西の門へと移動すると、馬車が三台待機していた。
安全な場所までにはなるが、荷物を運んでくれるらしい。
俺は、馬車を引いてくれるお馬さんたちに、小声で「よろしくな」と声をかけた。
すると、三頭が一斉に『任せときな』『へいへい』『お安い御用よ』と返事をしてくれた。
当然、馬たちの言葉は俺にしか分からないので、急に「ヒヒィーン」と一斉にいななきだしたもんだから、みなを驚かしてしまった。——すみません。
順調に西の森を進んで行く。
道中は平穏そのもので、魔物はおろか、小動物の影すら見当たらない。
俺たちは問題なく、テソーロの町を出てから一時間半ほど進んだ。
先頭を歩いていたエスピアさんが足を止める。
「馬車はここまでですね。コボルトの集落へは、あちらのマーキングされた木々の間を進みます。まさに、獣道ですね」
指差された先に、大木の幹へ赤い矢が突き刺さっているのが見えた。
俺たちは馬車から荷物を下ろし、それぞれ手分けして運び始めた。
……お、重い……。
俺は少し背伸びをして、大きな樽を持つことにしたのだが——完全に失敗した。俺が非力だったことをすっかり忘れていた。いったい、何が入っていたらこんなに重くなるんだ……。
自分で言うのもなんだが、最近結構活躍してるじゃん? リ、リーダー? とかいうのにも任命されたし、ちょっとは格好いいところを見せなきゃとか……ちょっと意地を張ってしまった感が否めない。
一層のこと、アイテムボックスにブチ込んでやろうかと思ったが、これだけの人数の前でそれをするのは、さすがに忍ばれた。
「大将、だいじょぶですか?」
「あ、あぁ。こ、こんなのへっちゃらさ、あ、あはは……」
「……お手伝いしましょうか?」
——バレてる。絶対無理してるのバレてる!
と、そこへ屈強な男が声をかけてきた。
「俺が持ってやるよ」
「え? あぁ、だ、大丈夫ですよ。すみません、気を遣っていただいて……」
「問題ない。俺は力だけが取り柄だからな。貸しな」
「ど……どうも」
彼の名は、アンガス・ビース。聞くと、Aランクパーティ『風の大地』の一員らしい。
俺の身丈の三倍近くはありそうなガタイをしており、体型だけ見ても、力自慢なのが窺える。
俺は、お言葉に甘えて、樽を持ってもらうことにした。正直めちゃくちゃ助かった。
ガタイに見合わず、アンガスさんは気さくな方で、色々なことを話してくれた。
テソーロのギルドに所属しているAランクパーティは、『風の大地』と『紅蓮の翼』の二組しかいないらしい。
「Aランクって、凄いですね! 俺はまだテソーロに来たばっかりの駆け出し冒険者なんで、雲泥の差ですね」
「ここまで来れたのは、全部フィンとサラのおかげだ。俺は二人を守ることしかできない」
アンガスさんは、『タンク』という防御に特化した役割を担っているらしい。背中には、俺には到底持てそうにない重厚な盾を背負っていた。
「すごいですね! 俺にはその役目は果たせそうにないです」
「人には、適材適所というものがある。君には君の役割があるだろ? それを一所懸命に全うすればいい。それだけだ」
Aランク冒険者の言葉だからだろうか? その言葉には、とても重みを感じる……と、言いたいところだったが、突然現実的な重みが背中にずっしりとかかり始めた——
「……おいララ。何やってんだ⁉」
「疲れたです~。大将には、ララをおんぶする役割があるですよね?」
「ねぇよ! 歩け、自力で!」
「あはははは。君たちは良いコンビみたいだな!」
アンガスさんの笑い声が森に響く。その時だった——
(ザザザザザッ!)
森の奥から、不穏な物音が聞こえてきた。全員が即座に臨戦態勢をとる。
草むらの影から、小さな黒い影が次々と飛び出してくる。その数、二十匹以上!
「危ないっ!」
アンガスさんが盾を前に躍り出て、俺に飛びかかろうとしてきた影を防いでくれた。
「ありがとうございます、助かりました」
「礼を言うのはまだ早いぞ! 奴らはマッドラットだ。すばしっこくて厄介な相手だ。鋭い爪と牙に注意しろ!」
「わ、わかりました!」
「ララちゃんは、俺の盾の中へ!」
「は……はいです!」
俺は、ララと一緒にアンガスさんの盾の中へと隠れたい気持ちを抑え、金光を握りしめた。
マッドラットが、再び俺の方へと飛びかかってきた。
こちらも、金光をマッドラットへと照準を定め、振りかざす!
しかし——
(ヒョイ)
「なっ……⁉」
マッドラットは、器用にも金光の腹を前足で蹴り、俺の攻撃を受け流した。
そのまま素早く身を翻して反撃に転じてきた。
「や、ヤバいっ!」
俺は動揺し、咄嗟に目をつぶってしまう。その時だった——
(ビュイィンッ‼)
風を切る音が耳元をかすめた。
恐る恐る目を開けると……足元にマッドラットが倒れているではないか! その胴体には一本の矢が深々と刺さっていた。どこから飛んできたんだ……?
辺りを見回すと——
「ナイスショット、サラ!」
「まぁね~♪」
笑顔でこちらに手を振る、美しい弓使いの女性がいた。
「あ……ありがとうございます(うわぁ~、綺麗な人だ……)」
「どってことないよ~。どうやら、こいつが最後だったみたいね」
サラさんの笑顔に、ここが戦場であることを忘れそうになる俺だった。
邪念を振り払うためにかぶりを振り、周りを見渡す。
驚いたことに、あれだけいた魔物が、いつの間にか全て駆逐されているではないか!
冒険者とは、こんなにも腕が立つ人たちなのか……。ここにコボルトたちが加われば、俺たちは、どんな脅威にも立ち向かえるかもしれない。
そう思わせるには十分な手応えだった。
俺たちは倒した魔物から、魔含を回収していく。その魔含は、デュプリケーターを起動する際に使用したのと同じ紫色をしていた。
マッドラットは、魔物の中でも最も多く発生する種類だという。
そこから採れる魔含は、汎用性が高く、日常の生活に役立っているそうだ。
人々の生活を脅かす存在から、人々の暮らしを豊かにする資源が取れるとは……なんとも皮肉な話である。