗い流しに行っていた間、ティガは黙々と作業にあたってくれていた。
「あ、旦那、おかえりっす! ちょうど解体も終わったっすよ」
「ご苦労様——って、こんなにたくさんあるのか⁉ これ、どうやって運ぼうかな……」
「大将のアイテムボックスには入らないのですか?」
「あ~それなんだけどさ、このアイテムボックス、生き物は入れられない仕様なんだよね」
「でも、これは……“元”生き物なんじゃないです?」
「言われてみればそうか。なら試してみるか」
俺はアイテムボックスである首飾りを手に取り、ジャバリの向けてかざした。すると、それらが吸い込まれるように次々と収納されていく。
「おぉ、イケるな! これなら全部入りそうだ」
順調にアイテムボックスへと吸い込まれていくジャバリの肉。しかし、残りがわずかになったその時——
『ゲプッ!』
……今、なんか変な音がしたよな? もしや容量の限界か? 考えてみれば、さっきのジャバリ、“元”俺の部屋より絶対大きかったもんな……。
詰め込み過ぎて壊れでもしたら大変なので、皮は自分たちで持つことにした。
少し大きめの骨は、ティガが嬉しそうにガブガブと齧りついていたので、そのまま持って歩いてもらうことにした。
「よし、これで全部だな。じゃあ、気を取り直してコボルトの集落に向かおうか」
ジャバリに遭遇してから、一時間ほどが経った。
目の前に、木々のない開けた平原が見えてきた。
「あそこがおいらたちの集落っす。ちょっと話つけてくるんで、ここで待っててもらえるっすか?」
「ああ、よろしく頼む」
「任せるっす!」
——数分後。
「ティガ、お帰り……って、その顔どうしたんだ⁉」
ティガの額には、見事なタンコブが二つ。どう見ても誰かに殴られた跡だ。
「長の手下に、またこっぴどくヤラレたっす~。イテテ……」
やっぱり簡単には入れてもらえそうにないか。
「殴られたあげく、ジャバリの骨まで奪われちまったっすよぉ……」
ジャバリの骨……そうだ!
「なぁ、俺にちょっと考えがある。悪いけど、もう一度だけ交渉に行ってきてもらえるか?」
「マジっすか⁉ またひでぇ目に遭わされるっすよぉ~」
「たぶん今度は大丈夫。その手下って奴らに、こう伝えてきてくれないか?」
「何を言うんっすか? ……あぁ、なるほど! 旦那、天才っすね!」
「じゃあ、ご武運を祈ってるよ!」
「うっす、次こそは任せるっす!」
——さらに数分後。
「連れてきたっす! こちら、ボアーズとヤーキンっす。槍を持ってるのがボアーズで、斧の方がヤーキンっす」
ティガが連れてきた二人は、門番としては申し分のない、屈強な体つきの若者だった。
顔つきはそっくりだが、持っている武器の違いにより、区別ができた。ただ、それ以外に二人を見分ける方法が俺には分からないほど、二人はよく似ている。
二人とも、肩当てにしゃれこうべを着けており、それが威圧感を増幅させていた。
槍を持ったボアーズが、口を開いた。
「こいつが我らと意思疎通ができる人間か?」
「そうっす! しかも、めっちゃ強いっす!」
ティガ! 余計なこと言わんでいいっ! 変に警戒されたらどうするんだよ!
「いやいや、俺なんかより、君たちの方が絶対強いでしょうに。あ、俺は桃太郎と言います。こっちは仲間のララです」
ララは俺の後ろに隠れており、不安そうな表情を浮かべている。
彼女にはボアーズたちの言葉が通じないので、当然の反応だ。武器を持った相手と会話ができない状況なんて、怖いに決まってる。
「今日は、折り入ってご相談がありまして、コボルトの長様とご面会したく、馳せ参じました」
俺が長との面会を直訴すると、ボアーズとヤーキンは顔を寄せて、何やらゴニョゴニョと相談を始めた。
さすがに俺の能力でも、小声での会話までは聞き取れない。
しばらくして、ヤーキンがこちらを睨みながら言った。
「出せ。あるんだろ、まだ」
「出せって……何をです?」
「アレだよ、アレ!」
……あぁ、賄賂的なやつか。こういう時って、いくらぐらい渡せばいいんだろう? 全財産ってのはさすがに困るし……とりあえず様子見で、一万ガルくらいでいってみるか。
「じゃ、じゃあ、これで……」
「はぁ⁉ テメェふざけてんのかオラァー‼ こんなモン、俺らにとっちゃなんの価値もねぇんだよ! さっさと『白いブツ』を出しやがれ!」
そっかぁ……お金なんて所詮人間が勝手に価値をつけたもの。コボルトたちにしたら、ただのちょっと綺麗な円盤でしかないってことか。でも『白いブツ』ってなんのことだ……? 俺、何かヤバい白い粉的なものなんて持ってたっけか? 白いブツ、白いブツ……。
「なにモタモタしてやがる! 早く出せよ、骨‼」
「は、はぇ~⁉」
「さっきティガから聞いてんだよ! まだ持ってんだろ、ジャバリの骨をよぉ! 早くそれを出せっつてんだろうがっ!」
あ、あぁ~、そうだった。骨ね、骨! 強面の兄ちゃんが『白いブツ』とか言うから、焦っちゃったじゃんか。
「ちょ、ちょっと待っててくれ。すぐ取ってくるから」
そう言い残し、俺はアイテムボックスからジャバリの骨を取り出すため、森の木陰へと向かった。
「お待たせ。はい、どうぞ」
「ワオーン! あばら骨じゃねぇか!」
「おい、ヤーキン! 声がデカいぞ。アビフ様に聞こえたらどうする!」
「おっと、すまねぇ。つい興奮しちまって……」
「ボアーズさんの分もありますよ」
「ワ……ワオーン! なんだよ兄ちゃん、分かってんじゃんかよぉ」
わりとチョロくて助かった。しかし……見た目はともかく、中身は完全に犬だな。
二人は骨を抱えて、まるで宝物のように体に擦りつけている。その姿を見て、昔飼ってた柴犬・びーちゃんのことを思い出した。
母ちゃんから鰹節もらった時、あんな風に夢中で体にこすりつけてたっけか。
その光景を思い出し、俺は思わず微笑んだ。