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第36話 表情が物語る

 料理が運ばれてくるのを、みんなで静かに待つ……なんてことはなく、ララがソワソワしながらスプーンをいじり、ガストンさんは「腹減ったな」とぼやき、レイラさんがそのたびに小声で注意している。


 俺はといえば、ついチラチラと準備をするチャットさんの方を見てしまっていた。

(……あ、ち、違うよ⁉ フ、フルコースってのが、どんな料理かが気になってるだけだかんね!)

 そして、ついに——


「皆さま、お待たせいたしました。まずは前菜でございます」

 そう言って運ばれてきたのは、小さな皿にちょこんと盛られた美しい一品。色とりどりの野菜に、花のような形の魚の刺身、そして薄く削られたチーズが舞うように散らしてある。


「うわぁ……これ、食べていいやつなのか? 飾りとかじゃないよな?」

「もちろん食べられるよ、太郎! これは『サーモンとハーブのカルパッチョ』だよ」

「へえ……じゃ、いただきます」


 一口食べた瞬間、口の中に爽やかな香りと塩気が広がった。サーモンの柔らかさとハーブの香りが絶妙で、とても上品な味がした。

「……うまっ。何これ、うまっ!」

「ララも、いっただきまーす……う、うんまぁ~い‼」


「ララ様、食べながらおしゃべりしない!」

「むぐぅ~、せっかくの美味しい料理が台無しになるです~、ぶーぶー」

 豚さんになったララを見て、食卓に明るい笑い声が響いた。


「次は、スープでございます」

 スープは黄金色に輝くコンソメスープ。香りが立ちのぼるたび、胃がさらに刺激される。

 ティガが興奮を隠せないといった様子でスープを嗅ぎ続けている。


「クンクンクン……‼ この匂いは……バカの骨っすかね⁉」

(バ、バカだと⁉ ……まぁ、脳内翻訳機能がバカ=牛と教えてくれているのだが。コネコといい、バカといい、こっちの言語と日本語では、別の意味になる言葉が多くて面白いな)


「こちらのスープは、バカの骨と香味野菜を三日間煮込んだものです」

「三日も……手が込んでますね。いただきます——うわぁ~……染みるなぁ……」

 複雑な旨味が口の中で広がる。鼻からは香味野菜の風味がふわっと抜けていく感じがした。俺は一口ずつ、その旨味をゆっくりと味わった。


 アテナさん以外のコボルトたちは、その嗅覚で、スープの奥深さを味わうと、皿を盃のように手に持ち、ゴクリと一気飲みしてしまった。

「もう、お父様! ちゃんとスプーンを使わないと」

 ガストンさんが笑いながら擁護する。


「なっはっはー。問題ないですよ、アテナさん。食事は自由に楽しんでこそだ! なぁ、チャット」

「おっしゃる通りでございます。一気に飲み干したくなるほど気に入って召し上がっていただけたのなら光栄ですから」


(やっぱりチャットさんは、器が違うなぁ~……)

「魚料理、お持ちしました」

 次に来たのは白身魚のポワレというらしい。皮目がカリッと焼かれ、身はふっくらとしている。ソースは濃厚だけどくどくない。


「これも、旨味が凄い……(米と一緒に食いてぇ~)」

 お次はソルベ。口直しの氷菓子らしい。柚子のような香りで、さっぱりとした甘みが、お口直ししてくれた。


 初めて食べる冷たくて甘い食べ物に、アビフ様の表情が一気にゆるむ。

「なんじゃ~これは~。冷たくて甘くて蕩ける……まるで、天国じゃなぁ~!」

「なっはっはー。アビフ殿、お次はお待ちかねのメインディッシュですぞ!」


「メインディッシュ……つまり、肉料理か⁉」

「お待たせしました。メインの肉料理でございます」

 運ばれてきた肉料理に、コボルトたちは目を輝かせた。


 ティガは、皆の前に皿が並ぶのを待ちきれずにいた。

「うひゃー美味そぉー‼ ……あぁ、駄目だ……ヨダレが止められねぇっす……。すんません旦那! お先っす——ん、んんっ⁉ これ……オレの知ってる肉じゃねぇっす……」


「あまり口に合わなかったか?」

「違うっす……口に入れた瞬間……なくなったっす。う……美味すぎて、ふ、震えが止まらねえっす……」


 ティガが突然震え出したので、チャットさんが心配そうに俺に声をかけてきた。

「お、おい太郎! あのティガってコボルト君が震えてるみたいだけど……もしかして、アレルギーとかがあったんじゃ——」


「ご心配無用です! お肉が美味すぎて震えが止まらないって言ってるだけですよ」

「そ、そっか。ならよかった」

 まだコボルト達の言葉が分からないチャットさんは胸をなでおろしていた。


(異種族のことも心配してくれるチャットさん……トゥクン!)

 メインディッシュのお肉は、ティガが震えるのも理解できるほど美味しかった。本当に歯がいらないくらいに、簡単に口の中でとろけだした。

 皆が声を揃えて「こんなの食べたことない」と口にしていた。


 メインディッシュを絶賛する中、最後に運ばれてきたのは、美しく飾られた甘味の盛り合わせだった。それらはまるで、皿の上で宝石のように輝いている。

「デザートプレートをお持ちしました」

 アテナさんが、珍しく興奮した様子でデザートを眺め続けていた。


「すごく繊細で……見た目もかわいい……」

「だね、アテナお姉ちゃん! 食べんのもったいないけど……いっただきまーす!」


「あぁ、ララちゃん! でもそうね、眺めてるだけじゃ、この子たちも可哀想だし、作ってくれた方にも申し訳ないか。ありがたく、いただきます——⁉ ふわふわのケーキと、酸っぱい果物が……とてもよく合う! なんて美味しい食べ物なんでしょう」


「ふふっ。表情だけでも、美味しいと思っていただけているのが伝わってきますね。僕も、頑張って作った甲斐があります」

「チャットさん、どれもこれも、全部美味しかったです! コボルトの皆さんも口々に絶賛していましたよ」


「うん、ありがとう」

(……料理って、こんなにも人を幸せにする力があったんだなぁ。父ちゃんと母ちゃんも、こうやってお客さんに喜んでもらうために、店頑張ってくれてたんだな……ありがとう)

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