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第63話 やっぱり苦手だ

 俺が最後に手に取ったのは、とある液体が入った瓶だった。

 それを選んだ理由は、魔物にこれを与えたらどうなるんだろうかという、ちょっとした好奇心が湧いたからでもあった。


「もう時間がない……これが最後だ——いっけぇー‼」

 放物線を描きながら投げ放たれた瓶の中から、エリクサーが漏れ出る。その雫が松明の灯を反射し、暗い洞窟内で幻想的な光景を生み出した。


(カシャァァン!)

 瓶が砕け、エリクサーがジャバリノックスの体表に飛散した。

(グ……グオォォォォーン‼)


 突然、ジャバリノックスが悲痛のような喚き声を叫びだした。

「な、なんだ……苦しんでいるのか⁉」

 注意深く観察してみると、エリクサーのかかった場所がドロドロと溶け出し、魔物にはあるはずのない、白い骨が露出しだした!


「どうにかして、ジャバリノックスにエリクサーを吹っかけられれば……勝てるかも!」

 勝機を見出した、その刹那——

(ゴゴゴゴゴ……ドガガガガーン!)

 天井が崩れ始め、土煙と瓦礫が視界を奪い、全てが闇へと沈んでいった。




「では、私が代わりに行きましょう。夜目には自信がありますので」

 ——聞き覚えのある会話が、耳に届いた。

 どうやら、また無事(?)に死に戻ってきたようだ。


「悪いが、頼めるか? うちの鳥野郎が役に立たなくて申し訳ない」

「聞き捨てならーん!」

 ガストンとヴェルディの、二度目のやりとりを目にしても、今の俺には笑う余裕がなかった。


「旦那、どうかしたっすか?」

 俺の様子が気になったのか、ティガが心配そうに顔を覗き込んでくる。

「うん……例のアレだよ」

「例の……あっ! また戻ってきたっすか⁉」


「声が大きいよ、ティガ!」

 俺の制止に、ティガは慌てて手で口を塞ぎ、小声で聞き返してきた。

「す、すまないっす……。で、次はどうなるっすか?」

「それが——」



 今回もエスピアが偵察に向かおうとしたので、俺はあわてて止めに入る。

「エスピアさん。一人で行くのは危険です。みんなで行きましょう」

「ですが、中に何が待っているか分かりません。魔物がまだ潜んでいる可能性もあります」


「奥にいる以外、魔物はもういません」

「……どうして、そう言い切れるのです?」

 うーん、何回経験しても、このへんの立ち回り方は上手くならないなぁ……。


 口ごもっていると、事情を察したティガが、フォローに入ってくれた。

「旦那は勘が鋭いんっすよ! なんつったって……えーっと、なんつったって……ねぇ?」


 いや、全然フォローになってねぇ!

「あ~、あれです。俺のスキルって、生き物と会話できるってやつなんですけど……洞窟の中からは何も聞こえてきません。奥から聞こえる、ジャバリノックスの声以外は……」


「ジャバリノックス?」

「……魔物の名です。洞窟の奥に潜む、魔物化したジャバリ……だそうです」

 言いながら、自分でも誤魔化し方の下手さにうんざりする。


「なるほど。では、その魔物は今、何か言っていますか?」

「えっ⁉ えーっと……ガ、ガオォーって言ってます」

「それは、どういう意味でしょう?」


「お、俺に近寄るな~……的な?」

「ふむ……」

 嘘はやっぱり苦手だ。上手くなりたいとも思わないけど。


 苦しい嘘を重ねる俺を見かねて、ティガが再びフォローに回る。

「おいらも、そのジャバリ……なんとかってやつ、知ってるっす! 生きてるジャバリと同じで、牙としっぽが弱点っす! でも黒いモヤモヤに覆われてて、それを取っ払わないと攻撃が効かないっす!」


 その説明を聞き、アビフが怪訝そうにティガに話しかける。

「なぜお主がそんなことを知っておる? わしですら、ジャバリの魔物には遭ったことがないというのに……」


「へ? そ、それは、さっき……」

「さっき、なんじゃ?」

「さ、殺気を感じたっす! ジャバリっぽい殺気を……ね?」

 苦しいっ! 傍から見ていた俺が、冷や汗をかく程だ。


「(……俺も、いつもあんな感じで見られてんだろうな……)」

「ほう……お主も、ついにその領域まで辿り着いたか!」

 アビフは満面の笑みでティガの肩を叩いた。

 ティガは、「は?」という顔で固まっている。


「きゃつらには、特有の殺気が漂っておる。それを頼りに罠を仕掛けて狩るのが、我らのやり方じゃ。だが、わしにはこの洞窟の殺気は感じ取れんのぉ……年でアンテナが鈍ってしもうたか」

 アビフの妙な勘違いのおかげで、なんとか場は丸く収まった。



 その後、俺たちは改めてジャバリノックス討伐作戦を練った。

 落盤のリスクを考えれば、戦いの舞台は洞窟内より外の方が望ましい。ただし、そのためには奴を外へ誘き出す、『おとり』が必要になる。とはいえ、イダたち足の速いコボルトでさえ、あの魔物にはすぐに追いつかれてしまうだろう。


 にしても、あの巨体でどうやって洞窟に入ったのかという謎もあるが……、今は考えないでおこう。

 フィンとロイドの、チョーかっちょいい合体技は、瘴気を薙ぎ払うのに効果てき面だった。


 個人的にも、もう一度見てみたいという欲求もあり、提案する。

「フィンさんとロイドさん。お二人の加護の力を込めた最高の合体技を、奴にお見舞いしてください!」


「はぁ⁉ なんで俺がフィンと組まなきゃなんねぇんだよ!」

「僕は全然構いませんが……まぁ、ロイドさんが『できない』って言うんじゃ、仕方ないですね~」


「はぁ⁉ できねぇなんて言ってねぇだろうが! いいよ、やってやるよ! ド派手なのをぶっ放してやんぞ、フィン‼」

「はい、お願いします、ロイド先輩!」


「お、おうよっ!」

 うわぁ~、ロイドさん……チョロい!

 サラさんに転がされてるアンガスさんを見てるせいか、フィンさんも転がし方が上手いな、と妙なところで感心してしまった。


 瘴気を取り除いた後は、打撃も有効になるはず。そこに一斉攻撃を仕掛ければ……!

 だが、俺の脳裏にあの光景がよぎる——落盤だ。


 ジャバリノックスが落とし穴に嵌まった際、身動きできない苛立ちから地団駄を踏み始め、崩落を招いた……。

 ならば、あの足の動きを止めることができれば……!


「エスピアさん。糸で、奴の動きを封じることは可能ですか?」

「ええ。我々の糸は、相手の動きを封じたり仕留めたりする戦術に長けています。条件が揃えば、おそらく可能でしょう」


 前回は騎士団員の多くが負傷していたため、実行できなかった作戦。だが今回は、万全の布陣で挑める。

 そして、俺には……最後の切り札もある。

 ぶわっと、全身に武者震いが走った。


 作戦に酔っているのではない。これが、本当に最後の戦いになるという実感からだ。

 誰も死なせない——死なせたくない!

 より良い未来を拓くために、絶対に負けられない戦いが、いま、始まろうとしていた。


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