……めっちゃ怒られた。
前世でも同じようなことで怒られたっけか……。今回は、ぜんっぜん下心なしで、きびだんごを食べてもらったんだけどなぁ~。
でも俺の仮定は、どうやら正しかったらしい。アテナさんは、忠誠心なんて一片も見せなかった。
「やっぱり、きびだんごを丸々食べなければ問題ないみたいですね!」
そう言った矢先——
アテナさんがララとの会話を中断し、こちらに向かって来ると、威勢よく俺を奈落へと落とす一言を放った。
「私、桃太郎さんについていきます‼」
万事休す——
指の隙間から覗けば、アビフ様の厳つい顔が目前にある気がして、怖くて顔を上げられない。ララ、助けてぇ……。
「大将、アテナお姉ちゃんが、一緒にテソーロに行きたいって言ってくれているです。街に行って、人間と争わないようにお話し合いしたいって!」
あ、あぁ~、そういう意味の『ついてくる』ね。そ、そうだよね! はぁ~一安心……。
指の間からチラッとアビフ様のお顔を伺う。ちょっとだけこめかみ辺りの血管が浮き上がってるような気がするけど……たぶん、いやきっと大丈夫……だと信じよう。
「アテナさん。そう言ってくれて感謝します! 人とコボルトが手を取り合う、その架け橋となってくれることを期待してます!」
「はいっ、頑張ります! お父様も一緒に来てくれますよね?」
愛娘からの懇願を受け、アビフ様は頭を抱えた。
「うぅむ……そもそも儂らが人族と手を組むことに、どんなメリットがあるというのじゃろうか?」
「先ほどアテナさんにお渡しした装飾品、気に入ってもらえたかと思います。ああいうのを作るのは、人間の得意分野です。手先が器用な人間と、戦いに長けたコボルトが協力すれば、お互いの弱点を補えるはずです。これこそ『共存共栄』ってやつだと思いませんか? 争い合うなんて非経済的じゃないですか。みんなで、もっといい世界にしていきたくはないですか?」
「君の言うことは最もだがなぁ……」
「それに、俺、見たんです」
「何をじゃ?」
俺は、最後まで取っておいた切り札をここで出した。
「人間は、アレを捨てちゃうんですよ」
「アレ……とは?」
「コボルトさんたちが大好きな、アレです」
「だから何じゃて!」
「アレとは……骨です!」
「ほ、骨を棄てるじゃとぉ⁉ 信じられん……あんなにも甘美な物を……勿体ない‼」
「そう、勿体ないんですよ! でも、アビフ様たちも、人からすれば勿体ないことをしているんですよ」
「儂らが勿体ないことだと? 儂らは常に命を余すことなく頂いておるぞ、戯けが!」
「それは存じています。それではなく、俺が言っているのは——魔含のことです」
「魔含……あぁ魔物の残骸のことか」
「そうです。魔含は、人間にとって貴重な資源なんです。コボルトは戦闘に強い。魔物討伐にも優れてる。だから人間と協力すれば、大きな利益になるはずです」
「……ふむ。確かに、儂らは群れで戦うことに長けておる。統率力を武器に、どんな敵にも立ち向かう強さを持っておる。儂らの前では、魔物など大した脅威ではない」
「そうでしょう、そうでしょう! 最近この界隈で魔物が多く出没しているらしいのですが、それを討伐できれば、賞賛も報酬も得られる。通貨が手に入れば、人間の文化や物品も手に入れられます。美味しい食べ物や、それこそ、もっと甘美な骨にだって出会えるかもです!」
アビフ様が、徐々に前のめりになってきた。口元にはうっすらヨダレまで垂れている。
よし、あと一押し!
「食べ物だけじゃないですよ。人間は住まいを造るのも得意です。通貨があれば、今よりずっと快適な住まいが手に入ります。テソーロにはバーニョもたくさんありますから、いつでも湯浴みもできますよ!」
「湯浴みか……。儂らはあまり水に濡れるのを好まんが、温かい湯となると……うぅむ……試してみたくもあるような、ないような……」
あ、やっちゃまったかも……。そうかぁ~、風呂に入るのが好きじゃない種族もいるんだなぁ……。世の中、知らないことだらけだ……。って、そりゃそうか。俺、まだこの世界に来てまだ数日だしな。鍛錬に加え、勉強も必要か……忙しくなるなぁ。
俺が少し途方に暮れていると、アビフ様がぽつりと口を開いた。
「……貰おうか」
ん? 今なんか言った……?
「すみません、今なんと?」
「ふん、何を今さら。決まっておろう、きびだんごとやらを、儂にも食わせて貰おうかと言っておるのじゃ」
「本当ですか⁉ ありがといございます!」
俺はアテナさんと同じく四分の一個のきびだんごを、アビフ様にも渡した。
「う~む、美味だな。可能であれば、もっと食してみたいものじゃ」
「俺の両親の手作りなので、そう言ってもらえて嬉しいです!」
「お父様。これで私達は人族と会話ができる存在となりました。この奇跡とも言える力を得て、お父様は何を望まれますか?」
その質問に、アビフは熟考する。
「……これは女神アイリス様が、我々コボルト族に与えし洗礼じゃろう。これも何かの縁——新しい時代の幕開けかもしれんな。儂はこの力をもって、コボルト族の一層の繁栄を望む。そのためには、人族との交流は避けては通れまい」
驚いたことに、コボルト族も人間と同じ『アイリス様』という女神様を信仰していた。思わぬ共通点が、ここにあった。
「アビフ様……。そのお考え、心から共感します。俺はその架け橋になりたい。ぜひお手伝いさせてください!」
差し出した俺の手を、アビフ様が力強く握り返してくれた。その瞬間、部屋の中から拍手が湧き起こった。
「話はこれで終わりじゃな。では、我々も——カーニバルへと参るぞ!」
アビフ様の号令とともに、「やったー!」「よっしゃー!」と、皆が元気に外へ飛び出していく。
俺も——初めての祭りに胸を高鳴らせながら、勢いに任せて外へ駆け出した。