目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第50話 ポツンとニューゲート

 マッドラットに遭遇してからは、特に何事もなく順調に森を進み続け、ついにコボルト族の集落へとたどり着いた。

 目の前に広がる光景に、思わず声が漏れそうになる。


 前回来たときには、ただの空き地だった場所に、門のような建造物が立っていたのだ。

 だが、テソーロのように塀で囲われているわけでもなく、ただ門だけがぽつんと立っている。なんとも不思議な光景だった。


 さらに奥には、以前にはなかった建物が三棟。驚くほどの速さで、拠点としての形が整ってきている。

 出来栄えはともかく、この短い期間にこれだけの建物を作れるとは……コボルト族の潜在能力は、本当にあなどれない。


 俺たちの姿に気づいたティガが、元気よく駆け寄ってきた。

「あっ! 桃の旦那たち~! お待ちしてたっす~」

 その陽気な声に、周囲の冒険者たちが一斉に反応する。


 頭では理解していたはずだ。魔獣——コボルトと意思疎通ができると。しかし、こうも自然に会話されると、やはり衝撃は隠せないらしい。

「ティガ、久しぶり。なぁ、この門はどうしたんだ?」


「アビフ様の命で造ったっす! 見た目はちょっとアレっすけど、なかなかの出来っしょ?」

「……う、うん。たしかに、存在感はあるな」


「でしょ? あと、あそこの建物は、人間たちの宿舎っす! 簡易っすけど、雨風くらいは防げるっすよ」

「俺が依頼していたやつだな。助かるぜ。ところでアビフ殿は、今どこに?」


「族長なら、鍛錬場に行ってるっす。街から戻って以来、ずっと鍛えてるんっすよ。鈍った体を元に戻すんだって張り切ってて。昼には戻ってくると思うっすよ」

「おぉ、アビフ殿も前線に参加してくれるのか! それは頼もしい」


 ティガの話によると、実はアビフ様は一年前に族長になったばかりなんだとか。

 以前は、奥様——つまりアテナさんのお母様が族長だったそうだ。一年前に、ご病気で亡くなって以降、その跡を継いだとのことだった。


 奥様がご存命だった頃は、アビフ様は狩猟担当だったらしく、集落でも屈指の実力者だったらしい。

 それまでは前線で戦うことが多かったが、族長となった今は狩りに出る機会も減り、久々に体を動かしているらしい。


 そういうわけで、ここ数日は低下してきた体力を取り戻すことに専念してくれているという話だった。

 俺たちは荷物を宿舎に運び入れると、アビフ様たちが戻ってくるまで、しばしの休息を取ることにした。



 昼になり、鍛錬場から戻ってきたアビフ様たちと一緒に、広場で昼食をとることになった。集落の皆も加わっての、ちょっとした団らんの時間だ。

「桃太郎くん、宿舎はどうじゃった?」


「数日で建てたとは思えないほどの出来だと思います。ありがとうございます!」

「うむ、それはよかった。それと……アレも、なかなかじゃったじゃろ?」

「……アレ?」


 首を傾げていると、アビフ様が満面の笑みで俺の背後を指さす。

「あ、ああ……アレですね……」

 アビフ様の指さす方向を見ると——例の『ポツンと門だけ』が堂々と鎮座していた。


 いや、見れば見るほど浮いてるよな、アレ……。

「す……すごいですね! アレも!」

「……お主は本当に嘘をつくのが下手じゃのぉ」


 ぐぅっ……。なんて言ったらいいかわかんないよっ! あんな中途半端な物体の感想を求められてもさぁ!

「……まあ、あれはな。テソーロの街を見て、ワシも作りたくなったんじゃよ。もっと強固な集落を築くためにな」


「どういうことです?」

「民の安全を保障するのも、族長としての務めじゃろ? それで、塀を建てようと考えたんじゃ。今はその第一段階――だから、ゲートだけーと、いうことじゃ。わしゃしゃしゃー」


 ゲート(門)だけーと……? ダジャレかよっ!

 何はともあれ、アビフ様のその言葉に、この集落が少しずつ『街』になっていく未来が見えてきた気がした。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?