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第49話 ナイスショット

 西の門へと移動すると、馬車が三台待機していた。

 安全な場所までにはなるが、荷物を運んでくれるらしい。

 俺は、馬車を引いてくれるお馬さんたちに、小声で「よろしくな」と声をかけた。


 すると、三頭が一斉に『任せときな』『へいへい』『お安い御用よ』と返事をしてくれた。

 当然、馬たちの言葉は俺にしか分からないので、急に「ヒヒィーン」と一斉にいななきだしたもんだから、みなを驚かしてしまった。——すみません。



 順調に西の森を進んで行く。

 道中は平穏そのもので、魔物はおろか、小動物の影すら見当たらない。

 俺たちは問題なく、テソーロの町を出てから一時間半ほど進んだ。

 先頭を歩いていたエスピアさんが足を止める。


「馬車はここまでですね。コボルトの集落へは、あちらのマーキングされた木々の間を進みます。まさに、獣道ですね」

 指差された先に、大木の幹へ赤い矢が突き刺さっているのが見えた。

 俺たちは馬車から荷物を下ろし、それぞれ手分けして運び始めた。



 ……お、重い……。

 俺は少し背伸びをして、大きな樽を持つことにしたのだが——完全に失敗した。俺が非力だったことをすっかり忘れていた。いったい、何が入っていたらこんなに重くなるんだ……。


 自分で言うのもなんだが、最近結構活躍してるじゃん? リ、リーダー? とかいうのにも任命されたし、ちょっとは格好いいところを見せなきゃとか……ちょっと意地を張ってしまった感が否めない。


 一層のこと、アイテムボックスにブチ込んでやろうかと思ったが、これだけの人数の前でそれをするのは、さすがに忍ばれた。

「大将、だいじょぶですか?」


「あ、あぁ。こ、こんなのへっちゃらさ、あ、あはは……」

「……お手伝いしましょうか?」

 ——バレてる。絶対無理してるのバレてる!


 と、そこへ屈強な男が声をかけてきた。

「俺が持ってやるよ」

「え? あぁ、だ、大丈夫ですよ。すみません、気を遣っていただいて……」


「問題ない。俺は力だけが取り柄だからな。貸しな」

「ど……どうも」

 彼の名は、アンガス・ビース。聞くと、Aランクパーティ『風の大地』の一員らしい。


 俺の身丈の三倍近くはありそうなガタイをしており、体型だけ見ても、力自慢なのが窺える。

 俺は、お言葉に甘えて、樽を持ってもらうことにした。正直めちゃくちゃ助かった。


 ガタイに見合わず、アンガスさんは気さくな方で、色々なことを話してくれた。

 テソーロのギルドに所属しているAランクパーティは、『風の大地』と『紅蓮の翼』の二組しかいないらしい。


「Aランクって、凄いですね! 俺はまだテソーロに来たばっかりの駆け出し冒険者なんで、雲泥の差ですね」

「ここまで来れたのは、全部フィンとサラのおかげだ。俺は二人を守ることしかできない」


 アンガスさんは、『タンク』という防御に特化した役割を担っているらしい。背中には、俺には到底持てそうにない重厚な盾を背負っていた。

「すごいですね! 俺にはその役目は果たせそうにないです」


「人には、適材適所というものがある。君には君の役割があるだろ? それを一所懸命に全うすればいい。それだけだ」

 Aランク冒険者の言葉だからだろうか? その言葉には、とても重みを感じる……と、言いたいところだったが、突然現実的な重みが背中にずっしりとかかり始めた——


「……おいララ。何やってんだ⁉」

「疲れたです~。大将には、ララをおんぶする役割があるですよね?」

「ねぇよ! 歩け、自力で!」


「あはははは。君たちは良いコンビみたいだな!」

 アンガスさんの笑い声が森に響く。その時だった——

(ザザザザザッ!)


 森の奥から、不穏な物音が聞こえてきた。全員が即座に臨戦態勢をとる。

 草むらの影から、小さな黒い影が次々と飛び出してくる。その数、二十匹以上!

「危ないっ!」


 アンガスさんが盾を前に躍り出て、俺に飛びかかろうとしてきた影を防いでくれた。

「ありがとうございます、助かりました」


「礼を言うのはまだ早いぞ! 奴らはマッドラットだ。すばしっこくて厄介な相手だ。鋭い爪と牙に注意しろ!」

「わ、わかりました!」


「ララちゃんは、俺の盾の中へ!」

「は……はいです!」

 俺は、ララと一緒にアンガスさんの盾の中へと隠れたい気持ちを抑え、金光を握りしめた。


 マッドラットが、再び俺の方へと飛びかかってきた。

 こちらも、金光をマッドラットへと照準を定め、振りかざす! 

 しかし——


(ヒョイ)

「なっ……⁉」

 マッドラットは、器用にも金光の腹を前足で蹴り、俺の攻撃を受け流した。


 そのまま素早く身を翻して反撃に転じてきた。

「や、ヤバいっ!」

 俺は動揺し、咄嗟に目をつぶってしまう。その時だった——


(ビュイィンッ‼)

 風を切る音が耳元をかすめた。

 恐る恐る目を開けると……足元にマッドラットが倒れているではないか! その胴体には一本の矢が深々と刺さっていた。どこから飛んできたんだ……?


 辺りを見回すと——

「ナイスショット、サラ!」

「まぁね~♪」


 笑顔でこちらに手を振る、美しい弓使いの女性がいた。

「あ……ありがとうございます(うわぁ~、綺麗な人だ……)」

「どってことないよ~。どうやら、こいつが最後だったみたいね」


 サラさんの笑顔に、ここが戦場であることを忘れそうになる俺だった。

 邪念を振り払うためにかぶりを振り、周りを見渡す。

 驚いたことに、あれだけいた魔物が、いつの間にか全て駆逐されているではないか!


 冒険者とは、こんなにも腕が立つ人たちなのか……。ここにコボルトたちが加われば、俺たちは、どんな脅威にも立ち向かえるかもしれない。

 そう思わせるには十分な手応えだった。


 俺たちは倒した魔物から、魔含を回収していく。その魔含は、デュプリケーターを起動する際に使用したのと同じ紫色をしていた。

 マッドラットは、魔物の中でも最も多く発生する種類だという。


 そこから採れる魔含は、汎用性が高く、日常の生活に役立っているそうだ。

 人々の生活を脅かす存在から、人々の暮らしを豊かにする資源が取れるとは……なんとも皮肉な話である。


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