◆◇◆◇
「じゃあ、ララ。パパとママはお仕事に行ってくるね」
「ララティー、もし帰りが遅くなったら、食糧庫にあるパンを食べててね」
「ぱぱ、まま、ちゅー」
小さなララは両親に、行ってきますのキスをせがむ。
二人に抱きしめられ、すっぽりとその腕に包まれた。少し息苦しくなるが、それがやけに心地よかった。
「がんばってねー。ばいばーい」
「愛してるよ、ララ」
「良い子にしててね、ララティー」
——それが、家族の最後の言葉となった。
◆◇◆◇
一筋の涙が、ララの頬をつたう。
「また……パパとママに、会いたいです——」
その声に、ガストンさんがそっとララの頭を撫でる。
「うん、そうだよな。じゃあ……会いに行くか!」
「……えっ⁉︎」
ララはまだ、あのことを知らない。会うことなど、できるはずがないと、俺だけが知っていた。
俺は小声で、ガストンさんに問い詰める。
「会いに行くって、どういうことですか? そんなの無理じゃ——」
「ベリアに調べてもらってた例の件、今朝わかったんだ。名前と、埋葬されてる場所も、な」
「埋葬……って?」
しまった……聞こえちゃった! ガストンさん、こんな時まで声がデカいんだって……。
「ああ、すまん。……ララちゃんには、まだちゃんと話してなかったな。実は、君のご両親は……もうこの世にはいない。亡くなったんだ」
その残酷な事実が、幼い心にどれだけの傷を与えるかと思うと、胸が締めつけられた。
しかし、当の本人はと言うと——
「そうですか……。なら、良かったです」
そう言って、微笑んだ。か細い声だった。
俺には、その心情をまったく測ることができなかった。
「良かった……って、どういう意味だい?」
「だって……パパとママは、ララを見捨てたんじゃなかったってことですよね。どっかで下手こいて、死んじゃったってことですもんね」
おいおい、下手こいたって……。
こんな時まで、ララの言葉は相変わらずトゲトゲしいなぁ、なんて考えていたその時だった——
「すまないっ! 下手こいたのは、俺の方なんだ!」
ガストンさんが、突然そう叫んだ。
「俺があの時、足を滑らせちまったせいで……本当にすまないっ‼」
「ガ、ガストン……さん?」
俺はララに、あの日の出来事を説明した。ガストンさんと、ララの両親に何が起きたのかを。
「——そんなことが……あったんですね……」
「謝っても、彼らは戻ってこない。けど、それでも……何度でも謝らせてくれ。……申し訳ない……」
深く、何度も頭を下げるガストンさん。
ララの目からは、また涙がこぼれていた。
その涙を手の甲で拭きながら、ララはそっとガストンさんの頬に手を添える。そして、囁くように言葉をかけた。
「……生きててくれて、ありがとうです。パパとママの命、無駄にならなくて……よかったです!」
涙を湛えたその顔に浮かぶ、まっすぐな笑顔。
それを見て、俺は思わずもらい泣きしてしまった。
ガストンさんも、長年背負ってきた重荷から解き放たれたかのように、大声で泣きながら叫んだ。
「うおぉぉぉぉっ‼ 本当にすまない……ありがとう……! これからも、彼らにもらったこの命、絶対に無駄にしないって約束しようじゃないかぁぁぁー‼」
相変わらずの熱いセリフだ。涙を拭いながら、俺はその暑苦しさに思わず笑みを浮かべた。
その横で、ふとララが急にしおらしく俺の袖をつまんできた。
(スリスリ……)
袖を上下に撫で続ける。どうしたのかと様子を見る。
(スリスリ……スリスリスリスリ——)
ス、スリスリが止まらない⁉ さすがに気になって、何事かと問いかける。
「……なんだよ、さっきから俺の袖をスリスリして⁉」
「……ガストンさんのお顔……ベタベタしたです……気持ち悪い~」
(ガーーーン!)
(ガーーーン‼)
頬に触れたときに手についた、中年男性の皮脂あぶらを、俺の袖で必死に拭ってた……だと⁉ その仕草を、しおらしいと思ってしまった俺の感情を返してくれっ!
横にいたガストンさんはというと……あれ? いつの間にか姿が見えなくなっている。
辺りを見回すと、噴水のあたりにやたらと水しぶきが立っている。
「あぁ……めっちゃ顔洗ってる……」
「元気出すですよー、ガストンのおっちゃーん! おっちゃんなんだから、お顔がベタベタなのも、仕方ないですよー!」
「お……おう——あ、ありがとう……」
「全然フォローになってねぇよ、それ……」
そんなララの変わらぬ一言に、俺は思わず笑ってしまった。