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第62話 総力戦

 俺たちは、魔物に『ジャバリノックス』という名を付けた。

 ジャバリノックス攻略作戦の概要はこうだ——

 まず、近衛騎士団員の治療を最優先とする。


 救護係のメリッサとオリザを、コボルト族が擁護しながら、負傷者の手当てをしていく。

 次に優先すべきは、ジャバリノックスの牙を折ること。その重役を任されたのは、ボアーズとヤーキンだ。


 冒険者たちが、彼らの待機地点へと誘導し、一撃で牙を仕留めにかかる。

 牙を折ったことで動きが鈍ったところに、フィンとロイドの協力技を放ち、瘴気を吹き飛ばす。そしてその一瞬を突いて、全員で一斉攻撃を仕掛ける。

 大まかな流れは、こうだ。だが——果たしてうまくいくのだろうか。




 出発を前に、俺は全員へ呼びかけた。

「みなさん、これが最後の戦いです。すでに怪我を負っている人もいますが……これ以上は、誰一人、傷ついてほしくありません。もちろん、死ぬなんて……論外です! 全員で、無事に仲間——そして、家族の元へ戻りましょう!」


「おーっ‼」

 気合のこもった声が洞窟内に響き渡る。

「よっしゃー! みんな、いくぜ‼」


 ガストンの号令とともに、俺たちはジャバリノックス——そして、助けを待つ仲間の元へと走り出した。




 洞窟の最深部へと辿り着くと、禍々しい巨大な影が、こちらをじっと見下ろしていた。

「……で、でかい……」

 鬼を見たときと同じく、俺の口から乾いた声が漏れた。


「なるほど……確かにジャバリの魔物じゃな。こやつを倒しても、カーニバルができんのは残念ならんのぉ」

 こんな状況で悠長なことを言えるアビフの精神力には、思わず感心してしまう。


「いや、アビフ殿。こいつを倒せば、テソーロに平穏が戻る……。それを祝う、ジャバリカーニバル以上の祭りを開けばいいじゃねぇか!」

 ガストンの言葉に、ティガが身を乗り出す。


「ジャバリカーニバルよりも、楽しい祭り⁉ それは張り切らないとっすね!」

 コボルトたちの士気が一斉に高まり、ガストンが作戦開始の合図を出す。

 ガストンが、作戦の実行の合図を送る。


「よし……各自、自分の役目を全うしろ! 死んだら許さねぇからな……いけぇぇぇぇっ‼」

「うおぉぉぉぉぉ!」


 まず動いたのは、救護係を背に乗せたコボルトたちだった。イダの背にはメリッサが、テンの背にはオリザが跨っている。ジャバリノックスからの攻撃に備えつつ、負傷した騎士団員のもとへと急ぎ駆け寄る。


 その間、冒険者たちは、ジャバリノックスを包囲する。

 ジャバリノックスはというと——不気味なほどに微動だにしない。

 俺は、後方でしっぽを狙うために待機する。


 全員が所定の位置につくと、四方八方から弓や投げ槍などの遠距離攻撃を仕掛けた。

 弓使いのサラが、渾身の一射を放つ!


「喰らえー‼」

(パシュー……ポロボロッ……)

「な、なんですって⁉」


 矢はジャバリノックスを捉えたかのように見えた。だが、ジャバリノックスの体を覆う瘴気に触れた瞬間、急速に朽ちてしまったのだ。

 動揺するサラに向かって、ジャバリノックスがとてつもない速さで突進する。


「は、速いっ! 避けれ……ああっ‼」

(ガシャーン‼)

 甲高い音が洞窟内に響き渡る。砂ぼこりの上がる中、目を凝らしてみると——


「あ……ありがとう、アンガス」

「礼なんていらん。これが俺の役目だろ?」

 間一髪、アンガスがジャバリノックスの突進からサラさんをかばっていた。


 ジャバリノックスが動き出し、戦況は一気に緊迫する。火炎瓶、投石器と次々に攻撃が飛ぶが、やはりどれも決定打には至らない。

 ジャバリノックスの様子を観察していた俺は、あることに気づく。


 しっぽの部分だけ、妙に瘴気の幕が薄い……。もしかすると、あそこは攻撃が通るんじゃないか⁉

 急ぎ、そのことを皆に伝える。


「みなさん! 奴のしっぽ周りだけ、瘴気が薄くなってます! そこなら攻撃が通るかもです!」

 ガストンが叫ぶ。


「よく気づいたな、桃くん! 聞いたか⁉ しっぽを狙える奴は、そこを集中攻撃してくれ! あともう少し時間を稼ぎたい」

 しかし、ジャバリノックスはその巨体に似合わぬ俊敏さで、俺たちの攻撃を躱し続ける。負傷者も出始め、状況は徐々に劣勢へと傾いていった。


「クソッ、これじゃ隙なんて全然ないじゃないか……」

 そう思った時だった。

「準備が整った! 例の作戦を実行するぞ、集まれ‼」


 ガストンの声に、タンク役の冒険者たちがアンガスを中心に扇状に並ぶ。

 準備が整うと、アンガスが、気合の入ったかけ声を上げた。

「さぁ……こっちへ来い、猪野郎!」


 その挑発に乗ったジャバリノックスが、アンガスたちの元へと猛進する。

 いくらタンクとはいえ、あの攻撃を真正面から受けるなど、不可能なのでは……。

 俺の不安をよそに、ジャバリノックスが彼らの寸前にまで迫った瞬間——


(ドガーン‼)

 洞窟内に、再び大きな音が鳴り響く。その音の正体は……ジャバリノックスが落とし穴に嵌る音だった。


「今だ! フィン、ロイド‼」

「了解!」

「うぉしゃー‼」


 タンカーの後方で待機していた二人が同時に飛び上がり、自慢の剣を振りかざした。

『ウインド・ブラストー‼』

 フィンの風の加護と、ロイドの火の加護をまとった斬撃が、ジャバリノックスを穿つ!


「(何あれ……かっちょいいーっ‼ 俺も、あんなのやってみてぇ~)」

 不意に妙な憧れを抱いてしまう俺だった——いや、今はそんな場合じゃない!

 フィンとロイドの放った『ウインド・ブラスト』によって、ジャバリノックスの体を覆っていた瘴気が、一気に消失する。


「うおぉぉぉぉ!」

「おりゃぁぁぁ!」

 ボアーズとヤーキンが、左右の牙目がけて攻撃を仕掛ける!


(パッキーン!)

 牙が折れる前に、ボアーズとヤーキンの持っていた槍と斧が、真っ二つに折れてしまった。

 しかしよく見てみると、牙の根元には亀裂が入っていた。


 ガストンとアビフも、それに気づいたようで、追撃を加える!

「もういっちょぉぉぉ‼」

「喰らいやがれ、肉無しジャバリが!」


(ギギギギ……パキーン‼)

 二人の渾身の一撃が、ジャバリノックスの牙をへし折った。

「よしっ! 次は俺の番だ!」


 仲間たちの奮闘に背中を押され、俺はしっぽ目がけて走り出す——

(ドダドダドダドダーッ‼)

「な、なんだっ⁉」


 突然、洞窟内が激しく揺れ始めた。ジャバリノックスが落とし穴の中で、足踏みをし出したのだ。その振動により、落石が複数箇所で起き出した。

「総員、落石に注意しろ! 一旦退避だ‼」

 ガストンが退避指示を出した瞬間——


(ゴゴゴゴ……ドッカーン‼)

 再び落石が発生し、唯一の退路を塞いでしまった。

 ジャバリノックスは、自らに落石が降ってくるのもお構いなしに、地団駄を踏み続ける。


 すると——

(バキバキバキ……ゴオォォォーン!)

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁ」

 落盤が発生し、巻き込まれた仲間たちの叫びが、崩落の音にかき消されていく。


「だ……ダメだ。万事休す……」

 俺は、なす術なしとさじを投げ、その場で膝から崩れ落ちた。

「(匙を投げるか……いや、投げる匙もないけどな……。匙を……投げる……。おおっ、そうだ!)」


 俺は、最後の悪あがきをしみることにした。どうせ死ぬなら、何か攻略の手がかりを掴んでからにしよう!

 アイテムボックスに手を突っ込み、次々に中身をジャバリノックスへ投げつけた。


 まず手に取ったのは、塩だ。魔除けには塩だよな。

 瓶の蓋を外し、投げつけた——しかし、何も起こらなかった。

 魔物と霊的なものは親戚関係なんじゃね? とか思って、結構効果を期待したんだがなぁ……。


 次に取り出すは、骨だ。いつぞやに、シャブってみようかと思ったが自重したやつを入れていたのだ。

 魔物化したとはいえ、元は獣。コボルトと同じく、骨が好きだったりして……と思ったけど、全く見向きもされなかった。


 こいつを投げるのは、少しためらったのだが、次にきびだんごを手に取った。

 もし、これを食べてくれて、こいつが仲間になったら……俺こいつを扱えるのかなぁ……という不安が頭をよぎる。


 まぁ、戦わずして万事解決できるのなら、それもありかと高を括り、思い切ってジャバリノックスの口元目がけて投げつけた。

 ——だが、食べてくれる気配はなかった。


 考えてみれば、そもそも魔物は既に死んでいるのだ……。食べ物を摂取すること自体がないのでは? 今さらそれに気づく。

 落盤が激しくなり、悠長なことをやっている時間がなくなってきた。

 俺は最後の切り札にと、アレを手に取った——


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