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第42話 見捨てないで

 諸々の事態が落ち着きを取り戻し、俺はララを探しに外へ出ようとした。すると、チャットさんが、何かを手にして近づいてきた。

「太郎、これを持って行きな! きっと役に立つと思うよ」


「この箱はなんです?」

「いいからいいから。早くララを探してあげな。あの子、きっと待ってるよ!」

 そう言うと、必殺のチャットウインクがさく裂した。その笑顔に背中を押され、俺は謎の箱を持って屋敷の外へと飛び出した。



 広大な庭を走り回りながら、俺は何度もララの名前を呼んだ。

「ララー! おーい、ララー!」

 しかし、返事はない。庭を一周し終えた頃には、さすがに疲れも出て、俺はその場にしゃがみ込んだ。


「ふぅ……。ララのやつ、一体どこに行ったんだ、全く——」

 そう独り言ちた時、ふと、脇に抱えていた箱の存在を思い出す。チャットさんが「役に立つ」って言ってたっけな。よし、開けてみるか。


 箱の蓋を開けた瞬間、ふわりと甘い香りが広がった。

 それは、団子を作っていた時、ララが「いろんな味を作ってみたい」と言っていたのを受けて、チャットさんが試作していたお菓子——チョコレートの匂いだった。


「うわぁ~、めちゃくちゃいい匂い……」

 チョコレートの匂いを嗅いだだけで、心がとろけそうになる。

 これを食べたら、もっと幸せな気分になれるんだろうなぁ。そう思った、まさにその時だった——


(ドダダダダダダダッ‼)

 突如、地響きのような音が聞こえてくる。

「な、なんだ⁉ まさか、魔物⁉ か、金光を……って、部屋に置いて来ちゃってるし……やばっ」


 なんて一瞬焦ったのだが、ここはテソーロの街の中だ。魔物が現れるはずがない。敷地の広さが、それを忘れさせていた。

 じゃあ、あの音の正体は——


「って、あれは……ララか⁉」

 視界の先、こちらに向かって一直線に駆けてくる小さな影が見えた。それは、途轍もない速さでこちらに駆け寄ってきていた。


「おいおいおい、止まれんのか、その速さで⁉ あっ、ああああ~!」

 もはや避ける時間もなかった俺は、その場にしゃがみ込み、頭を抱えた。

 砂煙が収まり、恐る恐る顔を上げると、ララの姿は……ない。だが、何かがおかしい。


「……あれ? あっ! チョコレートが、ない?」

 視線の先で、生け垣がガサゴソと不自然に揺れている。

 そーっと近づいてみると、小さなお尻がぴょこりと飛び出していた。


 本人は上手く隠れていると思っているのだろうが……その光景に思わず笑みがこぼれる。

「(ふふっ、全く……)おい、ララ! 大人しく出てくるんだ」


 俺の声に反応し、生け垣がガサッと揺れる。そして、観念したように、ララが顔を覗かせた。

「ご、ごめんなさい……です」


 弱々しく謝るララの頭を撫でながら、俺も静かに言った。

「こっちこそ、ごめん。ララのこと、ちょっと放っておいちゃったな。悪かったよ」

 うつむいていた顔をお互いに上げた瞬間——俺は息を飲んだ。


「……うわぁっ! ななな、なんだよ、その顔は⁉」

「へ? なんのことです?」

「そこの噴水で顔を見てみなって! すごいことになってるから……」


「大将~。レディに向かって、顔がすごいことになってる……なんて言っちゃうとか……やっぱ礼儀がなってないですね~」

 なんだ、その言い方はっ! やはり今すぐにでもレイラ塾にブチ込んでやるべきかぁ⁉


 そんな悪感情を抱きつつも、俺はララの背を押して噴水の前まで連れて行った。

「分かったから、押さないで下さいです~。見ればいいんでしょ、見れば……って、うぎゃー‼」


 水面に映る自らの顔を見て、ララは発狂した。

 彼女の口の周りには、何やらドス黒い物がびっしりと付着していたのだ。

 ララは、必死でそれを取り去ろうと、口の周りを手で拭った。


「ななな、なんですかコレ~……って、あぁなんだ、チョコじゃん! 顔中に付いちゃってましたです~、てへへ」

 あ、ララの、てへへも可愛いなぁ……ってデレてる場合じゃねーよ!


「そんなになるまで必死に食べてたのかよ……。まったく、どこの誰が礼儀を語ってたんだか」

「ごめんなさいです……」


「まあいいさ。とにかく、無事に見つけられてよかった。チャットさんがチョコを持ってけって言った意味が分かったよ。さすがチャットさんだね、あはは」

「甘い匂いに釣られて、つい出てきちゃいましたです……えへへ」

 二人で顔を見合わせ、思わず笑った。



 ララの顔を噴水の水で綺麗に洗ってから、俺はちょっとだけ真面目な話を切り出した。

「なぁ、ララ」

「なんです? 大将」


「学校とか……行ってみたいって思わない?」

「学校……ですか。ララは今まで一度も学校には行ったことがないです。だから……行きたいかどうかも、よくわからないです。大将は、行ったことあるですか?」


「うん。俺の故郷はすごい田舎でさ。ちゃんとした学校じゃなかったけど、大きなお寺の住職さんに、文字の読み書きとか、算数とかを教えてもらったよ」

「オテラ? ジューソク……? なんだかよく分からないですね」


「そ、そうだよね(こっちの世界向けの語彙力がないもんで——すみません)」

「そこでの時間は……楽しかったですか?」

「楽しかったよ。うちの近くには、同年代の子どもがいなかったけど、そこへ行けば友達がたくさんいてさ。一緒に遊んで、勉強して——たまに叱られたりもしたっけかな」


 懐かしい記憶を話しながら、俺は思った。ララにも、そんな時間を過ごしてほしい、と。

「ララさえ良ければ、学校に通って——」

「い……です」


 ララが俯きながら、小声で何かを言った。聞き取れなかったので、聞き返した。

「え? なんだって?」

「いかない……です」

「どうして?」


「ララは……ずっと大将といるです! 大将のおそばにずっといたいですっ‼」

 ララは真っ赤な顔で、声を張り上げた。その姿があまりに必死で、俺は返す言葉を失った。


 気持ちはありがたいが、ララのためにどうするのが最善なのだろうか……。まだ自分だってガキンチョである。その答えを導けるわけもなかった。

「だから……ララを見捨てないで下さいっ! パパとママの時みたいに……うっ、うぇーん‼」


 突然、ララが泣き出した。忘れかけていた記憶が、ふと蘇ったのかもしれない。

 泣き声を聞きつけたのか、ギルドから戻ってきていたガストンさんが駆けつける。

「どうしたんだ、ララちゃん⁉ まさか桃くんが何かしたのか⁉」


「いやいやいや、違いますって」

「じゃあ、なんで泣いてるんだ⁉」

「た、大将が……ララを見捨てるって……」


「見捨てる——だと……⁉」

 ガストンさんが、めちゃくちゃ睨んできた。俺は慌てて否定する。

「言ってないってば! ララも、変な誤解を招く言い方しないでくれよ~!」


 俺は事情を説明した。話を聞いたガストンさんは、ゆっくりとララに向き直る。

「なるほど、そういうことか……。ララちゃん、ご両親のこと……覚えてるかい?」

「小さいときにいなくなったから、あまり覚えてないです」


「そっか。……ご両親のこと、恨んでるか?」

 ガストンさんにそう言われ、ララは目を閉じたまま、しばらく黙り込んでしまった——


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